フロリダ州マイアミ在住のカール・ブラウン(51)は、かつては優秀な歴史教師だった。ところが、先妻に先立たれた辺りから次第に壊れ始め、後妻と離婚したところでコンプリート壊れた。ちなみに、離婚理由は彼が「精神科医の診察を受けることを拒否したから」だった。
壊れてしまったわけだから、学校では頻繁に問題を起こした。授業もせずにプライベートな事柄をダラダラとしゃべることがしばしばだった。呆れ果てた生徒たちはやがて彼の授業をボイコットした。すると今度はガミガミと始めるのだから始末が悪い。学校側も彼の問題に気づいていた。そして、彼に休職を命じたのが、1982年5月5日のことだった。
3ケ月半後の1982年8月19日、ブラウンは「ボブ・ムーアズ・ウェルディング&マシーン・サービス」の従業員を怒鳴りつけていた。理由は以下の2つ。
「芝刈り機の修理代が20ドルとは高すぎるから」
「トラベラーズ・チェックでの支払いを断られたから」
壊れちゃっている人だから、その剣幕たるや凄まじい。そして、ひとしきり騒いだ後に、このように吐き捨てて店を出た。
「また来るぞ! お前ら全員殺してやるからな!」
これが本心から出た言葉とは誰も思わなかったことだろう。
翌日の1982年8月20日、ブラウンは銃器店に出向いて2挺のショットガンを購入した。そして、帰宅後に10歳の息子に云ったとさ。
「これから大勢殺して来る。お前も一緒に行かないか?」
息子によれば、彼の最終目的地はかつての勤務先だったという。
午前11時頃、ブラウンはおんぼろバイクで「ボブ・ムーアズ」に乗りつけた。ショットガンを肩から下げ、パナマハットを被っていたという。そして、裏口から店に侵入し、以下の者を射殺した。
アーネスティン・ムーア(67・店主の母親)
マグナム・ムーア(78・店主の叔父)
カール・リー(47・支配人)
マーサ・スティールマン(29・秘書)
ペドロ・ヴァスケス(44・工場長)
ロニー・ジェフリーズ(53・クレーン・オペレーター)
フアン・トレスパラシオス(38・機械工)
ネルソン・バリオス(46・溶接工)
他にも3人の従業員が負傷した。彼らは慌てて外に逃げ出し、店のそばを通りかかった車に助けを求めると、近くのガソリンスタンドに向かい、そこで警察に通報した。しかし、ブラウンを始末したのは警察ではなかった。
「ボブ・ムーアズ」の向かいでスクラップ工場を経営していたマーク・クラムは、銃声を聞きつけて何事ぞと顔を出した。そこに友人のアーネスト・ハメットが現れた。
「大変だ! ボブの店が襲われた! 何人も殺された!」
と、その刹那、涼しげな顔のブラウンがボブの店から現れて、ショットガンを肩に下げると、おんぼろバイクに跨がって走り去ったではないか。
「あんちくしょう。今に見ておれ!」
日頃からトム・セレック似を自負しているクラムは、セレック主演のテレビドラマ『私立探偵マグナム』の大ファンだった。そして今、セレックが彼に乗り移った。拳銃を手にすると、ハメットと共に車に飛び乗り、犯人逮捕に乗り出したのである。
ブラウンのバイクはおんぼろなのでスピードが出ない。故に6ブロックほど先で追いつかれた。クラムは叫んだ。
「止まれ!」
そして、威嚇するつもりで拳銃を発砲した。ところが、銃弾はブラウンの背中に命中してしまった。バイクはその場で横転し、ブラウンはクラムの車に轢き殺された。
(2011年1月24日/岸田裁月) |