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トーマス・ジョンソン
Thomas Johnson (イギリス)



 農夫のトーマス・ジョンソン(38)は、両親のソロモン(81)とスザンナ(79)と共にエセックス州フォードハムのコテージで暮らしていた。そんな彼が精神医療施設に収容されたのは1875年1月14日のことである。突然に暴れ出し、妄言を叫び始めたのである。2月2日には退院が認められるのだが、そんなに早く出しちゃっていいのかねえ?
 いいわけはなかった。トーマス・ジョンソンは完治したどころか、更に悪化していたのである。まったく「責任者出て来い!」と糾弾したくなるような事件である。

 トーマスは退院後、コルチェスターの友人宅でしばらく過ごし、帰宅したのは3月19日のことである。事件はその翌朝の日曜日、3月20日の午前7時に発生した。隣人のイライザ・ミルズ夫人はこんな罵声を耳にした。

「てめえ、この野郎! ぶっ殺すぞ!」

 すると、ジョンソン家から老齢のソロモン・ジョンソンが転がるように飛び出した。その背後にはシャベルを握るトーマスの姿があった。そして、彼はおもむろに近づくと、父親の頭をシャベルでバコンバコンバコンと繰り返し打ち据えたのである。
 大変だあ。ミルズ夫人は息子に命じた。

「パブに行って、誰か強そうな人に助けを求めて来ておくれ!」

 これに気づいたトーマスは、その足をミルズ夫人に向けた。夫人は慌てて自宅に入って鍵を掛けた。トーマスはしばらくはガチャガチャガチャと扉を開けようとしていたが、開かないと悟るや腹いせにガシャーンと窓ガラスを割り、村の中心部へと向かった。そして、間もなくパブにいた2人の屈強の若者に征圧されて、再び精神医療施設送りになったのである。
 ソロモンは既に死亡していた。そして、母親のスザンナも同様にシャベルで殴打されていて、2時間後には死亡した。

 トーマス・ジョンソンは法廷で裁かれることはなかった。そして、1911年10月にブロードムーアで死亡した。

(2012年10月22日/岸田裁月) 


参考資料

http://www.murder-uk.com/
http://www.camulos.com/fordham/murder.htm


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