「『野生のエルザ』の作者がライオンに襲われた」との第一報はかなり衝撃的に受け止められた。まさに「飼い犬に手を噛まれた」状態の、余りにも皮肉な結末である。ところが、後にそれが誤報であることを知る。実は彼女はライオンにではなく強盗に襲われたのである。
1980年1月3日、映画化もされた『野生のエルザ』の著者として世界的に知られる自然科学者、ジョイ・アダムソン(69)の遺体がナイロビの北270kmほどの動物保護指定地区で発見された。彼女はこの地区に1年半ほど滞在し、ヒョウの生態を研究していた。夕方にはキャンプに戻り、BBCの海外放送を見るのが日課だったという。
ところが、その日は午後7時30分になっても帰って来なかった。心配した助手のピーター・モーソンがコックと共に周辺を探し回り、間もなくキャンプから100mほどの道路脇で女史の遺体を発見した次第である。その腕と肩には爪痕のようなものが確認されたことから「ライオンに襲われた」と報道されてしまったわけだ。
モーソンは直ちに遺体を近隣の村まで運び、地元警察に事件を報告した。そして、検視解剖の結果、女史はライオンに襲われたのでは非ず、暴漢の仕業であることが判明したのである。その頃にはキャンプが泥棒に荒らされていることも判明していた。つまり、すべては強盗の仕業だったのだ。
警察は間もなく3人の容疑者を逮捕した。いずれもかつてアダムソン女史のもとで働いた経歴がある者だった。そして、最終的に18歳の牧童、ポール・ナクワレ・エカイが殺人の容疑で起訴されたのである。
争点は彼が犯行の時点で18歳であるか否かだった。それ以下ならば絞首刑には出来ないからだ。結局、この点は明らかにならないまま裁判は結審し、エカイには終身刑が宣告された。
なお、女史の夫であるジョージ・アダムソンも、9年後の1989年8月20日に密猟者により射殺されている。『野生のエルザ』の主人公2人が共に非業の死を遂げていることに、アフリカという土地が抱える問題が窺える。
(2009年5月2日/岸田裁月) |