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リチャード・ロブレス
Richard Robles
a.k.a. The Career Girls Murders (アメリカ)



ジャニス・ワイリーとエミリー・ホファート


ジョージ・ホイットモア


リチャード・ロブレス

 1963年8月28日、キング牧師はワシントン大行進においてこのように演説した。
「私は夢見ている。いつしかジョージアのレッドヒルで、奴隷の息子たちと奴隷所有者の息子たちが仲良く同じテーブルにつくことを」
 歴史に残る有名な演説である。一方、その日のニューヨーク88番街では全米を揺るがす凄惨な殺人事件が起きていた。2人の若い女性が惨殺されたのである。
 ジャニス・ワイリー(21)は全裸で、はらわたを引きずり出されていた。一方、エミリー・ホファート(23)は衣類を身につけていたが、めった刺しであることは変わりない。2人の刺し傷は合計で63にも及んでいた。ジャニスは心臓を7回も刺され、しかもナイフは突き刺さったままだった。
 被害者の2人とパトリシア・トルズは3人で1つのフロアを借りていた。午後6時40分に帰宅したパトリシアが異変に気づき、通報したというわけなのだ。3人はそれぞれ仕事を持つ女性だったことから、マスコミは事件を「キャリア・ガール殺人(The Career Girls Murders)」と命名した。

 捜査は一向に進展しなかった。
 8ケ月が過ぎた1964年4月14日、ブルックリンのチェスター通りでミニー・エドモンズ(46)の遺体が発見された。ナイフでめった刺しにされていたが、当初はこの事件と「キャリア・ガール」の件を結びつけて考える者はいなかった。ところが、9日後の4月23日に起きたエルバ・ボレロ(20)強姦未遂事件の容疑者として黒人青年ジョージ・ホイットモア(19)が逮捕されると、一連の事件はすべて彼の仕業とされてしまった。彼がたまたま持っていた写真の女性がジャニス・ワイリーに「似ていた」ために、容疑を押っつけられてしまったのである。

 ホイットモアがすべてを自供したことが報道されて、一件落着したかに思われたが、やがて良からぬ噂が立つ。曰く「実は他にも有力容疑者がいるにも拘らず、警察は揉み消そうとしている」。その「有力容疑者」とは本項の主人公、リチャード・ロブレス(22)に他ならない。

 ロブレスを警察に売ったのは麻薬密売人のネイサン・デラニーである。逮捕された彼は取引に出た。
「キャリア・ガールを殺ったのはあの黒人じゃない。俺は知ってるぜ」
 名前を教える代わりに大目に見てくれというわけだ。当初は眉唾だった警察も、真犯人は麻薬常習者だと聞かされて、腑に落ちる点があった。犯行があまりに凄惨なので、キチガイかジャンキーの仕業だろうと当初は思われていたのだ。そして、ホイットモアはキチガイでもなければジャンキーでもなかった。ただのケチなチンピラである。
「殺ったのはリチャード・ロブレスだ。俺たちはリッキーって呼んでる。あいつは事件があった日にヤクを買いに来たんだ。女を2人殺っちまったって云いながらね。興奮してたよ。シャツは血で染まっていた。こっちは商売だから、それ以上は何も聞かなかったけどね」

 さて、話は長くなるので結論だけを云えば、ホイットモアはエルバ・ボレロの件でのみ裁かれて、強姦未遂で有罪となり、5年から10年の刑を服するに留まった。彼に対する自白強要は社会問題にまで発展し、いわゆる「ミランダ警告」の確立に影響を及ぼした。黙秘権を告知せずに得た供述は証拠として認められない旨の最高裁判決である。そして、このミランダ判決ゆえにホイットモアはミニー・エドモンズ殺しについては不起訴となったのである。

 一方、ロブレスについては自白の正当性、信憑性が認められて、キャリア・ガール殺しで有罪となり、終身刑を云い渡された。当初は前言を翻し、犯行を否定していたロブレスだったが、後に認めるに至った。その供述が生々しいので引用しよう。

「俺は窓から侵入した。部屋の中にはワイリーさんがいた。彼女はベッドで寝ていた。俺はその手首を縛り上げた。彼女は裸だった。俺は犯りたくなった。彼女は叫んだ。お願い! やめて! 俺はそばにあったボトルで殴って気絶させて、彼女を犯した。
 その時、玄関の方で音がした。ホファートさんが帰って来たんだ。俺は彼女も縛り上げた。すると彼女は云った。警察に云うわよ! あんたなんか刑務所行きよ! 俺は思った。殺らなきゃダメだ…殺らなきゃ…。俺は我を失った。気がついたら鏡を見ていた。鏡の中には血みどろの俺の顔があった。まるで亡霊のようだ。まるで亡霊のような気持ちだ。あの時の気持ちをなんて表現したらいいのか判らない。とにかく…俺のしたことを考えると…なんて云ったらいいのか判らない」

 彼が奪った金は、たったの30ドルだった。

(2008年10月23日/岸田裁月) 


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)


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