アイリーン・マンロー(17)は聡明で魅力的な女性だった。ロンドンで速記のタイピストをしていた彼女は、夏休みに単身でイングランド南部の海水浴場、イーストボーンに出掛けた。1920年8月半ばのことである。
8月19日の午後、アイリーンは2人の男と浜辺を仲良く歩く姿が目撃されている。それ以降、彼女は行方知れずとなった。翌朝、心配した民宿のおかみが警察に届け出たのだが、その時には既に彼女の遺体は地元の少年により発見されていた。顔面を煉瓦で殴られて殺害されていたのである。強姦はされていなかったが、所持金が奪われていた。
5日後の8月24日に容疑者が逮捕された。
ウィリアム・グレイ(28)とジャック・フィールド(20)。共に元軍人で、現在は無職のプー太郎だ。彼らはいつも連んで遊び歩いていた。そして、8月19日に目撃された「2人の男」と風貌が完全に一致していた。
法廷において、彼らは無罪を主張した。弁護人のエドワード・マーシャル・ホール卿曰く、
「マンロー嬢のような聡明で教養のある女性が、被告人のような遊び人を信用して、おいそれと付いて行くものでしょうか?」
つまり、被告人を貶めることで無罪の心象を得ようとしたのだが、この作戦は奏功しなかった。やがてグレイが拘置所仲間にアリバイ作りを依頼していることが発覚すると、心象は益々悪くなって行った。
かくして、グレイとフィールドの両名は有罪となり、1921年2月4日に絞首刑により処刑された。
ところで、不明なのはその動機であるが、おそらく性行為を拒絶されて、その腹いせで犯行に及んでしまったのだろう。目撃情報からして、当初から強盗目的だったとは考えられない。
また、弁護人が指摘した通り、どうして彼女は見ず知らずの男たちに付いて行ってしまったのか? 思うに、都会暮らしの彼女はかなり開放的な性格だったのだろう。故につい無防備になってしまったのだ。
(2012年10月10日/岸田裁月)
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