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松太の一句鑑賞
白魚やさながら動く水の色 来山『きさらぎ』2/10
白魚は、春を告げる魚。春先に産卵のため海から河口付近に集ま
るのを、四手網や刺網で捕らえる。来山の句、透き通った白魚の動
きを、水の動きとしてとらえる。煮たり蒸したりすれば、その透き
通った色も真っ白になる。
二階より素足下りくる春の朝 辻田克己『昼寝』2/9
裸足は、履物をはかないこと、素足で地上を歩くことであり、素
足は足袋や靴下をはかないことである。句の素足、おそらくスリッ
パも履いていないのだろう。素足を目にして気になるのは、まだ床
が冷たいからに違いない。美しい女性の、真っ白な素足である。
町娘笑みかはし行く針供養 高浜虚子『五百五十句』2/8
二月八日は針供養の日。仕立屋など針を使う仕事の人はこの日を
休み、古い針や折れた針を神前の豆腐や蒟蒻に刺して供養し、裁縫
の上達を願う。虚子の句の町娘、裁縫を習っている下町の女の子だ
ろうか。裁縫が嫁入りの必須条件であったころの風景である。
妻につく眠りの神や春炬燵 長谷川櫂『虚空』2/7
神様がとり憑いたのだから、ちっとやそっとの眠気ではないはず。
眠りの神は冬の炬燵や囲炉裏端などにもいるかもしれないが、やは
り、春の炬燵にいる神様が一番したたかなようである。
箔打が立つて見にゆく春の雪 安東次男『花筧』2/6
金箔打は、金の小片をいくつもの工程を経て打ち延しながら、最
終的には一万分の二ミリ以下にするという職人。春の雪を見に行く
のはその金箔打。箔打の工程を一つ終えて、一息入れているところ
だろう。極薄の金箔の質感と春の雪の温度寒がうまく調和した一句
といえよう。
人の文開きて読みし余寒かな 長谷川かな女『竜胆』2/5
余寒は寒が明けてもなお残る寒さのこと。暖かな日を経て寒さが
ぶり返したりすると、いっそう身にこたえる。かな女の句。嫉妬心
から人の手紙を盗み見たのだろうか。余寒が心にもしみこんでくる
ようである。
立春の水に沈めて皿白し 菖蒲あや『鶴の天』2/4
今日二月四日は立春の節入りの日。一日だけでなく、この日から
約十五日間、雨水の前日までが立春となる。暖かい地方では梅が咲
き、草が萌えはじめるが、まだ深い雪に覆われている地方も少なく
ない。句の水の中の白い皿、どちらかといえば春の寒さを感じさせ
る白である。
星のいま生まれ大原雑魚寝かな 夏井いつき『絶滅寸前季語辞典』2/3
昔、節分の夜に老若男女が雑魚寝した風習が大原の雑魚寝である。
今でいう乱交パーティのようなものものかもしれないが、七十代の
おばあさんも参加したというから、乱交パーティの趣とはかなり違
うようだ。夜這いなどという風習もあったころの話。古きよき時代
の性の奔放さおおらかさの現れであろう。夏井さんの句、雑魚寝の
空に星が瞬いたと読むこともできるが、男女間の合意がなって、新
しいカップルが生まれたとも読める。
さくさくと藁喰ふ馬や夜の雪 大江丸『俳懺悔』2/2
家内に厩を設けた曲り家であろうか。しんしんと物音もなく雪が
降っている。聞こえるのは馬が藁を喰う音。それに、屋根の雪の重
みでうつばりがきしむ音。
雪の夜やひとり釣瓶の落つる音 千代女『はしの松』2/1
雪に埋もれた井戸である。誰も居ないのはずなのに勝手に釣瓶が
井戸底に落ちたという。物音のない雪の夜だけに、大きく響いたの
だろう。千代女には同じように釣瓶を詠んだ句で「朝顔に釣瓶とら
れて貰ひ水」という有名な句があるが、句の品格からいえば、こち
らのほうが上であろうか。
湯豆腐や木と紙の家に住みてこそ 瀧春一『瀧春一全句集』1/31
湯豆腐は、昆布出汁と薬味が命。煮すぎれば硬くなるし、煮がた
りなければ中が冷たい。いたって簡単な食べ物ながら、食べ加減は
微妙である。句は、障子や襖の部屋が湯豆腐にはふさわしいという。
近代建築の密閉された部屋では確かに風情がない。湯豆腐には隙間
風も大切なのだ。「木と紙の家」は「きとかみのや」と読むのだろ
うが、字あまりでも「きとかみのいえ」と読みたい。
父の死や布団の下にはした銭 細谷源二『砂金帯』1/30
「端」と書いて「はした」と読む。数字で言う端数のことで、
「はした銭」は半端な銭のこと。今の貨幣価値でいえば、五六百円
くらいだろうか。死んで遺したお金も、その「はした銭」だけだっ
たのかもしれない。
寒卵即ち破(わ)つて朝餉かな 阿波野青畝『万両』1/29
寒中の卵は他の季節の卵より滋養があると言われる。青畝の句。
炊き立てのご飯に生卵をかけて食べようというところ。ほかに菜な
どなく、飯茶碗一つあればことが足りそうである。
故郷は遂に他国か波の華 鈴木真砂女 『居待月』1/28
波の花は、岩礁に冬の波が押し寄せ、砕け散る時にできる白い泡が
凍てついたもの。厳冬の風物詩である。真砂女の句、故郷に見限ら
れたのか見限ったのか、「波の華」に象徴されるのは、見限ったと
いう決意であろうか。
是がまあつひの栖か雪五尺
一茶『七番日記』1/27
文化九年(1812年)の暮の句である。江戸での生活に困窮した一
茶は、弟仙六との遺産分配の話がまとまり故郷の柏原に戻ることに
なる。翌々年には五十二歳で若い妻を迎え、北信濃での俳諧師とし
ての地位も定まる。句は、この雪深い柏原の地に骨を埋めようとい
うもの。これからここの生活がどうなるのか、という不安ものぞく
一句である。
み仏に美しきかな冬の塵 細見綾子『桃は八重』1/26
ほんとうに美しいのは、角度浅く差し込んだ冬の日差であろう。
その日に浮かんだ微細な塵、ダイヤモンドダストのようにきらきら
と輝いてみ仏を飾る。
鴨を得て鴨雑炊の今宵かな 松本たかし『鷹』1/25
雑炊を作るのに手間も技もいらない。味噌汁や鍋物の残り汁にご
飯を入れて炊き込むだけ。簡単ながらうま味も充分である。たかし
の句、こちらは、残り物で作るのではなく、はじめから雑炊にする
つもりらしい。蟹を得れば蟹雑炊、すっぽんを得ればすっぽん雑炊
というところか。贅沢な雑炊である。
たましひの繭となるまで吹雪けり 斉藤玄『雁道』1/24
猛烈な吹雪になると、視界ゼロになるほど。何もかも白く塗りこ
められ、家々は昼間から電灯をともす。句は、吹雪の底にいて魂ま
でもが繭籠ってしまうという。旅行者の感覚ではない。雪国に生き
雪国に死ぬひとの魂である。
斧入れて香におどろくや冬木立 蕪村『秋しぐれ』1/23
冬は樹の活動が弱まり木目がしまるので伐採によいとされる季節。
切り倒した丸太も雪に滑らせれば運び出しが楽になる。蕪村の句、
最初の斧が樹に入った瞬間の香であろう。木の香りは樵の肌に染み
て取れないほどという。激しい香りが厳しい寒さの山中に漂う。
あられせば網代の氷魚を煮て出さん 芭蕉『花摘』1/22
網代は文字通り網の代わりをする漁の仕掛け。鮎の稚魚である氷
魚漁に用いられた。句は、霰のなかを訪ねてくれた人を、獲れたて
の氷魚の醤油煮でもてなそうというもの。客を迎えるうれしさが伝
わってくる。
うつくしき日和となりぬ雪のうへ 太祇『太祇句選』1/21
雪眼という季語がある。雪に乱反射した光に眼がくらみ、目に炎
症を起こすというもの。炎症は少し大げさと思うが、軽く目がくら
んだ状態でも、室内に入ると真つ暗で何も見えない状態になる。太
祇の句、雪眼になりそうな日和というより、ところどころに消え残
った雪の上に日があるのだろう。もう春が近いのである。
大寒の一戸もかくれなき故郷 飯田龍太『童眸』1/20
今日は、24節気の最後の大寒の入りの日。ここから立春の前日
までの約15日が大寒である。一年でもっとも寒い時期であるが、
24節気の最初の節である立春ももうそこに来ている。龍太の句、
小高いところから甲府盆地を見おろしての句だろうか。「一戸もか
くれなき」が、寒さをますますつのらせる。
宿かせと刀投出す吹雪かな 蕪村『蕪村句集』1/19
道に迷ったものか、夜の吹雪の中を一人の武士がやってきて、一
夜の宿を貸せという。いわくありげであるが、腰の大小二刀を抜い
て投げ出されたのでは否やもない。宿も他の民家もない山の中の一
軒屋かもしれない。
冬籠りまたよりそはん此の柱 芭蕉『曠野』1/18
白楽天の「閑居賦」「閑居また此の柱に倚る」に想を得たものか。
この秋、芭蕉は「更科紀行」の旅から戻ったばかりであった。旅もい
いが、わが家もまた捨てたものではないということ。
淋しさの底ぬけて降(ふる)みぞれかな 丈草『丈草発句集』1/17
居るべき人がいなくなり、あるべきものがなくなる寂しさもある
が、さしたる理由もないのに、無性に淋しいこともある。丈草の句、
心の中にぽっかり空いた淋しさの器に音もなく霙が降る。底のない
淋しさである。
やぶ入りの枕うれしき姉妹 召波『春泥発句集』1/16
旧暦の正月16日と7月16日に奉公人が休みをもらい親もとに
帰るのが薮入。現在のような休日制度のなかった江戸時代の慣習で、
特に幼い奉公人にとっては、親兄弟と会えるかけがえのない日であ
った。召波の句、姉が薮入で帰ってきたのだろう。妹と枕を並べて
眠るのも半年ぶりである。