地獄変/芥川龍之介のあらすじ


 芥川龍之介「地獄変」のあらすじと読書感想文です。

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 「地獄変」は、絵師の物語です。絵師は当代一の腕前です。同時に、高慢で偏屈です。「天が下で、自分程の偉い人間はない」と思っています。そのことを遠慮もなく口します。みんなから嫌われています。しかし、実際に並ぶほどの腕前を持った絵師がいないことも事実です。そのことで、いっそうに嫌われているような印象をうけました。また、奇人としても有名な男のようです。しかし、絵師にも「たつた一つ人間らしい、愛情のある所」があったことが紹介されました。絵師には、気立てのやさしい娘がいました。絵師は、けちで有名でした。その絵師が、娘のこととなると、金にいとまをかけずに、服やかんざしなどを取り揃えてやることが語られました。

 「地獄変」は、重要な登場人物である大殿の紹介からはじまります。「地獄変」の語り手は、大殿に仕えていた使用人のようです。「地獄変」は、使用人だった「私」の回想という形式になっています。「地獄変」の冒頭で、大殿が凡人には考えが及ばないほどの大人物であったことが紹介されました。人々からはたいへんに尊敬されていました。もちろん、使用人であった「私」は、かつての主人であった大殿をすぐれた人物として語ります。「私」は、物語を客観的に語ろうと努めてはいます。しかし、ときおり、「私」の視点をとおして語られる大殿の姿は、お世話になったご主人様をイメージのなかで必要以上に尊いものに作りあげてしまっているような印象がありました。「私」の視点をとおして語られる大殿の心は、一種のフィルターをとおされているような感じです。そんな構造が、大殿の隠された物語をいっそうに浮き彫りにしているように感じました。大殿の隠された物語についてはあとでふれるとして、あらすじに戻ります。

 絵師は、大殿から、「地獄変の屏風」を描くようにと命じられます。絵師は、作図に没頭します。屏風の製作過程は、たっぷりと描写されています。弟子を全裸にして縛りあげたり、猟師から手に入れたふくろうを弟子にけしかけたり、蛇を飼ってその姿を写生したりします。絵師のうわごとが紹介される場面がありました。

「なに、己に来いと云うのだな。――どこへ――どこへ来いと? 奈落へ来い。火炎地獄へ来い。――誰だ。さう云う貴様は。――貴様は誰だ――誰だと思つたら」

 絵師の枕もとにいた弟子は、異形の影が作りかけの屏風のおもてをかすめて見えたほどに気味悪く感じました。絵師は、製作に行き詰まりました。大殿のもとを訪れます。絵師は、屏風がほとんどできあがったことを告げます。大殿は、「それは目出度い。予も満足ぢや」と答えます。しかし、語り手である「私」は、「大殿様の御声には、何故か妙に力の無い、張合いのぬけた所がございました」と語っています。大殿は、屏風がつつがなく仕上がってしまうことが不服のようです。

 しかし、絵師は、「唯一つ、今以て私には描けぬ所がございます」と奏上します。大殿は、「嘲るような御微笑」を浮かべて、「地獄を見なければなるまいな」と答えます。絵師は、先年の大火事で火炎地獄のさまを見たことを告げます。大殿は、罪人はどうじゃ、獄卒は見たことがあるまいとたたみかけます。絵師は、鎖にいましめられた者も、怪鳥になやまされる者も、罪人が責め苦にうめく姿も見たことがあると答えます。そして、気味の悪い苦笑をもらしながら、牛頭や馬頭の異形たちは、毎夜、自分のもとを訪れていることを告げます。自分が描けないものは、そんなものではないことを伝えます。大殿は、「では何が描けぬと申すのぢや」といらだちました。絵師は、屏風に、牛車に乗った女が猛火に苦しむ姿を描こうとしていることを告げます。その牛車の中の女が、どうしても描けないことを告げます。大殿は、「そうして――どうぢや」と、妙に嬉しそうな声で合いの手を入れます。絵師は、自分の見ている前で牛車に火をつけて欲しいと告げます。「さうしてもし出来まするならば――」と続けます。大殿は、突然けたたましく笑いました。語り手である「私」は、大殿の口のはしには白い泡がたっており、眉のあたりにはいなずまが走っていたと語っています。大殿は、とめどなくのどを鳴らして、「流石に天下第一の絵師ぢや。褒めてとらす。おゝ、褒めてとらすぞ」と笑いました。

 大殿は、牛車を燃やすところを見せるために、絵師を呼びます。大殿は、牛車には罪人の女房が縛られていると言います。しかし、大殿は、意味ありげな微笑をそばの者たちと交わします。大殿は、わざわざ、一人の強力の侍を従えていました。強力の侍は、戦いに飢えて人肉を食ったような男です。絵師が暴れだしたら、力ずくで抑えこむつもりだったのでしょうか。大殿は、含み笑いをします。

「末代までもない観物ぢや。予もここで見物しよう。それそれ、みすを揚げて、良秀に中の女を見せて遣らぬか」

 絵師が牛車の中に見たのは、自分の娘でした。絵師は、思わず牛車のほうに歩みでようとします。牛車に火がかけられました。絵師は、この世のものとも思えないほどに悲しそうな顔をしました。あの強力の侍ですら、大殿の顔をうかがったほどでした。しかし、大殿だけは、唇をかみしめて、かたくなに牛車を見つめていました。

 ここで、娘が焼かれる様子が語られます。語り手である「私」は、娘の悲運を伝えるために、娘が可愛がっていた動物を利用します。牛車が業火に包まれた刹那、娘が可愛がっていた猿が牛車の中に飛び込みました。猿の奇声が夜空に響きます。しかし、猿が見えたのも一瞬でした。次の瞬間には、黒煙の中に消えていきました。

 語り手である「私」の視点が、絵師に戻ります。絵師の様子に変化が起こっていました。

「あのさつきまで地獄の責苦に悩んでいたやうな良秀は、今は云ひやうのない輝きを、さながら恍惚とした法悦の輝きを、皺だらけな満面に浮かべながら、大殿様の御前も忘れたのか、両腕をしつかり胸に組んで、たたずんでいるではございませんか」

 絵師の姿は、鳥を利用して語られました。突然の炎に驚いた夜鳥が、あたり一面に飛び狂いました。しかし、不思議と、絵師の頭の上にだけは近づこうとしません。牛車を見つめる絵師は、何者をも寄せ付けない威厳に満ちていました。みな息をひそめて、絵師の姿に見入ったそうです。その中で、唯一人、大殿だけは、別人かと思われるほどに青ざめていました。大殿は、ひざを両手でつかんで野獣のようなうめき声をあげ続けていたそうです。


→ 地獄変の読書感想文

(2006年3月26日)

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