プロファイル03-01
シドニーとハーディンの軌跡・壱
プロファイル03-02
シドニーにとってのジョン=ハーディン
プロファイル03-03
シドニーとハーディンの軌跡・弐
プロファイル03-04
暴かれた嘘、そして
プロファイル03-05
最後の最後に信じた




    ――バルドルバ公爵邸――

 『グラン・グリモア』の捜索と銘打って公爵邸に侵入したメレンカンプ。
人質の処遇を部下に任せ、シドニーとハーディンは“鍵”を捜す。
「・・・どうだ、見つかったか?」
「駄目だ、わからん。それらしい物は何処にも無い」
「くそっ、公爵め! いったい、何処に隠しやがったんだ!」
「本当に公爵は持っているのか?
 だいたい、本当にあるのか、あんなモンが・・・」
シドニーは振り返り、ハーディンに詰め寄る。
「この俺を疑うのか? ハーディン! 俺の力を疑うと!?」
「す、すまん、そんなつもりじゃ・・・。だ、だが、シドニー、
 このままだと俺たちまで逃げられなくなってしまう」
「・・・ちっ、わかった。人質のガキを連れて来い!」
 ハーディンが部屋から姿を消し、違う入り口からシドニー捕縛の命を受けたアシュレイが現れる。
アシュレイはシドニーに警告をした。だがシドニーは突然アシュレイに斬りかかり、
冷静に矢を放ったアシュレイの前に、心臓を貫かれて倒れる。
 頚動脈に指を這わせているその時、気絶したジョシュアを抱えたハーディンが現れる。
「シドニーっ!」
 再びボウガンに手を伸ばすアシュレイだったが、背後から拳の一撃を受け、倒れる。
「お前の・・・相手はこの俺だ・・・」
 それは、シドニーだった。矢を胸に刺したままの。
「ハーディン・・・お前は・・・さっさと・・・レアモンデへ・・・行くんだ・・・」
 ハーディンがジョシュアを抱えたままそこを立ち去ろうとし、追跡を試みたアシュレイをシドニーが攻撃。
 胸の矢を抜いたシドニーは邸外で暴れさせていたワイバーン『ディート』を呼び寄せ、
 アシュレイがそれと戦っている隙に逃亡、レアモンデへ向かった。

    ――レアモンデ内――
 シドニー、キャロ、ハーディン、ジョシュアがいる。
 シドニーは部屋の中央で、義手の爪を使い、何かを床に書いている。
「逃げさえしなければ、手荒な真似はせんよ」
「・・・何をしているの?」
「ふふん、ただのお絵描きさ・・・どうだ、ハーディン」
「凄いな・・・奴は本当に人間か? 戦闘力はゆうに一個師団に匹敵する。
 リスクブレイカーとはここまで強いものなのか?」
 ハーディンはあさっての方向を向いて、何かを見ながらのように話す。
「違うな・・・リスクブレイカーだからじゃない。
 “魔”を取り込み、“力”にしているからだ・・・ここまでは予定通りだ」
「どうするつもりだ?」
「・・・どうするつもりって、このまま俺を追い続けてもらうさ」
「何を考えているんだ、シドニー! 聖印騎士団がこの街を占拠するのも時間の問題なんだ。
 あんな奴に構っている場合か? 時間が追っているんじゃなかったのか?」
「そう、イライラするな、ハーディン。予定通りだと言っているだろう」
「公爵が裏切ったのも、法王庁が介入してきたのも、
 あのリスクブレイカーが化け物のように強いのも、みんな予定通りだって言うのか!」
 シドニーが手を止め、ハーディンを睨む。途端にハーディンが視線を下げる。
「・・・すまない、シドニー」
「いいんだ、ハーディン。気にするな。
 ・・・情報分析官の性か? 自分の行く末よりも、我々のことが気になるようだな」
「いったい、あなたたちは何をしようというの?」
「君の友人のためにディナーを用意しようとしているのさ」
 シドニーが呪文を唱え始めると、床に刻まれた魔方陣が輝き、“馬”の召還が始まる。
 巻き起こる風の中で、キャロは何者かの気配を背後に感じた。
 後ろを向くと、ジョシュアが瓦礫に座っている――いや、来ているものが違う。ジョシュアではない!
――父さんを助けたいの――
 本物のジョシュアは別のところに立っていた。ならば、この少年は何者なのか――?

    ――レアモンデ内――
 シドニー、ハーディンが立ち止まり、何かの気配を探っている。だが、それは明らかに付近の何かではなく、
より遠方にある景色を見ているかのように、キャロには感じられた。やがて、シドニーが口を開く。
「不思議か?」
「ええ・・・そう、“不思議”だわ。あなたたちは、その・・・なんていうか・・・」
「・・・奴らは部隊を3つに固めたようだ。被害が甚大で・・・、戦力を分散させることによるリスクに
 ようやく気付いたようだな。特に昨夜潜入した部隊よりも、今朝の本隊が混乱している・・・」
「昨夜の部隊は事態を正確に把握した精鋭だが、後続の連中はとりあえず掻き集められた兵士なのさ。
 ギルデンスターンは、グレイランドで俺たちを補足できると思っていたんだろう。
 だが、そう簡単にこちらも捕まらない」
「喜んではいられないな。こちらは聖印騎士団以上の被害だ。奴らのせいで制御を失った“馬”どもが
 飼い主に逆らっているんだ。地上が制圧されるのも時間の問題だぞ。どうする?」
「俺たちは尊い仲間の命を犠牲にしているな。だが、無駄にはさせん。そうだろ、ハーディン」
「奴らは“馬”を制御できるんだぞ。何故だ?」
「全員じゃない。ごく一部の連中さ」
「俺たちだけじゃなかったのか、飼い主は? 裏切り者でもいるんじゃないのか?」
「この時のために準備していたのさ、法王庁は。20年間もの間、じっと息を潜めてな」
「考えてもみろ! 公爵邸占拠事件も留守を見計らっての潜入だぞ!
 誰かが漏らしたとしか思えん!」
「いいから、少しは落ち付けよ、ハーディン」
「もう駄目だ。失敗だ。このままじゃ俺たちも命を失うぞ。逃げよう、シドニー!」
「落ち付けといっている!」
 シドニーがハーディンの真近に歩み寄り、“魔”の能力の1つ「強制暗示」を仕掛ける。
この俺が大丈夫だと言っているんだ。わかるな? ハーディン。全て、大丈夫だ
 ハーディンが後ろに倒れ込み、尻餅をつく。
俺とお前は親友だ。そうだよな、ハーディン。俺を信じるんだ
「ああ・・・そうだ。親友だ」
「お前はこの情報分析官殿を連れて、先へ行ってくれ。手荒なマネはするなよ」
「・・・お前は?」
「ギルデンスターンに挨拶でもしてくるさ。心配するな。できるだけ“刻印”でロックするんだ。
 奴らが解鍵を勉強するには時間が必要だからな」
「シドニー」
 歩き始めていたシドニーが、立ち止まる。振り返らないままなのを気に留めず、ハーディンは言った。
「・・・親友だったら、俺にお前の“意識”を押し付けるな・・・いいか、2度とするなよ!」
 ハーディンが歩き出し、キャロはそれに続く。
 だが、キャロはシドニーの立ち去った場所に、ジョシュアそっくりな子供がいることに気付く。
――彼は死ぬつもりなんだ――
「こっちだ。早く来い」
 1度ハーディンの方を向き、振り返った時には少年の姿は消えている。
 キャロはそのことをハーディンのは告げず、その背に続いた。ジョシュアと共に。





    ――シドニーにとってのジョン=ハーディン――

 この2人は、果たしてどのような関係であったのか。
ハーディンの側からすれば、シドニーとは「心酔」の対象であったはずだが、
果たしてそれだけで全てを言い切ることができるだろうか?
だが、少なくともそれよりも遥かに謎に満ちたものとして、その逆向きの関係が興味を引く。
即ち、シドニーにとって、ハーディンという男はなんだったのかということだ。

 『メレンカンプ』という枠組の中では、シドニーが開祖・兼教祖としてトップに立つが、
反体制派組織『メレンカンプ』そのものを実際に束ねるのはハーディンだった。
シドニーはカリスマであり、最終的な決定権を握る存在。
その一方で、組織のメンバー全体の動きを把握し、管理するのがハーディン。
この図式を考えただけでも(とりあえず真偽は置いておいて)、シドニーがハーディンを使役、
そうでなくとも従属させていたという可能性を考えることは容易だろう。
あるいは、シドニーにとってハーディンとは、ただの“駒”でしかなかったかもしれない。
「親友」という言葉で誑たぶらかし、時に強制暗示で傀儡とする、都合のいい存在として、
ただ距離が近いだけの、他の教徒となんら変わり無い関係だったのかもしれない。
原作のゲームをプレイして、そう思った方もいるはず。
ついでに言うと、ギルデンスターンは2人の関係をそうであると確信していたようだ。
(だからこそ、彼はシドニー=ロスタットと敵対こそすれ、嫌悪することは無かったのだと思う。怨敵ではなく好敵手であった)

 だが、他の教徒とハーディンの差はたしかにあった。
それは、バルドルバ公爵とシドニーが親子であることを、知らされていたという事実。
『メレンカンプ』は反政府組織。国家のVIPの直系であるなどという醜聞は絶対のタブーである。
それでもハーディンには話した――無論、教徒たちに名言しないという暗黙の了解の下だったが、
シドニーがこの秘密を明かしたということは、ハーディンのことを、
その醜聞があっても壊れない関係の共有者であると認めていたが故であろう。
もっとも、それだけでは「ただ単に洗脳<マインドコントロール>に自信があっただけ」ともとれる。
結局、シドニーがハーディンをどう思っていたかを、断定することはできない。
何しろ仲間の被害を前にしても
「俺たちは尊い仲間の命を犠牲にしているな」で済ませてしまうような男である。
多くの人間に対して暗示をかけ、死へ導くような男である。
かの強かなローゼンクランツですら、その嘘を見抜けなかった豪胆な男である。

 何故、シドニーの、ハーディンに対する態度が曖昧なのか――理由は2通り考えられる。
1つは、煽動者としての詐術を使い慣れたシドニーが、「本音」と宣言する術を持たなかったこと。
これが真であることは疑い無い。しかも、彼は卓越した“魔”の使い手でもあるため、
気心知れたハーディンにすら「嘘」と「真」の境界線を定義付けることはできない。
限りなく万能に近いが故に生まれる苦悩と不遇である。これはキャロ=メルローズも見抜いていた。

 もう1つ。これはじぇすとーな<私>の個人的な考え方であるが、シドニー自身、
ハーディンという存在をどう捉え、どう接すればいいのか迷っていたのではないだろうか。
彼にとって最も優先すべき急務は(これはこの章で解説することではないので詳細は省くが)
父が消えてしまうということの阻止であり、彼の行動の全てはそれを望む感情に起因していた。
彼が公爵のダークサイドを受け持つ闇の存在として『メレンカンプ』に君臨したのも、
彼が『メレンカンプ』を用いてバルドルバ公爵邸を占拠したのも、
彼がレアモンデの“後継者”になるための条件を揃えようとしたのも、
彼が“鍵”を手に入れようとするVKPや法王庁と対立し、その結果教徒に犠牲者を出したのも、
全ては父――バルドルバ公爵のため。
彼はその観点においては、ハーディンを親友と公言して巧く狡く利用していたことに、変わりは無い。
ハーディンはメルローズに指摘されたことで初めてこの事実を意識したが、
保身や利益を目的として生きたことの無いシドニーは誰に言われなくとも気付いていた。
彼が公爵の息子だと、『メレンカンプ』発足当時に既にハーディンが知っていたのでなければ、
その秘密を知らせた事実の背景には、
利用被利用の関係ではないと、シドニーが誰にともなく証明したかったという本意があったと思う。

 なれば、シドニーはハーディンを利用していながら、
もしくは“捨て駒”にする気があったとしても、その状況を当然と考えることも、
ハーディンを愚者と蔑むことも決して無かったと私は信じている。
むしろ、シドニーが蔑むのは彼自身。彼の詐術が誰もの心を的確に掴んだのは、“魔”の他にも
彼の口調に常に、自嘲からくる奥底見測れぬ重みが感じられたからではないだろうか。
(私たち<ゲームユーザー>が彼に魅力を感じたのは、決して“魔”の影響を受けたからではないはず)

 だが皮肉なことに、彼が律儀にハーディンに対して責任を感じれば感じるほど、
彼が魔都の後継者になるための条件の1つ「深く結び付いた人の魂」=「生贄」の候補として
ハーディンが最適な人物になっていってしまうのだ。
魔都に入った時点で、彼には生贄にし得る人物が2人いた。弟と、親友。
アシュレイが現れた途端にその器を試し始めたのも無理は無い。
彼が“後継者の儀式”を行わず魔都を徘徊していたのは、
聖印騎士団とのケリを付けようとしていたのではなく(魔都の“魔”を掌握すれば容易く一掃できるわけだから)
“後継者”になるための条件が不足していたのでもなく(“魂”も“鍵”も既に持っていたわけだから)
ローゼンクランツを警戒していたわけでもなく(あの男の力の底は既に見透かしていたわけだから)
“魂<ファントム>”を生贄にする時を恐れていたからなのだ。
そんな彼にとって、“魔”を目の当たりにしても“魔”への欲望を抱かなかったアシュレイの存在は、
彼を絶望から救ってくれる唯一の存在であったのかもしれない。
彼がアシュレイの中に可能性を見出したのがいつだったのか――それはわからない。
だが、遅く見積もってもアシュレイの殺人技<バトルアビリティ>を呼び覚ました時だろう。
その時点のアシュレイには、まだ“魔”を受け継ぐ資格も器も無い。
シドニーはその時既に、そんな僅かな可能性にも賭けたくなるほど迷っていたのではないだろうか。
(ついでに言うと、この時点のシドニーは、「魔都を受け継ぐに相応しい者」の条件すら良くわかっていなかった。
 ローゼンクランツや聖印騎士団の生き方に虚しさを感じ、父の考えを理解するのは当分先のことになる。
 何も先の見えていなかった当時のシドニーにとって、アシュレイの持つ可能性がいかに頼りないものだったかおわかりだろう)

 ハーディンを、失ってもいい程度の存在と考えていたならば、
公爵が生き長らえようとする意思を放棄したことを、シドニーが知った時点で、
アシュレイを導いたりせずさっさと自分で魔都を継いでいたことだろう。
他の教徒の死を(なんとも思わなかったわけではないだろうが)一瞥するのみのシドニーも、
この男に対しては特別な感情を抱いていたのだ。
「・・・親友だったら、俺にお前の“意識”を押し付けるな」――この言葉は、
さぞシドニーの心を深く傷付けたことだろう。





    ――大聖堂――

 “鍵”を捜すとの名目でシドニーはハーディンと別行動をとっていた。
ハーディンは“魔”の中心、大聖堂にメルローズやジョシュアと共に辿り着いた。
そこで、シドニーが到着するのを待つ。
だが、そこにギルデンスターンが現れ、メルローズとハーディンの言い争いは中絶させられる。
メルローズとジョシュアに、ギルデンスターンは興味を示さなかった。
彼はハーディンに的を絞り、尋問を始める。
内容は、“後継者の儀式”に関してのものだった。
「鍵とはなんだ?」
「・・・知るか!」
ギルデンスターンがハーディンに向かって“魔”の力を放つ。
「ガードしても無駄だ。さあ、言うんだ」
「ほ、本当に知らん」
「手がかりぐらいは知っているだろう?」
もう一度“魔”の力をぶつける。 だが今度のプレッシャーは毛色が違った。この抵抗心が溶け入りそうな感触は、強制暗示!
「き、貴様ッ!シドニーと同じ能力を・・・!何故だ・・・!そこまで“魔”に・・・触れてはいないはずなのに!」
「“魔”がレアモンデだけにしかないとでも思ったか?法王庁をナメるな!!」
ハーディンの視界が閃光に包まれる。 ハーディンはギルデンスターンの罠に落ちていく――

周囲を見回すハーディン。目の前にシドニーが立っている。
「大丈夫か?」
「あ、ああ・・・」
「もう、大丈夫だ。この街を手に入れるために後継者の儀式を行おう」
「鍵を・・・見つけたのか?」
「鍵?」
血塗れの罪さ」
「ああ、そうだ。血塗れの罪だったな」
「オレを試しているのか?シドニー」
「ああ、そうさ。話してくれ、兄弟」
血塗れの罪と呼ばれる鍵を持つ者こそ後継者の候補だ。
 後継者は“魂<ファントム>”を生け贄にすることで、“魔”の力を自由に操ることのできる所有者となれる・・・。
 魂なんかこの街にはうようよいるからな。あとは鍵だけだ。さあ、時間がない。見せてくれ、オレに」
シドニーがニヤリと笑う。

幻覚が消え、シドニーの姿がギルデンスターンに戻る。
「くそッ!!」
ハーディンは拳で床を打つ。ギルデンスターンはあごに片手をあて、考え込む。
血塗れの罪だと・・・?どこかで聞いた気が・・・?」
天井を見上げる。ヨクス教のシンボル、ホーリーウィンが目に入る。
「かつて異端審問が行われていた時代、
 “逆位置の聖印”の入れ墨を邪教の者である証として刻んだという。それを血塗れの罪と呼んだ・・・」
シドニーの姿を思い起こす。
「そうか!シドニーはすでに鍵を手に入れている!!」
「なに?」
「ヤツの背中の入れ墨こそ血塗れの罪!ヤツはすでに鍵を手に入れているのだ。貴様は騙されていたのだよ」
「ば、ばかな・・・」
「だとするならば、何故、シドニーは後継者とならないのだ?公爵の命はあとわずかだというのに・・・?」
「まさか・・公爵の命令に従うつもりなのか・・・?」
ハーディンはジョシュアを見つめる。
「いけないッ!!」
ギルデンスターンの剣がハーディンの胸を突き刺す。
声を失ったジョシュアが叫ぶ。ギルデンスターンが剣を抜き、ハーディンは胸を抱いて崩れ落ちた。

    ――大聖堂にシドニーが到着――

「大丈夫か、ハーディン!!」
「待っていたぞ、シドニー」
2人は対峙し、シドニーはハーディンらを背後にかばう。
「しっかりしろ!」
「謝らないのか、シドニー。その男に嘘をつき続けていたことを」
「本当なのか・・・?その入れ墨が・・・“鍵”だっていうのは・・・?」
「・・・すまない、ハーディン」
「なぜ?・・・なぜだ・・・?オレたちは何のために・・・?」
「ハッハッハ。皆、シドニーの捨て駒だったということだよ。儀式に必要な“鍵”とは何のことだ?答えろ、シドニー」
シドニーは答えず、ハーディンに視線を向ける。
「死にたいのか?」
ギルデンスターンは、“魔”の力を叩きつける。衝撃波に打たれたシドニーは、口もとの血をぬぐいながら訊き返す。
「宗教に殉じようというのか、ギルデンスターン」
「宗教ではない、思想だよ。この腐った世を一掃する思想が必要なのだ。
 今の世の中を見るがいい。自己の利益しか考えないやつらであふれかえっている!
 自己の利益のために特権階級にへつらう者、努力もせずに悪いのは世の中だと批判する者、
 自己の“夢”を実現するために他人の“夢”を奪う者・・・、それらを正すためには共通の“価値観”、
 剃刀の刃一枚入る隙もない完璧な“法<ルール>”、そして、それを制する“恐怖”が必要だ」
「哀しいな。それでは人の命の重みがない」
「“救済”などは意味がない。ゴミクズのような人生しか歩まないような輩に“救済”など必要ない。
 いま、我らに必要なのは“選別”だよ」
「独裁者の末路は哀れだぞ。むらがるのは利を求める者ばかりで
 独裁者は常に孤独だ。たった一人で死んでいくことになる」
「貴様とて、組織のリーダーだ。思想は必要だろ?」
「真の悪党は強大な権力を手にした者という世の常は変わらんな。本人が気付いていないのが哀れすぎる」
「・・・茶番は終わりだ。答えてもらおうか」
剣の切っ先をシドニーに向ける。
「嫌だと言ったら?」
「貴様の身体を切り刻むだけだ。お仲間と一緒にな・・・」
剣でハーディン達を指し示す。
「・・・本当に結びついた魂でなければ意味がないわ!貴方にはそんな人がいるの?」
部屋に入ってきたサマンサがシドニーの姿を認め、叫ぶ。
「シドニーッ!!」
シドニーが“魔”の力をサマンサにぶつける。背後の壁に叩きつけられてサマンサが悲鳴を上げる。
ギルデンスターンが気を取られた隙に、シドニーはハーディンのそばに駆け寄る。
「ジャンプさせるぞ、ハーディン!」
ハーディンに手のひらを向ける。
「黒き翼と閃光のうねりに誓う・・・」
「・・・ま、まて」
シドニーは呪文の詠唱を中断する。
「公爵を・・・、親父さんを助けたかったんだな?」
それには答えず、シドニーは魔法を発動させる。
「デルタ・エクセス!」
ハーディン、キャロ、ジョシュアは青い光に包まれ、室内から消え去る。
次の瞬間、シドニーは背後から剣で貫かれて倒れる。胸の傷をおさえているシドニーにギルデンスターンが近づく。
「こんな攻撃では不死者には通用せんか。しかし、その力の源である血塗れの罪を奪ったらどうなる?」
倒れるシドニーの後ろ姿に、それと対等の力を持つであろうギルデンスタンの魔手が伸びる――





    ――暴かれた嘘。そして――

 大聖堂で『血塗れの罪』についての真実が暴かれた時、
シドニーはその場にはいなかったが、その一部始終を“魔”を使って目撃していた。

 彼は、ハーディンに対し嘘をつき続けていた。
この時点でのシドニーは、“魔”を欲する者には“魔”を支配することはできないという教訓を
聖印騎士団やローゼンクランツ、そして自分の姿を見つめることで得、
結論としてアシュレイこそがやはり“後継者”には相応しいのだと結論していた。
その意味でも、この時点でのシドニーには4つの隠し事があったことになる。
@公爵邸占拠事件以来の行動の全てが、父の延命を目的としてのものだったこと
A魔都を継ぐための条件を、最初から満たしていたこと
Bシドニーが“後継者”となるためには、ハーディンかジョシュアを生贄にしなければならないこと
Cシドニー自身には、“後継者”になる意思が既に無いこと(随分前から既に無くなっていたこと)
このうちギルデンスターンに暴かれたのはAのみだが、詳細はどうでもいいのであって、
ハーディンにとっては、シドニーが自分に対して嘘をつき続けていたことが、
シドニーにとっては、それがついにバレてしまったことが問題なのは言うまでも無い。

 ギルデンスターンの茶々淹れがなければ、彼は真実をどう伝えるつもりだったのだろうか。
彼は大聖堂に向かっていた。アシュレイを誘導しながらだ。
そのまま儀式の場(大聖堂の屋根裏)を目指せばハーディンとシドニーとアシュレイが一堂に会することは必至。
そして、アシュレイに魔都を授けるならばその旨はハーディンに知れることとなるだろう。
シドニーはことある毎にハーディンの小言を飄々とかわして来たが、
よもや全てを明かすべき時が来てまで、親友をだまくらかす気ではあるまい。
彼には彼なりに、騙し続けてきたことに関して負い目を感じていたし、
裁断の時が来れば罪を贖あがなう意思はあったはずだ――心の準備はできていなかったかもしれないが。

 だが、「裁断の時」の予定はギルデンスターンの介入により脆くも崩れ去り、
しかも思ってもみなかった要素が1つ、付け加えられてしまった。
それは――ハーディンの「死」。
否、死ではない。ここはレアモンデなのだから。「不完全な死」がギルデンスターンの刃によって刻まれた。
シドニーが覚悟せねばならないと心構えていた時を、ゆっくりと迎えることはできなくなり、
更に親友を失わなければならない――シドニーにそれはどのような感情をもたらしたのだろう。
彼は、父を助けるためにハーディンを騙し、国という大きな枠組みを敵に回して
間接的にではあるが親友のハーディンを生き地獄に突き落としたことになる。
彼はこの光景を目撃した直後、ローゼンクランツに遭遇し強気に振る舞う。
彼がローゼンクランツに接していた時の微妙な“トゲ”は嫌悪感から生まれたものだったのろうか、
あるいはハーディンのことを思うあまり苛立ちが生んだものだったのだろうか。
そして、駆け付けたアシュレイに対して「失った妻子」の話を持ち出し、
「会ったら謝るんだな」と言い残して大聖堂へと先行する。
これがハーディンに対するシドニーの負い目と関係する台詞であると考えるのは、深読みし過ぎだろうか。

 シドニーの感じていたものを完全に推し量ることは不可能だ。
(「アシュレイとシドニー」で述べたように、ある程度製作スタッフが意図して残した謎の1つであると思われる。ユーザー自ら考えるために)
対して、ハーディンはどうだろう。
シドニーの場合とは違って、こちらはある程度、これは確実だと保証できるレベルまで推測が可能だ。
「それに、あいつが俺に嘘をつくものか」
「ば、ばかな・・・」
「何故・・・何故だ? 俺たちはいったいなんのために・・・」
などなど、感情を露わにした発言が多いのが理由である。
彼はシドニーの虚偽について、メルローズから指摘を受けていた。
シドニーを親友と信じる彼がそれを鵜呑みにするはずはないが、忘れてもいなかっただろう。
それが真実だと証明された時、メルローズは優越感など欠片も感じていなかっただろうが、
ハーディンの方は途方も無い自嘲を感じていたと思われる。無論、虚しさも。
だが、その場にギルデンスターンがおらず、自分の胸に致命傷が無ければ、
果たして彼はシドニーに何を言っただろうか。
答え――少なくともじぇすとーな<私>にとっての答えを、次で示してこの文書を完結させよう。





    ――最後の最後に信じた――

 大聖堂に到達したシドニーは、ハーディンに言葉少なく謝罪の言葉を伝えて、
目前のギルデンスターンに対峙した――ハーディンたちを背にして。
その、自分を護ろうとするシドニーの背中を見て、ハーディンは何を考えていただろうか。
私は、この時のハーディンは、シドニーとギルデンスターンとの会話に対して
実のところ全く耳を傾けていなかったのではないかと思う。
彼が見ていたのは、シドニーの様子と、自分の傷。多分それだけだ。
強気なシドニーの言葉はいつもと変わりない。
メルローズの言う通り、それが本当の表情なのかどうかはわからない。
この時のハーディンには、シドニーを信用していい理由、つまり信頼の根拠と呼べる物が無かった。
というか、これまでの根拠はどれもシドニーから提供されたものだったのだろう。
ハーディンは不完全な死の間際になって、人を信じるのか信じないのかという問題に
本来あるべき形で、欺瞞の穢れの無い形で向かい合うことができた。

 そんな時、シドニーの隠し事がまた1つ暴かれた。
「・・・本当に結びついた魂でなければ意味がないわ!」
これは、シドニーの心を読んだメルローズがギルデンスターンに言い放った言葉である。
彼女は、自分なりにギルデンスターンに対抗し、ハーディンたちを守ろうとしていたのだが、
ハーディンにとっては別の意味をも持っていた。
生贄にする魂<ファントム>は、“後継者”の候補と(精神的に)深く結びついていなければならない。
それは、つまりシドニーが自ら“後継者”になろうとすれば、
生贄にする魂は自分のものか、あるいは幼いジョシュア少年のものから選ばれることになる。
これは、“鍵”を既に手に入れていたということよりも、重大な隠し事であるのは言うまでも無い。

 ハーディンには2通りの反応ができただろう。
シドニーが自分を生贄の候補として考えていたと解釈するか、
シドニーは自分を生贄にしたくないから“儀式”を行う時を延ばしていたのだと解釈するか。
この2つは実際には両方が真実で、だがこの2つは同時には認識されにくい。
前者はシドニーを否定する解釈だし、後者はシドニーを肯定する――というか信じる解釈だ。
このどちらをハーディンが選んだかは、後にハーディンがシドニーを信じようとしたことからわかる。

 シドニーやローゼンクランツとの遭遇の後、アシュレイが漏らした言葉を憶えているだろうか。
「人は自分に都合のいい嘘をつく・・・自分自身を救うために・・・か」
これは過去のハーディンにも言えたかもしれない。
メルローズに指摘された時点で、彼がそれを認めようとしなかったのは、
シドニーを信じていたというのもあるが、それ以上に
親友に謀られているという可能性を信じたくなかったからであろう。
思い起こせば、シドニーに謎を問い詰めようとする毎に、巧くかわされてきた記憶があったはずだ。
そもそも、シドニーを信じていたということ自体、自分についた都合のいい嘘ではないのか。
この問いが、おそらくハーディンの中でやっと形を成してきたのだろう。
シドニーは、自分の嘘を認めた。
もう、こうなっては信じることはできない。信じるべきものがなくなってしまった。
そんな彼が迷う中で口にした、「公爵を・・・、親父さんを助けたかったんだな?」という言葉。
これは、ハーディンが、シドニーという「他人」に与えられた情報ではなく
自分の意思でシドニーを信じようとしたことによる言葉だった。

 ただし、ここで誤解してしまってはいけない。
ハーディンはシドニーを信じることにしたが、これは、事実関係に基づく根拠をなんら持たない、
言うなれば独り善がりな解釈であるということを。
これもまたアシュレイの言った「都合のいい嘘」の中に含まれ得ること。
例えるなら、結局どちらが真実の過去であったのか、確信を持つことのできなかったアシュレイが
独断でどちらかの過去を選んで真実だと信じ込むことと、同じくらいの危険性を孕んでいる。
『VagrantStory』製作スタッフからのテーマの1つとして、松野泰己自らが提示したものに
「人から伝わってくる情報というのが、伝達してくる人の立場次第で大きく変わる。
 ・・・というか、みんな自分の都合のいいように解釈するものなんだ」
という経験論、ある種確固たる真理がある。
人は、自分のことにも他人のことにも、100%間違いの無い正解を見出すことはできない。
伝わってくる情報はあまりに少なく、また伝達者によってそれすら歪められてしまうからだ。
万が一、正確に情報が伝達したとしても、当事者がその解釈において都合のいい嘘をつく。
つまり、人は完全には理解し合えないという悲しい宿命を背負っているのである。
その上で信じる価値はあるのか――それはあなたが真実と意義のどちらを重視するかによるが、
私はこの「信じた」行為には根拠が無いから価値も無いとは考えず、
逆に、根拠は無くても信じようとしたことに価値があると、信じている。
勝手な気持ちの押し付けではないと思いたい。
ハーディンは、既にそれを裏切られても(悪意の無い結果的な裏切りだったが)、その上で信じようとした。
それは、ありのままのシドニーを親友として受け容れられるようになったのだと信じる。

 「黒き翼と閃光のうねりに誓う・・・」「・・・ま、まて」
それを聞いて、事実父を助けることを切望していたシドニーは何を思っただろうか。
呪文の詠唱を中断させられた時、それこそシドニーが先延ばしにし続けてきた「裁断の時」だった。
シドニーはあの時、ギルデンスターンらが態勢を整える危険性を自覚しながらも、
「不完全な死」を前にしたハーディンへの贖あがないを受ける最後のチャンスとして、
他にどんな切迫した状況だったとしても、彼は呪文を中断せねばならなかった。
(決して呪文詠唱中に集中力を削がれたから中断したわけではない)
彼はその時、ハーディンのどんな言葉を予想していただろう。
「違うんだろう? 本当は俺を騙してなんかいないんだよな」などと言われるぐらいならば、
いっそ「裏切り者」「信じてたのに」と拒絶された方がマシだっただろう。
彼は、自分のとった行動であるにもかかわらず、律儀にも(※皮肉な意味でこの言葉を使ったわけではない)
自分の行動の悪い部分を正面から直視していた――あまりに、彼の行動には常に
表現されにくかっただけで確かに存在し続けていた優しさがあるということを、失念していた。
そんな言い訳は通用しないと否定していたのだろう。
だが、「公爵を・・・、親父さんを助けたかったんだな?」という言葉は、
ハーディンが、自分はシドニーのそういう部分を信じたのだという宣言であり、
シドニーの優しさが陽の目を見た数少ない言葉だった。

 こう言われて、シドニーは絶句した。
何も答えることができず、シドニーは親友に別れを告げた。
その後、彼はギルデンスターンのすさまじい責め苦に遭い、ハーディンと同じ立場になる。
彼が絶句して表現できなかった感情。それを彼が表現できるのは、
アシュレイの気配りで父と再会し、死を迎える時になって、やっとのことになる。
(確証は無いが、「不完全な死」ではなく純然たる「消滅を伴う死」なのだと思う。消滅の仕方が独特だったからだ)
彼の涙に凝縮された想いの中には、もちろんハーディンへの想いも含まれていたと思う。
皆さんにとって、あの涙はどういう意味で映ったのだろうか?