ロンドン南西部の高級住宅地、チェルシーに暮らす画家のウィリアム・ヘッパー(62)は一筋縄では行かない男だった。BBCの翻訳者としての仕事もしていた彼は、アメリカのためにスペインで諜報活動をしていたとも云われている。カタギじゃないね。
そんなヘッパーの人生がガタガタガタガタと奈落の底に落ちたのは、娘の友達が美少女だったからだ。マーガレット・スペヴィック(11)。事故で足を折り、自宅療養していた彼女を、ヘッパーはブライトンにあるアトリエに招待した。
「どうせ暇でしょうから、私の絵のモデルになりませんか?」
マーガレットの母親は快諾し、娘をブライトンに送り出した。1954年2月3日のことである。
4日後の2月7日、マーガレットの母親が娘に会いにブライトンのアトリエに出向いた。ところが、呼び鈴をいくら押せども返事がない。はて、どうしたのだろうか? 管理人に頼んで中に入ると、ベッドの上には強姦された挙げ句に絞殺されたマーガレットの遺体があった。
ヘッパーは3日後の2月10日、スペインのイルンで逮捕された。
法廷において、彼は犯行への関与を一切否定した。
「あれは2月4日の晩のことです。喘息の発作を起こした私は、新鮮な空気を吸うために海辺を散歩していました。マーガレットは部屋で本を読んでいました。それ以来、彼女とは会っていません」
んなわけあるかい。じゃあ何でスペインに逃げたんだよ。彼の弁明を信じる者は一人もおらず、有罪になったヘッパーは同年8月11日に絞首刑により処刑された。
(2012年10月17日/岸田裁月)
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