1912年6月10日未明、アイオワ州南西部の町、ヴィリスカで一家6人と2人のゲストが惨殺される事件が発生した。
ジョサイア・B・ムーア(43)
サラ・ムーア(39)
ハーマン・ムーア(11)
キャサリン・ムーア(10)
ボイド・ムーア(7)
ポール・ムーア(5)
レナ・スティリンガー(10)
イナ・スティリンガー(8)
前日の6月9日は日曜日で、しかも子供の日だった。一家が通う長老派教会では子供の日を祝う特別な夕べが執り行われていた。終わったのは午後9時半のことだ。ムーア夫妻は4人の子供とキャサリンの友達、スティリンガー姉妹を伴って帰宅した。
翌朝の午前7時30分頃、庭で洗濯物を干していた隣人のメアリー・ペッカム夫人は不審に思った、子沢山でいつも朝から騒々しいムーア家がやけに静かなのだ。物音一つしない。窓から中を覗けどもキッチンには誰もいない。彼女は玄関のドアを叩いて声を掛けた。
「奥さ〜ん、いらっしゃる〜」
返事はなかった。ドアには鍵が掛かっている。その後もしばらく叩き続けたが、遂に返事はなかった。
「おかしいわ。何かあったんじゃないかしら」
ペッカム夫人はジョサイア・ムーアの弟で、薬局を経営しているロス・ムーアに電話を掛けた。
「お兄さんちの様子がおかしいの。至急来てくれないかしら」
30分後、ロスが現場に現れた。
「兄さ〜ん、中にいるのか〜い」
やはり返事はなかった。幸いなことに彼は合鍵を持っていた。鍵を開けて中に入るが、屋内は静まり返っていた。人の気配が感じられない。嫌な予感がした。その予感は数十秒後に的中した。1階のゲストルームに足を踏み入れるや否や、ベッドの上が血の海という惨状に出くわしたのである。
「大変だ! 保安官を呼んでくれ! 誰かが殺されてる!」
ゲストルームで殺されていたのはスティリンガー姉妹だった。ムーア家の6人も2階のベッドルームで殺害されていた。いずれも就寝中に斧で頭を叩き割られている。如何にも凶悪な犯行である。
凶器の斧はムーア家の裏庭にあったもので、ゲストルームの壁に立てかけられていた。奇妙なことに、その脇にはベーコンの塊が添えられていた。これは何を意味するのか? 犯人からのメッセージだろうか?
また、犯人は洋服ダンスを漁り、手頃な衣類で屋内にある全ての鏡を覆い隠していた。何やら儀式めいたものが感じられる。
この事件が未解決に終わったのは、初動捜査にミスがあったからだと云われている。保安官が現場を封鎖しなかったために、何十人という野次馬が足を踏み入れて、証拠を散逸させてしまったのだ。犯人の足跡は疎か、指紋も特定することが出来なかったのである。野次馬連中が凶器の斧を触らなければ、事件はスピード解決していたかも知れない。
容疑者はいることはいるが、いずれも決定打に欠ける。
まず、町民が真っ先に疑ったのは、町の実力者にしてアイオワ州選出の上院議員、フランク・F・ジョーンズだった。ジョサイア・ムーアはかつては彼の優秀なビジネス・マネージャーだったのだが、4年前に独立した折りに顧客を根こそぎ奪っていたのだ。ジョーンズは相当怨んでいたという。ムーアが経営していた工具チェーン店の乗っ取りを画策していたという噂もある。しかし、それだけの動機で幼子を含めた一家皆殺しに打って出るだろうか? 甚だ疑問である。
この疑問の解答として、ジョーンズが血に飢えた殺人鬼を刺客として雇ってしまったのではないかとの説もある。つまり、ジョーンズの目的はあくまでもジョサイア・ムーアのみの殺害であったのだが、雇われた刺客が勢い余って一家を皆殺しにしてしまったのではないかというのだ。その刺客の具体的な名前も2人ほど挙っているが、ここでは書かないでおこう。いずれもアリバイが成立しているのだ。
他にももう一人疑われている人物がいる。巡回牧師のジョージ・ケリーである。彼とその妻は6月9日の長老派教会の子供の日の催しに参加し、その翌日の早朝にヴィリスカから逃げるように出立している。そのことをもって疑われたのだが、これはいくらなんでも濡れ衣だ。当初からそのようなスケジュールだったかも知れないではないか。
結局、本件は未解決のままである。そして、犯行があった家は今日もなお保存され、幽霊屋敷として観光名所になっている。いろいろと心霊現象が起きているそうだ。私は幽霊の存在を信じないが、これだけ悲惨なことが起きた場所である。何かがあってもおかしくはない。そう思う。
(2011年6月23日/岸田裁月)
|