ハリー・ソー |
イヴリン・ネズビット |
本件には極めて個性的な3人の人物が登場する。彼らに共通するのは「過剰な欲」。人は欲ゆえに争い、欲ゆえに殺し合う。そのことをまざまざと浮き彫りにする。有り余る欲は人を破滅へと導く。御用心御用心。 |
スタンフォード・ホワイト イヴリンのポートレート |
スタンフォード・ホワイトは極めて高名な建築家だった。マジソン・スクエア・ガーデン、ワシントン・スクエア・アーチ、センチュリー・クラブ等、彼が手掛けた建築物は枚挙に遑がない。 |
ハリー・ソー |
というわけで、最後に本件の主人公、ハリー・ソーが登場する。彼は完全に狂っていた。そのギョロリと見開かれた眼からは内なる狂気が迸っている。どの写真もこんな眼なのが恐ろしい。 そんな彼のもう一つの趣味は、女に鞭打つことだった。1902年7月にはエセル・トーマスという女性から、このような訴状を提出されている。 |
ホワイトの設計による マジソン・スクエア・ガーデン(当時) |
それは1906年6月25日のことである。マジソン・スクエア・ガーデンの屋上劇場では『マドモワゼル・シャンパーニュ』というミュージカルが初日を迎えていた。前評判は上々で、客席にはニューヨーク社交界の名士たちがずらりと顔を並べていた。その中にはもちろんスタンフォード・ホワイトも。しかし、彼の目的は観劇ではない。いつものように、舞台がはねた後のコーラスガールとの逢い引きを楽しみにしていたのだ。 |
ソーが被告席で描いていた妻の似顔絵 |
この事件は合衆国市民に多大な衝撃を齎した。ニューヨークという洗練された大都会の真ん中で、衆人監視の中でこのような血なまぐさい事件が起きたことはこれまでに一度もなかったのだ。しかも下手人は大富豪である。J・R・ナッシュは『運命の殺人者たち』の中で、富裕階級全体に対する大衆的幻滅が生じたことを指摘している。 |
1926年に再会したハリーとイヴリン |
ハリーが精神病院に収容されると、母メアリー率いる大弁護団はグルリと方向転換する。今度は息子の「正気」の立証を始めたのである。馬鹿な息子ほど可愛いというが、いい加減にしたらどうだいお母さま。彼女は既に息子のために100万ドル以上も散財していたが、1000万ドルでも投げ出す勢いだった。 (2007年2月14日/岸田裁月) |
参考文献 |
『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社) |