ハリソン・グレアム(28)はフィラデルフィアの黒人ゲットーではよく知られた男だった。些かオツムの鈍いシャブ中で、いわば「長屋の与太郎」のような存在だ。子供たちの人気者でもあったという。
そんなグレアムが大家の甥っ子と揉めごとを起したのは1987年8月のことだ。売り言葉に買い言葉。
「お前なんざ出て行け!」
「ああっ、出てってやるさ!」
出て行く際にグレアムは、自室のドアに板を釘で打ちつけた。入れないようにするためだ。
「私物を始末されちゃかなわん。後で取りに来るからな」
数日後、グレアムの部屋から悪臭が漂い始めた。その臭いたるや尋常じゃない。8月9日に遂に警察が呼ばれて、ドアを蹴破り立ち入ったところ、女の腐乱死体に出くわして「うひゃあ」となった次第である。
遺体は1つではなかった。戸棚からも天井裏からも、合計で7体も発見された。いやはや、派手に殺りやがったなあ。
いずれもかなり腐敗が進行しており、死因の判定は困難を極めた。しかし、最新の遺体が絞殺されたものであることが判明し、ハリソン・グレアムは殺人容疑で指名手配された。
1週間後の8月16日、グレアムは自ら警察署に出頭した。そして、
「実は、あの部屋に引っ越して来た時に、もう死体はあったんですよ」
こんな馬鹿な釈明をする。「長屋の与太郎」たる由縁である。間もなく自分でも馬鹿だと気づき、
「申し訳ありません。去年の冬頃から始めました」
シャブがあるよと女を誘い、性行為の後に絞め殺していたのだ。
グレアムは裁判において精神異常による無罪を主張したが、馬鹿だけど異常というほどではないことが認定されて、1件については終身刑、6件については死刑が宣告された。但し、死刑が執行される前には、まず刑期を終えなければならないとされたので、事実上は終身刑に減刑されたことになる。
(2009年12月1日/岸田裁月) |