ボヤキ


★ 2000年11月のボヤキ ★


04日 東京からのお客人
 今日は、東京からお客人が来たのだ。
その方は『おしえよか(総統)さんとその相方さん』である。
昼前に心斎橋で待ち合わせをしたが、OPAの前に掲げられていた看板を見てビックらこ
いてしまった。
それは、上海蟹のコースが
『¥13000〜¥30000(価格は事前にお問い合わせ下さい)』
とあるではないか!
 実は今日、創華飯店へ上海蟹をいただきに行くことになっているのだが、こんなに高
いの、上海蟹って? やはり創華飯店の実力のすごさが改めてわかった。(大汗)
 無事に総統さんとお会いでき、早速十三へと向かう、やはり大阪接待の基本は
『やまもとのねぎ焼き』
でせう。(確信)
何時も思うが、あの「やまもと」の焼き担当の兄ちゃんの筋肉美は素晴らしいとしかい
いようがない、やはりねぎ焼きが彼をここまで逞しく鍛え上げたのだろうか?
けど、彼の焼きそして返しの巧さは目を見張るモノがある、1時間近く待たないと喰え
ない店なのだが、彼の技を見ていると待っている時間も忘れてしまうのだ。
やはり彼の筋肉は『ねぎやきんにく』なんだ。
 待つこと1時間、やっとねぎ焼きにありつくことが出来た、やはり総統もご満悦であ
ってデジカメにてねぎ焼きを激写されている。私も滅多に来れないが、ここのねぎ焼き
は絶品である。

 その後は、喫茶店でのんびりしたり道頓堀を散策し、たこ焼きや551の豚まんを食
べた後、鶴橋駅でNさんやようしゃんさんにマハラニさんと合流し創華飯店へと向かう。
創華飯店……大阪の下町の一角にポツンとある見かけは普通の中華料理屋なのに、実は
ものすごい店なんです、今回の上海蟹といい、ホワイトボードの特別メニューといい、
なんでここにあるの? といつも思ってしまう。
 しばらく待つこと数分、出ました出ました『上海蟹』!
登場と共に和気藹々とした雰囲気が一瞬にして固まるくらいに緊張が走る。
そして、蟹が揃ったところで皆が一斉に蟹に貪りつくのは、蟹が喰えずただただボーッ
と見ている私にとっては、なかなかに楽しき光景である。
しかし、私がいくらしゃべっても皆が蟹に夢中で相手にしてくれない、うーん、町工場
のラジオの気分だぞい。(笑)
宴はその後も続き、食べ終わったのがもう夜も10時過ぎにまでなってしまった。

 みんな、満足してもらえたので、とても嬉しい一日であった。
ただ、総統の相方さんがちょっと体調を崩されたみたいで、本当に申し訳なかったです。
また、これに懲りることなく大阪に怠獣刑執行されにお越し下さいませ。


05日 なんで雨降らないの……。
 朝、目覚めると予報とはまるっきり反対の『快晴』。
なんで雨じゃないのよー。
明日は雨やで、って言ったのだれなのよー。>マハラニはん
なので、仕事があるのだ。
あぁ……今日は疲れた。(縛)


08日 祝! エッグタルト上陸
 残業をこなしている仕事場に母親が登場。
なにしにきたんや? と聞くと、今日は藤山直美の劇が松竹座であったので観にいった
とのこと。そして手になにやら箱を持っている、そ、それは……
『澳門安徳魯餅店のエッグタルト』
ではないですか!
なに、大阪に何時できたんだ? 知らなかったぞ、というと、母親もたまたま隣で観劇
していた女性から「美味しいよ」と勧めてくれたからなぁ、それにマカオに行ったこと
あるって私が言ってたのを思いだして買ってみた、とか言っている。
 ありがとう、マイ・マザー。

 一度食べてみて下さい、もう絶品です。
 ☆ これがその箱

 このアンドリュー・エッグタルトは、マカオではエッグタルトNo.1の店(カフェ・エ
・ナタ)を経営しており、東京・自由が丘と横須賀にあるというのは風の噂で知ってい
たんだが、まさか大阪・道頓堀にまで進出しているとは思わなかった。
 ちなみにマカオのカフェ・エ・ナタはセナド広場からカジノで有名なホテルリスボア
方面に3〜4分程歩いた裏道にある小さな店で、店の外にカフェ風にテーブルと椅子が出
てる洒落た店で、エッグタルトは5.5MKP(約80円)だった記憶があります。
また香港にもチムサーチョイのハイアットリージェンシーホテル脇のペキンロード
(Peking Rd.)を入ったHMVの横にも同じく「澳門安徳魯餅店」があって、こっちの方
がマカオで食べたよりも美味しかった、しかしマカオには義淳の牛乳プリンやマンゴア
イスという強力なライバルがあったので、ちょっと印象が薄かっただけなのかも知れま
せんが。
 エッグタルトはポルトガル語ではパスティス・デ・ナタといい、リスボンにある世界
遺産でも有名なジェロニモス修道院で作り始められた由緒正しいお菓子らしく、植民地
マカオからアジアへ伝播していったモノなんでしょう。
お味の方は……もう絶品じゃ、としか言えないのだ。
ただ、香港のとは若干違う感じもするけども。
 また個人的に買いに行こう。(うふ)



12日
仕事明けに
 ようやく仕事が終わり、帰ってきたのが20時を過ぎていた。
やっぱり田中さんのパーティーは行けなかった、本当に悲しいくらいに残念である。
うーん、田中さんの民族衣装姿も見たかったが、きよぷはんのベリーダンスも拝見した
かったのだ、けどもりあがったんだろうか?。
 しんどいのでとりあえづ近所の風呂屋へ行きスッキリして帰ってくると、一本の電話
が、なんとようしゃんさんからである。
なにごとなんだろう? と聞くと
『らんちゃん、この前の上海蟹な、掲示板で喰ってないのにわたしらの蟹代まで払った
んやろ? だからなんか食事でもおごらなあかんなーなんて、みんなで話してるんよ、
なんか食べたいものある?』
 はぁ〜?
別にいいですのに……と言っても、
『いいか、よう聞き!』
と一喝されてしまうも、何処へ食べに行きたい? とおっしゃるので『さかなのさけ』
に決定する。
 あぁ、なんてやさしいお姉さま、上海蟹くらいでこんなに心を痛められるなんて。
嬉しいですだ。(大感謝)
 予約などあとのことは私がやりますさかいに、はやくお決め下さいませ。

 その後、ニュースを見てびっくりする。
オーストリアのケーブルカーで火災が発生し、少なくとも200人近くが行方不明とい
うではないか、西欧でもオーストリアはかなり裕福な国でこんな大惨事が起こるとは思
わなかった、ケーブルカーはそれほど火災事故にはなりにくい交通機関ではあるので、
一刻も早い捜索と原因究明が望まれる。


15日 岸和田駅の『あの草』は……
 前回のギモンについて、疑念が腫れましたのでこの場にて報告いたします。
きょう、会社の年賀状を印刷してもらうために近くの印刷屋さんにでむいたところ、店
先にあの岸和田駅にあったのと同じ『草』が植えられているではありませんか。
 ほー、最近はめっちゃ流行っているのか? 堂々とした密栽培は、と思ってよく見る
と下に、
『ケナフ』

と書かれているではないですか!
 なに! と、店の人に尋ねると、やっぱりケナフとのこと。
前にも『あの草』じゃないのか? なんて聞かれて方も言いますが、違うんですよー、
なんて言っている、なるほどよく見るとちょっとばかし本物とは違う。
 しかし、これではっきりと疑念が腫れたわけではないので、捜査を続行します。


16日 名言じゃ
 今日のニュースでまたまた我らが総理大臣・森くんが言ってくれました。

 ブルネイで行われているAPEC首脳会議席上で、IT革命は電気すら届かない地域ではど
うするのか? という質問に
「電気が無くても携帯の『i-mode』があるじゃないか」
 す、素晴らしすぎるぞ、このおっさん。(核縛)
まさしく、フランス革命のマリーアントワネットの「パンがなければケーキがあるじゃ
ない」や、南ベトナムでの『人間ベーベキュー』に匹敵するくらいの名言である。
こんな事を平気で言う方にこの日本を任せているとはなんとも情けないことではあるが、
多くの日本人は同じ事を考えているのだろうな、行く末が心配だ。
けど、あまりにもこの方の名言は面白いので、もうちょっと続けて欲しいなぁ。
そう思いませんか? 加藤・次期総理さん。(縛)


17日 広島からのお客人
 事前より早めに仕事を終え、難波へ。
今日は広島よりバンコクを経由して掲示板でおなじみのシャオランさんが来るので、割
勘で接待をするのだ。
 しかし、待ち合わせ時間になっても一向に彼女は現れない……どうしたんだろう、道
に迷ったんではないか? と心配して電話をかけると、
「今、電車を間違えて天下茶屋なんです〜」
??? おかしいなぁ、たしか新大阪から来ると聞いたのだけど。
やっとのこさ遅れて登場したシャオランさん、聞けば新大阪から難波まで2時間もかか
って着いたとか、この人、なかなかおもろい方ですな。
 そして彼女ご希望の『アリラン食堂』へ向かう、私は韓国料理を2人で食べたことが
ないので、大丈夫かなぁって思っていたが、結構2人でも満足できるモノだとはじめて
知りましたね、いつもは10人近くが集まって、山盛りの料理をみんなでわいわいしな
がらしていたもんだからねぇ。
 それから9時頃にうえだっちさんも合流して更に宴は盛り上がり、彼女のホテルの門
限ギリギリまでわいわいしてしまった。
最後の方はかなり眠たそうだったので、ごめんなさいね。>シャオさん
 しかし、これが地獄の3日間のたんなるエピローグに過ぎないことを覚悟しておいた
方がいいでしょう。(確信)
明日からはきよぷはんとうえだっちはんにバトンタッチだ。

 あと、こぢまさんから送っていただいた「ムースポッキー」は、無事に彼女の手に渡
すことが出来ました。ありがとう、こぢまさん、その節はすいませんでした。
しかし、彼女に渡したムースポッキーの中に実は『地雷』が1個混ざっているんですよ
ねー、食べる前にこのページを見ていたら気づくとは思うんだけどなー。(縛)


18日 太古のロマン、果てしなく……
 仕事から帰ってくると、私宛に荷物が届いているという、なになに。
おー!届いた届いた『ねつ造酒』、いや『高森原人』

 そうか、虎までいたのか。  
 ☆ これは箱上部のイラスト

 町の意気込みがここまで伝わってくるが……不幸じゃ
 ☆ 箱の包装紙に貼ってあったシール、さすがは築館。

 実は15日に宮城県栗原郡築館町役場に問い合わせたところ、販売店の所在がわかっ
たので早速注文していたのだ。
一本¥1500(純米酒・税別)で、送料が5本までは¥850。
他にも吟醸酒もあったが、これにする。
 しかし、あのねつ造事件が発覚するまでは私はこの酒はおろか上高森遺跡の存在すら
知ることは無かったであろう、実際、届いた中に酒店から、
『おかげ様で全国的に大反響をいただき……云々』
との直筆のお手紙までいただいてしまったくらいである。(動機が不純ですいません)
 ただ、あんな事件は世界的に日本の考古学の信頼をかなり落とす結果となり、他の遺
跡でもその信憑性は薄れてしまう大問題ではあるが、これがかえって一時的にせよ町の
活性化に繋がるとは皮肉なものである。

 ちょうど、酒のはこの中にパンフがあって、読むとなかなか。
なのでちょっとご紹介をば。


『太古のロマン、果てしなく……高森原人について』
 高森原人のふるさと宮城県築館町にある高森旧石器遺跡群から出土した石器は
およそ六十万年前までさかのぼる日本最古のものであることがわかりました。
その六十万年前という年代は、中国の北京原人の時代に相当するもので、日本に
原人段階の人類が存在していたことが確実となり、高森原人と命名されました。
 ときめく太古のロマンを夢見て、高森原人カンパイ!

 あぁ、なんて哀愁漂うことでしょう! まさしく『果てしない』ことでありまする。
私も今夜は太古のロマンをはせながらカンパイ、としゃれ込もう。

☆ 追加
迷酒『高森原人』のお問い合わせ先は、
 有限会社 中條酒店(電話0228−22−2162)
 住所:宮城県栗原郡築館町薬師三丁目7−2
一度電話で連絡し、指定された口座へ振り込むと送ってもらえます。
詳しくは上記へお問い合わせのほどを。


19日 今日は疲れるど
 実は、お酒が届いてからうえだっちさん幹事のMLのオフ会に参加することとなった。
うーん、わしメンバーじゃないし、もう夜遅くなのでいいんかな?
 まぁ、誘われたので急ぎ会場の『トビタ百番』へ。
着くとうえだっちさんがなんでかフロントにいる、なんでいるのだろう?
けど、何処で宴会をしているのかわからないのでうえだっちさんに連れていってもらおう

としたが、『ここは迷いやすいんやで〜』と言ってるおっさんも酔っていて全然道がわか
らない、ときていて困ったモノだ。(笑)
 なんとか到着して部屋にはいると、もう10人以上の方々が大いに盛り上がっている。
ビックリした〜、しかも勝手にキャンプでお会いした方々も来られているではありません
か、けどなかなか顔を想い出さなくてごめんなさい。(大陳謝)
 その後、場所を移るというので梅田へ向かうも、私以外は電車なので、先にバイクで向
かう、時間もあるので途中『餃子の王将』に立ち寄り、焼飯&餃子を胃袋に納めゴールド
を達成させて2次会会場の東梅田『丸信旅館』へ。
 すると、フロント係(?)のおばちゃんが
「あんたら、遅すぎるで、10時を11時に換えたりなー」
とかなりご立腹、うーんなんでワシが……と思いながらも謝り、みんなが揃うまで待つこ
とにする。
おばちゃんが「待ってるんか」とお茶を出してくれた。あ、ありがとうおばちゃん。
 11時をちょっとまわってやっとみんなが揃う、そうか、かずちゃんは帰ったのか。
しかし、おばちゃんの怒りは治まっていないようだ、しきりに『風呂はよ入れ』『女部屋
はここや』とかなり邪険に扱われる、まぁ1泊¥3150だからなぁ。
 12時をまわった頃にやっときよぷはんが到着。
さっそく風呂に行け、とおばちゃんの指令が飛ぶ、男連中にはあとで電話すると言い残し
て……しかしきよぷはんが一緒だった女性がうっとおしいらしくて早めに風呂に上がった
のにも拘わらず、一向に電話無し、なので、宴会は盛り上がりを見せる。
はじめて『トカイ・ワイン(ハンガリーの)』をいただく、噂では聞いていたが、なかな
かに甘くてワインという感じがしない、私にはちょっと物足りない気もするが、とても美
味しい部類に属するワインである。気に入った。
 1時を過ぎた頃、やっと電話がかかり私がとると、
「なにしてるんや、待ってるねんで、はよ風呂入ってやー!」
とチョー逆ギレ口調で指令してくる、おいおい、やるなこのオバハン。(縛)
 これが個人的に泊まっているならケンカになっているが、私も大人だ、じっとこらえ、
一応あやまっておく。
 しかし、もう遅いし、朝早くから今日も仕事なのでおいとまさせていただく。
帰りがけ、土曜日だけオールナイトの銭湯『玉造温泉』に行き、サッパリとして現在に
至る。はよ寝ないとヤバイな。(縛)

 その後、やっぱ夜まで仕事だった、本当に疲れた一日だった。(ははは)

 カウンター5000番はマンマンデーさんでした。(祝)
ニアピン賞はちかさんでした。(祝)
なにか送りますわ。


21日 スパイ大作戦?
 仕事で地下鉄に乗ろうと夕方、谷町線のとある駅から乗り込む。
しかしトイレに行きたくなったのでホームしたにあるトイレへと。
すると、なぜかトイレの端っこにボストンバックが一つ置かれている。
なに、これ?
と思いながらも、小用を
済ませ手を洗った後、やはり気になるので、そのバックに近づこ
うとすると、いきなり使用中の大便所のドアが開き、男が出てきてそのバックを抱えるや
大便所のドアを閉め、また個室へと消えていった。
一体、なんなの、これ?
かなり怪しいぞ、なぜこんな事が起こるのか、事情をご存じの方は教えて欲しい。


25日 京都と名古屋と滋賀と
 午前に仕事を済ませて、外出。
それは、名古屋より鮎さんとるなさんが鍋を食べにお越しになるので、お出迎えに。
しかしその前に、やらねばならないことがある……それは一番美味いと思っているウスタ
ーソース『ツバメ・ビフテキソース』を買い付けに行くことなのである。
これは、本当に美味いのだ、冗談抜きで。
私自身、京都で大学生をしていたときに出会い、それから病みつきになってしまったので
ある。しかし、4年前に何時も買いに行っていた店が滅亡してしまったのであきらめてい
たが、一昨年前にキダ・タブーさんからいまだツバメソースは健在であるとの情報を聞き、
それからは無くなる都度、京都まで買い付けに行っているのだ。
けど、いつもいつも京都まで行けるわけではないので、今回は時間もあるので出来れば業
務用の大きなヤツ
を売っている店を探そうとやって来たのだ。
 あるとするならば、七条〜中央市場にかけての一帯にあるだろうと目星をつけ、京都駅
から歩いて探してみることにする。途中、数店で尋ねたが見つからず。だが、壬生七条交
差点(梅小路公園前バス停前)にあるコンビニ風の酒屋さん(名前は失念)でやっとビフ
テキソースの業務用を発見、しかも焼きそば・お好み焼・ドロ・ウスター(ノーマル)・
辛いヤツetc、もうツバメソース・フルラインナップの陳列にもう感激!
けど、今回は他にも寄らなくてはならないので、ビフテキソース・業務用(一升)と、お
好み焼きソースを購入する。
やったぞ、もうこれでツバメソースに困ることが無くなったぞ! (狂喜)

 その後、激闘・王将に終止符を打つために王将・太子道店へむかう。
それは大学時代、もっともお世話になった王将だからである……忘れもしない、学生定食
が貧乏かつ飢えた私を何度も救ってれたありがたい店なのだ。
今日も当時と同じように『学生定食』をいただくも、やはり年なのか全部を喰いきる前に
限界が来た。
 なんとか喰いきった後、腹ごなしに近くの銭湯へ向かう。
サッパリした後、さぁバスに乗ろうとバス停に立つも、なかなか来ない。
しまった、今の時期は紅葉狩りの季節だということをすっかり忘れていた!
はるかかなたからずらーっとつづく車、車、車、そしてさらに向こうへと伸びる車、車、
車……もう20分も経った。
このままでは集合時間に間に合わない、ので急いでるなさんに電話して遅れることを伝え
る、向こうはもう栗東インターを出て琵琶湖大橋へと向かっているようだ。
ごめんなさい。
 
 なんとか違う系統のバスがやって来たのだが、途中に地下鉄の駅を経由するので、もう
これしかないと乗り込む。
しかし、京都駅に着いたのは5時を大幅に過ぎてしまった。
それにるなさんと鮎さんとの約束のブツを買わねばならないので、蓬莱の出店へと。
ここで10分ほど並んでやっと10人前の豚まんを買うことが出来た。
しかし、いつも蓬莱の豚まんは買ってはいるが、一気に10人前は初めてだ。
こんなにずっしりと重い豚まんは初めてだ。(縛)

 やっと集合時間から30分ほど遅れて到着。
池さんや名古屋からのお客人は先にスーパーで買い物をしていた。
私は途中で合流して、みんなに内緒でソフトクリームなんか喰っていた。
ごめんね、みなさん。
 7時にみんなが集合して、さぁ食事だ。
となんと今日のメインディッシュは『ふぐ』なのだ。
初物は嬉しいのだ。
そうこうしてわいわいしているウチに、なんでか沖縄から変えてきたばかりのちかどのが
合流。そのまま、宴会は盛り上がり、気がつくともう朝の5時。
またもやみんな寝てしまって、ひとりぼっち。(縛)


26日 ちょっと怖いドライブ
 このまま起き続けヒマなので皿などを洗っていると、7時頃に池さんが起きる。続いて
MASAさんも起きてきてシャワーを浴びる。
その時は既に池さんはシャワーを浴び終わってゆったりとテレビを見てられているが、時
間的に大丈夫なのかなぁ? なんて思ったのでちょっと尋ねてみると、
『まだまだ大丈夫ですよ……』
と言いつつ時刻表を見ると、もう次の電車の時間が迫っているではないか。
あわてて池さん飛び出していった。
うーん、MASAさんやちゃらりーんさんの車を利用されても良かったのに、と思ったが池さ
んは結構気配りのされる方だからなぁ。
 池さんが出た直後MASAさんがシャワーから出る、池さんが出たのを言うと残念がってい
た。けどMASAさんご一行も早く出ないと行けないので大慌てだ。
るなさんも鮎さんもあまりにもの忙しさに踊っている。
しかし、今日は友人の結婚式とはいえ、なかなかに前衛的なファッションじゃのー、MASA
さん。(縛)
8時過ぎ、やっと支度が整ってMASAさんご一行出発、けどワシ以外誰も起きてこないので
独りでお見送り。激しく手を振り再会を約束して見送ったのに、スグに戻ってきた。
どうやら忘れ物らしい、早い再会であった。
 それはさておき、あとのみんなは起きない。のでヒマしてるとちかはんやキダさんはや
っとのこさ起きてきたのでふぐ鍋の残りで雑炊をしないか、と雑炊の準備を。
ついでにちゃらりーんさんをたたき起こして遅めの朝食をとる。やはり雑炊はふぐがいい。
デザートにはちかはんの沖縄ミヤゲ『ゴーヤー羊羹』をいただくも、ゴーヤーの苦みがか
なり押さえられていたので我々にはイマイチ。あさってには沖縄に帰るちかはんにこの製
造元へ行ってもらい、しばきあげてもらうよう要請したら快諾。
絶対行ってもらうど。(ニヤリ)
 12時過ぎ、一本の電話が。
どうやら池さんは無事に東京に到着したようだ。よかったのだ。
しかし、私も午後に奈良へ行かねばならない用事があるのでそろそろ出たい旨を伝え、帰
る準備をする。ちかどのが車に乗せてくれると云うのでキダさんと一緒にご相伴にあづか
ることに。チャラリーンさんとは途中で別れ、一路京都へ。
しかし、ちかはんの一言に同乗者は凍り付いた。
『この車、前のと違ってでかくて扱いにくいねん。距離感とれんわー。』
おいおい、わし一番死にやすい助手席に座っているのに……そんなこというなよ!
しかし、その私の気持ちも杞憂に終わるかのようにドライブは快調。
無事に近鉄東寺駅についた。
しかし、少し寿命が縮まったど。けどありがとなのだ。


28日 あわてたチベイベ(大陳謝)
 今日は仕事が忙しい。
けどやらねばならないことがある。それは池さんに別宅の鍵を返すこと、ルンタ・プロジ
ェクトのイベントに参加すること、そして銭湯に行くこと。
全てを片付けるには本当は最後まで居てたいちべイベを途中で抜け出さなくてはならない
が、へちゃにも行かねばならないし、京都に行かねばならないので涙を飲んで決意した。
 けど、ちべイベが19時に開始というのはちょっとツライ。
しかし、京阪特急の丹波橋停車がここに来て威力を発揮するとは思わなかった。
この時間帯はJR新快速は確実に満員御礼のまま揺らされ続けなければならないし、地下
鉄も混雑だ、それに比べて京阪は混んではいるが座れるし、丹波橋の乗り換えも便利で京
都行き急行の接続もよいときている。
おかげですこし遅れはしたが、間に合った。
 講演は、グチュスムの会の亡命チベット僧イシェ・トグデンさんの話が中心で、すごく
話の中に入り込め、いい講演会だった。
一時間ほどして休憩になったが、その時にバター茶が振る舞われた。
これはとっても美味しかった。
が、もう出なければへちゃに間に合わないので、ひっそりと挨拶をして出る。
けど、トグデンさんへの質問(チベットで現在人民による森林破壊があると言っていたが、
私のチベット像では湖と高山と一面の草原というイメージがあるので驚いた。一体どんな
木が生えているのか教えて欲しい)とか、ヤク・バターをばぱーるさんからいただくのを
すっかり忘れてしまったのが非常に残念だった。
 しかしそんなことは言ってられない、急ぎ17系統バスに乗ってへちゃへ向かう。
へちゃには9時過ぎに到着。ちょうど池さんがいたので鍵をお返しし、15分ほどしゃべ
った後に慌てて去っていった。
すいません、へちゃさん。何も喰わず飲まずに出ていって。(陳謝)
 しかし、なんとか天満橋の『大手湯』には間に合い、タイムスリップしたかのような古
き良き銭湯を存分に堪能できた。

けど、本当にごめんなさい。るんたさまにばぱーるさま。

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