1991年8月17日、シドニーのショッピング・モール、ストラスフィールド・プラザ内の喫茶店「コーヒー・ポット」。ズックの軍用バッグを肩から下げた男が来店したのは午後1時頃のことだった。男はコーヒーを何杯もお代わりした。誰かを待っているのだろうか? 否。おそらく獲物を物色していたのだろう。
2時間半が経過した。男の隣の席ではロバータ・アームストロング(15)が同級生のキャサリン・ファイルと話に花を咲かせていた。やがてキャサリンは隣の男がこちらを凝視していることに気づいた。彼女はそのことを小声でロバータに伝えた。
「後ろを向いちゃダメよ。隣の男がこっちを見ているわ」
すると男は突然、袋からナイフを取り出し、ロバータの背中に突き刺した。キャサリンが悲鳴を上げると、男は大声で笑った。そして、ナイフを繰り返しロバータに振り下ろした…。
いったい何が起こっているのか、客は理解しかねていた。大量殺人が行われようとしていることに気づいたのは、男がナイフをロバータに突き立てたままにしてSKSカービンを取り出し、客に向かって乱射し始めた時だった。
ジョイス・ニクソン(61)
パトリシア・ロウ(37・ジョイスの娘)
キャロル・デッキンソン
レイチェル・ミルバーン(キャロルの姪)
ジョージ・メイヴィス(店のオーナー)
ひとしきり撃ち終えた男は、店の外でも乱射を始めた。ショッピング・モールは戦場さながらだ。
ロバートソン・カン・ホック・ジュン(53)
それは10分間の出来事だった。死者7人、負傷者6人の大惨事だ。
やがてパトカーのサイレンが聞こえた。男は駐車場に逃げ延びると、キャサリン・ノイエスの車に乗り込み、ライフルを突きつけて発進を命じた。ところが、既にパトカーが行く手を阻んでいた。一巻の終わりを悟った男は「本当に済まなかった」と彼女に詫びを入れて、車外で跪き、銃口を顎の下に当てて引き金を引いた。脳漿が辺りに飛び散り、男はその場に崩れ落ちた。
男の名はウェイド・フランカム。33歳のフリーターだった。
彼の所持品から手垢にまみれたブレット・イーストン・エリスの小説『アメリカン・サイコ』が見つかったことから、同書を巡る論争が持ち上がった。つまり、この小説の影響で狼藉に及んだのではないかというのだ。しかし、事件を調査した心理学者はこのような結論を下した。
「たしかに『アメリカン・サイコ』が引き金になったかも知れない。しかし、事件の根底には孤独と性的な不満があることを看過してはならない。この男は『アメリカン・サイコ』を読まなくても、いずれ事件を引き起こしていたことだろう」
また、彼はフェミニズムの代表的な著作『The Female Eunuch』も所持していたことから、反フェミニズムだった可能性が指摘されている。犠牲者の多くが女性だったこともそのことを裏づけている。
(2009年3月25日/岸田裁月) |