再婚生活/山本文緒のあらすじと読書感想文


再婚生活/山本文緒のあらすじ

 「再婚生活」の本編として書かれた最初の日記は、私的なできごとからはじまっていました。夫に車を出してもらい、実家に預けておいた飼い猫を引き取りにいったエピソードが紹介されています。東京の部屋に帰ったあとに、夫と2人で近所の焼き鳥屋に行ったことが書かれていました。日々の出来事を紹介しながら、山本文緒さんは、近況を、はじめての読者にもわからせるように少しづつ語っていました。山本文緒さんは、再婚したのですが、夫とは別居しているようです。パートナーの人も既に自宅を購入しており、お互いに話しあったうえでの別居結婚のようです。山本文緒さんは、都内のマンションに住んでおり、部屋の掃除は定期的に業者が来てくれていました。自宅とは別に都内に事務所を構えて、札幌にも仕事用のマンションがありました。それぞれの場所で秘書を雇っているようです。また、日記エッセイの連載をはじめる前に、うつ病で入院していたことが書かれていました。うつ病の症状が出たときは、もうどうにもならなくて、雑誌に連載していた小説も書くのを止めたそうです。意志の力ではもはや体を動かすことができない状態だったことが語られました。「再婚生活」は、退院してからの最初の仕事でもあったそうです。

 「再婚生活」には、山本文緒さんのプライベートな日常が書かれていました。夫と飲みに行ってビールを注文したことや、秘書とファミリーレストランに入ってダブルカルビ定食を食べたことや、スポーツクラブで400メートル泳いだことなどを書き連ねています。うつ病についてもたくさん書かれていました。うつ病については、私が何も知らないので、抗うつ剤の名前や効用の説明、カウンセラーと話しあった内容などは、よくわかりませんでした。春物の衣類が詰め込まれたダンボールを何箱も取り寄せてクローゼットの中身をごっそりと入れ替えたり、年下の男の子とクラブに行って朝まで遊んだことなども書かれていました。家の近くにあったデニーズが閉店していたのを発見したときの日記には、山本文緒さんにとって、いかにそのデニーズが大切であったのかが説明されていました。

 そんな毎日の中で山本文緒さんがストレスを密かにためていたことが書かれた個所がありました。夫は、週に何回か山本文緒さんの家に泊まりに来ていたようですが、夫が(突然に)泊まりに来ることが、実は、山本文緒さんにとっては大きなストレスとなっていたそうです。夫が悪いわけではないと前置きしたうえで、「私にはやはり完全に一人きりになれて、隅々まで自分の思うようにできる空間が必要なのだと、前々から漠然と思っていたことをちゃんと自覚して実行することにした」と書かれていました。山本文緒さんは、近所にもうひとつ新しい部屋を借りることにしてすぐに不動産屋にいったそうです。「すごく気持ちが楽になった」と書かれていました。


自由と幸せ


 「再婚生活」は、文章が日付ごとに分かれており、読者に語りかけるというスタイルで書かれていました。読みやすくて、情報と意味内容を把握することは容易でした。でも、300ページ近くのボリュームがあり、読み終えるのは、けっこう、疲れました。日記というコンセプトを反映してのことだと思いますが、「いつ、どこで、誰と、何を食べた」というふうな情報が、具体的な固有名詞を多用して、たくさん書かれていました。

 「再婚生活」は、ひとつの時期に書かれた日記がまとめられて、章になっていました。「再婚生活」のなかに、「仕事をするのはもう無理」という題が付けられた章がありました。紋切り型の印象ですが、作家というものは書けないことが辛いものだと思っていました。現実が困難でも広告の裏にえんぴつでびっしりと書き込んだり、たとえ人から非難されることが分かっていてもそれを誰かに伝えるために発表するものだと思っていました。山本文緒さんが、書くことはもう無理と言っていたのは、うつ病のためでした。うつ病のことは何も知らないのですが、直木賞作家である山本文緒さんにもう書くことは無理と言わせるほどの辛い病気なんだなと思いました。

 「再婚生活」には、「表現すること問いかけること」という章もありました。「再婚生活」には、願いやとまどいなど、山本文緒さんの心のゆれが描かれた個所はほとんどなかったように感じました。しかし、「表現すること問いかけること」では、山本文緒さんの気持ちがストレートに書かれていました。章題を反映する個所の日記には、ある新聞に発表された愛玩動物に対する態度を決める際の方針と自分自身が行っている具体的な行為について書かれたエッセイに対する山本文緒さんの感想が書かれていました。山本文緒さんは「いくら隠そうとしても私はやっぱり怒っているのだ」と結んでいました。山本文緒さんが怒りを感じた直接の理由は、文脈と意味内容を私なりに解釈したところでは、新聞にエッセイを発表した人物から「自慢された」と感じたからのようでした。山本文緒さんは、「誰もが避けていることを自分は避けなかったのだと自慢されても受け取り手は不愉快なだけだ」と書いていました。山本文緒さんは、「目をそらしたくなるようなことでも見なければいけないこともある。でも見たくないものを見せられる不愉快さというものも存在すると思う」、「存在するのは分かっているが、こちらから積極的に見ようとしていないときに白日の下にぽんとさらしてほしくない」と書いていました。山本文緒さんは読むつもりはなかったのですがどうしても気になって自分から頼んでFAXで記事を取り寄せていました。また、有名作家(直木賞作家)という地位を利用(文脈的には乱用)して新聞に文章を発表したことを批判していました。猫の飼い主になったことがないので猫の飼い主という立場にある人の気持ちはわからないのですが、発表されたエッセイを読んで、山本文緒さんは「自慢された」と感じたんだなと思いました。

 「表現すること問いかけること」を読んで、山本文緒さんは「怒っている」と書いていました。ただ、山本文緒さんが怒った原因は「自慢された」と感じたからでした。一般的に考えると、人から何か自慢されても、自慢された方には直接的な被害が発生しないケースが多いように思えます。今回の場合でも、とある作家が新聞に愛玩動物に対する態度を決める際の方針と自分自身が行っている具体的な行為を発表しても、山本文緒さんには何の被害もありません。新聞に発表されたエッセイに記載されていた愛玩動物に対する態度を決める際の方針と行為そのものに対して怒りを感じたのなら、それはそれで、(いい悪いは別にして)、ああ山本文緒さんは怒りを感じたのだなと、すんなりと受け止めることはできます。ただ、山本文緒さんは、「自慢された」と感じたことに対して怒りを感じていました。「自慢されて」のあとに続く文章としては、「自慢されて憤りを感じた」、「自慢されてくやしかった」などがすんなりくるような気がします。「自慢されて怒った」というのも表面上は違和感はないのかもしれませんが、けっきょくは、「自慢されて(くやしかったから)怒った」というような意味を持つと思います。山本文緒さんは、(何がくやしくて)怒ったのだろうと思いました。ある作家が誰もが避けていることを自分は避けていないと自慢するために新聞にエッセイを発表したことがくやしかったのかなと思いました。ただ、新聞に発表されたエッセイの内容は、自慢になるようなことではないと思いました。新聞にエッセイを発表するという現象も、今回のケースでは、「私は偉いのよ」というような自慢に結びつくとは思えません。私の感想ですが、新聞にエッセイを発表した作家には自慢したいという気持ちはないように思えます。むしろ、自慢にはならないことは最初からわかっていて、それでもなお、あえて、新聞にエッセイを発表したように思えます。うまく言えませんが、どれだけの批判を浴びてどんなに苦しい立場に立たされるのかは手に取るようにわかりますが、それでもなお、文章を発表せざるをえない理由が、ある作家の中にはあったように感じました。新聞に発表されたエッセイを読んで、ある作家は、口を真一文字に閉じて、歯を食いしばりながら、自分の身から削った命をのり移らせる思いで一文字一文字を書きつづっていったのだなと思いました。それは避妊手術をするとかしないとかの次元の現象ではなくて、強いて言うならば、「表現すること問いかけること」の次元に属する現象ではないかと思いました。

 「表現すること問いかけること」という題が付けられた期間の日記にも、新聞にエッセイが発表された時期をのぞくと、他の章と同様に、山本文緒さんの日常が書かれていました。ただ、新聞にエッセイが発表された前と後とを比べると、なんとなく雰囲気が違っていました。新聞にエッセイが発表される前までは、精神科の医師にあだ名を付けたりして、けっこう楽しそうに書き続けていたように思えます。なんだかんだ言って、山本文緒さんは、口にファミリーレストランの食事をせっせと運びながら、口もとにほほ笑みを浮かべて、うつ病に犯された命に栄養を運び込む思いで一文字一文字を軽いタッチで書きつづっていったのだなと思いました。新聞にエッセイが発表された後では、とたんに、空気が沈んでいました。9月11日の日記は「原稿まったく捗らず」で終わっています。9月12日は「眠くてたまらんので何もかも放棄して寝た。いくらでも眠れた」で終わってます。9月13日は「この日記エッセイは、私が具合が悪いと訴えているだけのエッセイな気がして仕方ない。つまらないですよね。気を付けます」で終わります。9月15日の日記は、「表現すること問いかけること」の章の最後の日でした。具合はそう悪くはないのですが朝に散歩をしたあとに激しく眠くなって昼寝をしたことが書かれていました。山本文緒さんは昼寝をしたあとはたいていは罪悪感を感じるそうですが、その日に限っては、「ふんわりと幸福感に包まれた」そうです。「表現すること問いかけること」の章は、山本文緒さんが自由と幸せを感じる場面で終わっていました。

「自由だな、と感じた。自分の買った部屋で自分のお金で生活して、いくら居眠りしても文句を言われないなんて。実家にいた頃は居場所がなかった。最初の結婚のときもそうだった、一人暮らしで賃貸の部屋に住んでいたときもどこか落ち着かなかった。
 結婚したら不自由になると思っていた。だから別居結婚をした。同居したら不自由になると思っていた。でも自由だ。
 幸せなので、夜、集中して原稿を書いた」

 「表現すること問いかけること」を書いたあとに、山本文緒さんは、長期の休みをとったそうです。「具合が悪かったわけではなくむしろ体は元気で、個人的にやりたいことがあったのです」と書いていました。連載している雑誌の編集担当者に一度は断られたようですが、無理を通すかたちで半ば強引に休みをとったようです。休んでいる間は、仕事を離れて夫と小旅行をしたり、普段できない買い物をしたり、毎日料理を作ったり、手術をした母親の体調が回復するまで実家で家事をしたりしたそうです。ただ、「個人的にやりたいこと」は旅行や買い物や家事とは別の次元の現象だと思いました。強いて言うならば、「表現すること問いかけること」の次元に属する現象ではないかと思います。が、それについては、一切、何も書かれていませんでした。


再婚生活/山本文緒の読書感想文


 20代のころに30代の山本文緒さんが書いたエッセイに夢中になりました。自分が30代になった今、40代の山本文緒さんが書いたエッセイにも夢中になりたいと思い、「再婚生活」を手に取ってみました。でも「再婚生活」には夢中になれませんでした。正直に言うと、山本文緒さんご自身が一番よくわかっていることかもしれませんが、具合が悪いと訴えているだけのエッセイのように思えてしまいました。

 でも、「再婚生活」を読んでよかったなと思いました。「再婚生活」を読むまでは、私の知っている山本文緒さんは、「かなえられない恋のために」や「そして私は一人になった」に書かれていた30代のころの山本文緒さんでした。「再婚生活」を読み終えて、当たり前のことですが、山本文緒さんには10年の歳月が流れていたことを知りました。そして、自分はもう20代のころには戻れないことを実感しました。

 「再婚生活」を読む限りは、人間としての山本文緒さんは、ご本人がそう言っている以上は、「自由」で「幸せ」なのだろうと思いました。ただ、「表現すること問いかけること」の章を読み終えて、人間としての「自由」や「幸せ」と、「表現すること問いかけること」を追い求める作家としての「自由」や「幸せ」は、まったくに違うことかもしれないと思いました。

 次は、「日記エッセイ」ではなくて、山本文緒さんの「作品」が読みたいと思いました。

(2007年6月20日)


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