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地獄

新東宝 1960年 100分
製作 大蔵貢
監督 中川信夫
脚本 中川信夫
   宮川一郎
出演 天地茂
   沼田曜一
   三ツ矢歌子
   嵐寛寿郎


 

 これほど変な映画は他にない。なにしろ登場人物全員が映画半ばで死んでしまうのである。初めて観た時、あまりのことに我が眼を疑った。

 大学生の清水四郎(天地茂)は恩師矢島教授の一人娘、ユキコ(三ツ矢歌子)と婚約していた。しかし、彼の心中は穏やかではない。同級の田村(沼田曜一)が酔っぱらいを轢き殺した時に助手席にいたのである。
「どうせ相手はヤクザ者さ。気にすることはない」
 田村は云うが、四郎は良心の呵責に耐え切れない。ユキコと共に警察に出頭する決意をする。ところが、警察へと向かうタクシーが電柱に激突。運転手は疎か、ユキコまでが死んでしまう。
「ユキコを帰してえッ」
 ユキコの婚礼衣装を前にして発狂する矢島夫人。失意のどん底の四郎のもとに「ハハキトク」の電報が届く.....。
 以上、ここまでが約20分。四郎の悲惨はまだまだ続く。

 と、まあ、こんな調子で因果な人々が次々に登場し、そして次々に死んでいく。主人公四郎を襲う悲惨の度合いも半端でなく、ユキコとそっくりのサチコ(三ツ矢歌子の二役)なる女性と出会い、恋に落ちれば実の妹だったりする。
 要するに、第一部では現世の地獄を、第二部ではあの世での地獄を描いているのである。


 第二部の悲惨もハンパではない。
 まず、閻魔大王(嵐寛寿郎)が刑を宣告。因果な人々はそれぞれの地獄へと落とされる。圧巻なのは、四郎の父剛造の皮剥ぎの刑(左写真)。特撮は稚拙だが、それを補って余りある大残酷だ。
 しかし、生理的な嫌悪感を惹起させるのは、こうした派手な特撮よりもむしろ、不快なモンタージュである。まず、剛造の泣き叫ぶ口のアップ。続いて、鬼が振り下ろす根棒。すると画面は、歯が折れた血みどろの口をアップで映し出すのだ。まるで保険衛生の教育映画を観ているような不快さで、中川信夫という監督はつくづくビョーキだと思う。

 製作は「日本のロジャー・コーマン」として近年再評価されつつある大蔵貢。弁士出身の興業師である彼が、倒産寸前だった新東宝の社長に就任したのは55年のこと。57年に『明治天皇と日露大戦争』を放ち6億3千万の大ヒットを記録。経営を立て直すも、映画産業全体の斜陽には勝てず、見世物小屋的発想のエログロ路線に転向。しかし、61年に敢えなく倒産。『地獄』は新東宝末期に咲いた仇花であったのだ。
 この映画の見世物小屋的エログロ世界は極めて「大蔵的」で、大蔵貢氏も本作にはノリノリだったのではないかと想像したが、さにあらず。以下のように酷評している。
「中川信夫は古株の監督で、社長まかして下さいと言うからその気でいると、ひどいものをつくる。『地獄』などがそれで、これもうんと怒っておいた」

 大蔵氏にうんと怒られた中川信夫監督については、あまりにも多くの絶賛が寄せられている名匠なので、私が書くまでもないだろう。ただ、晩年は「本編」が撮れない不遇時代が続いた。東京12チャンネルの伝説的エロ番組『プレイガール』などを監督していたが、ひし美ゆり子による回想録によれば、結構楽しんで撮っていたようだ。割切りのできる職業監督だったのだろう。

 とにかく、『地獄』は私の邦画ベスト1であることは間違いない。


 

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