リンダ・ハザード
リンダ・ハザードがワシントン州オララに断食療法のサナトリウム「ワイルダーネス・ハイツ」を開設したのは１９０８年のことである。また、彼女はこれに前後して『病気治療のための断食（Fasting for the Cure of Disease）』という著書を出版している。肩書きは「ドクター」になっているが、彼女に栄養学に関する知識があったかは甚だ疑問である。何故なら、彼女の医師免許はオステオパシー（整体術）のものだったからだ。
リンダ・ハザードは１８６７年、ミネソタ州カーヴァー郡で生まれた。１８歳の時に結婚し２児を儲けるが、１８９８年に家族を捨ててミネアポリスに移り住む。彼女がオステオパシーの医師免許を取得したのは、おそらくそれ以降である。
やがて彼女はサミュエル・ハザードと再婚する。かなりちゃらんぽらんな男だったようで、資料の中には「詐欺師」と断言するものもある。事実、リンダとの結婚は重婚だった。故に２年ほどの服役を余儀なくされて、出所後にリンダと共に開設したのが例のサナトリウムなのである。当初から詐欺目的であったことが窺える。
マーティン・ガードナーによる疑似科学に関する古典的名著『奇妙な論理』によれば、断食療法が流行したのは２０世紀初頭のことである。１９０８年にはヒアワード・キャリントンの著書『Vitality, Fasting, and Nutrition』が、１９１１年にはアプトン・シンクレアの『The Fasting Cure』がベストセラーになっている。ハザード夫妻はこの流行に乗じたのだろう。
オカルティストだったキャリントンはともかく、シンクレアは当時はマトモな著述家と看做されていた。そんな人が「断食療法によれば結核や癌さえも完治する」と公言したのである。多くの人々が騙されたのは無理もない。
断食療法のサナトリウムを経営する上での利点は、とにかく経費がかからないことだ。食事はトマトとアスパラガスを煮込んだスープのみ。薬の投与は一切なし。なんとも安上がりである。それでも週に１００ドル以上の入院費をふんだくっていたというのだから暴利も暴利。やがて患者は痩せ細り、ガリガリになって死んで行ったのである。その数は実に４０人以上にも及ぶと見られている。死亡診断書を書くのは「医師」たる院長だったので、しばらくは誰も疑わなかったのだ。
