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リーザ・ジェーン・ターナー
Lisa Jane Turner (ニュージーランド)


 

 1980年1月11日、クライストチャーチでの出来事である。生後11週間のメーガン・ターナーが、母親とその知人により救急病棟に運び込まれた。ところが、残念なことに、彼女は既に死亡していた。特に重い疾患があるとは思えない。結局、死因を特定することは出来ずに「乳幼児突然死症候群」として片付けられた。

 母親のリーザ・ジェーン・ターナーは、1982年1月31日に2人目の子を授かった。チェニー・ルイーズと名付けられたその子の生涯も短かった。7週間後の3月15日にベビーベッドの中で死亡していたのだ。発見したのは訪問中の知人だった。
「ちょっと! この子、口から血を吐いてるわよ!」
 このたびも死因を特定することが出来ずに「乳幼児突然死症候群」として片付けられた。

「なんだか何処かで聞いたことのある話だなあ、おい」と思われた方も多いかと思う。そう。このケース、当館で既に紹介済みのメアリベス・ティニングの事件にそっくりなのだ。しかし、ティニングの場合はその後も子供を産み続けた(養子までもらった)のに対して、ターナーはそうはしなかった。あろうことか、他人の子供に手を出したである。故にティニングよりもタチが悪い。

 それは1982年10月のことだった。パッカー夫人は生後4ケ月のキャサリンをターナーに預けて買い物に出掛けた。ところが、帰ってみると、娘は鼻から血を出していた。慌てて救急病棟に運んだが、特に疾患は見つからなかった。
 翌1983年4月に、再び同じ状況で鼻血を出した。このたびは念のために入院措置が取られた。母親はターナーを伴って病室を訪れた。すると娘はターナーを一目見るなり烈火の如く泣き叫ぶではないか!
 あ。こいつが原因だ。
 パッカー夫人は瞬時に悟ったが、この件は誰にも報告されなかったために更なる犠牲者を出してしまった。

 生後5週間のカトリーナ・ホールも同じ状況で嘔吐していた。病院側はやはり、その原因を説明できなかった。

 生後8ケ月のマイケル・ティニオンの場合は運がなかった。1984年5月28日にターナーに預けられた彼は、鼻と口から出血した状態で死亡していたのだ。このたびは病院側は死因を特定することが出来た。
「窒息死です。これは間違いなく殺人です」

 かくして逮捕されたターナーは、3件の殺人と2件の殺人未遂の容疑で有罪となり、終身刑を宣告された。
 ちなみに、彼女は代理ミュンヒハウゼン症候群と認定されたようである。だとすれば、メアリベス・ティニングの場合もそうだったのだろうなあ。

(2009年11月29日/岸田裁月) 


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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