1912年2月27日、スペイン北東部の都市バルセロナにおいて一人の女が逮捕された。彼女の名はエンリケタ・マルティ(44)。その容疑は児童誘拐、売春斡旋、おまけに殺人。つまり、こういうこと。彼女は過去20年にも渡って、子供を誘拐しては売春を強要し、もう使い物にならないと悟るや処分していたのである。
それだけではない。彼女は副業として魔女のようなこともやっていた。処分した子供たちの遺体をバラバラにすると、その血や臓物、骨や脂肪を煮込んで媚薬を作り、顧客に販売していたのである。骨までしゃぶり尽くすとはまさにこのことだ。
エンリケタのアパートに踏み込んだ警察は唖然とした。そりゃそうだろう。なにしろ部屋一つがまるごと屠殺場だったのだから。棚に並ぶ骨。脂身が入ったガラス瓶。ビーカーには乾いた血が詰まっている。本棚には胡散臭い魔術書と彼女の手書きのノートブック。そこには様々な薬のレシピが書かれていた。彼女は結核や梅毒にも効く万病薬のようなものも販売していたという。
エンリケタの顧客は云うまでもなくペドフィリアで、それもかなりの富裕層だった。顧客の要望に応えて誘拐し(少年を含む)、高額で提供していたのである。
実は3年前の1909年、エンリケタは売春容疑で逮捕されている。起訴されなかったのは、町の有力者が裏から手を回したかららしい。彼女にいなくなられては性欲が満たされないので困るのだろう。
結局、エンリケタには審判が下されることはなかった。逮捕から1年3ケ月後に拘置所の中で何者かに殺されてしまったのだ。裁判では証拠がある12件でのみ裁かれる予定だった。しかし、20年という犯行期間を考慮すれば、実際には被害者は何十人にも及ぶと見られている。
(2010年12月11日/岸田裁月) |