1984年6月29日金曜日、テキサス州ダラスの「イアニズ・クラブ」において、マーセル・フォード(32)はアラブ系の中年男と踊っていた。当初は楽しげに見えたのだが、男が何か無礼なことを口にしたのだろうか。彼女は突然、男を突き飛ばして睨みつけた。男は特に怒るでもなく、彼女に投げキッスをして、その場から立ち去った。
どこの酒場でも見られる、ごく普通の光景である。男はおそらく「やらせろよ」とか何とか云ったのだろう。失礼しちゃうわ、プンスカプン。本来ならばこれで終いな筈である。ところが、このたびはそうではなかった。
数分後、男は9mm自動拳銃を携えて現れ、マーセルに向けて弾倉が空になるまで撃ち続けたのである。客たちには何が起こっているのか、さっぱり判らなかった。余りにも唐突だったからだ。ようやく殺人が行われていることに気づいたのは、男が立ち去った後だった。
えらいこっちゃ!
警察、警察!
誰か通報しろ!
ところが、男の凶行はまだ終わっていなかった。外に停めてある車で弾を補填すると、取って返して今度は客たちに目掛けて発砲したのである。結果、6人が被弾し、以下の5人が死亡した。
フランク・パーカー
ジョセフ・ミナシ
ジャニス・スミス
リンダ・ロウ
リジア・コズロスキ
現場に急行した警察は目撃証言から犯人を特定した。アブデルクリム・ベラクヘブ(39)。モロッコ生まれのイスラム教徒だ。その車は自宅前に乗り捨てられていた。間もなく警察にベラクヘブからの電話が入った。
「今、友人宅にいる。抵抗するつもりはない」
かくして逮捕されたベラクヘブは、どうして逃げたのかと問われると、こう答えたという。
「今日はラマダンの最終日なんだ。だから、終わるのを待って通報した」
やれやれ。そんな大事な日に人殺しですか。とんだ同胞の面汚しですな。終身刑では軽過ぎると思うのは、私だけではない筈だ。
(2010年1月31日/岸田裁月) |