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エリック・グレアム
Eric Graham (ニュージーランド)


 或る日突然、理由もなく怒り出す人が世の中にはいる。怒られている自分はどうして怒られているのか判らない。後で知人に訊いてみると、その原因らしきことが判明する。しかし、私が怒られるべき筋合いはない。「あの人、頭がおかしくなったのだな」と結論づけざるを得ない。このエリック・グレアムのケースがその典型例だ。

 エリックの怒りの根本は、飼育している乳牛のお乳が出なくなったことだった。こんなに愛情を込めて育てているのにいったい何が悪いんだ? やがて酪農経営は破綻。以来、エリックは己れの失敗を隣人たちのせいにするようになる。

 最初の衝突は1941年10月7日のことだった。ライフルを構えたエリックが2人の隣人を威嚇したのだ。この時は直ちに近所の者が仲裁に入り、警察も呼ばれたので、どうにか事なきを得た。しかし、エリックの怒りは収まらなかった。
「あの野郎ども、警察を呼びやがった。ちくしょう。眼に物を見せてくれる」

 翌日、1人の巡査がエリックの家を訪れて、昨日の件を厳重注意した。
「ちっ、また来やがった!」
 エリックの怒りは爆発した。ライフルを構えると「死にてえのか」と威嚇した。このたびはエリックは本気だった。助けの求めに応じて2名の巡査が本署から駆けつけると、躊躇することなく発砲。3名の巡査を殺害した。

「まあ、あなた、なんてことするの!」
 エリックの妻が家から走り出て、倒れた巡査を介抱する。すると、野次馬の1人が勇敢にも、
「よおし、おいらが説得してやろう」
「うるせえ! てめえの出番じゃねえ!」
 ズドンと撃たれてこの者も絶命。エリックは弾丸をポケットいっぱいに詰め込むと、裏山へと逃げ込んだ。

 銃で武装したキチガイが逃亡したのである。近隣住民は震え上がった。直ちに州兵が動員されたが、土地勘のあるエリックの方が有利である。激しい銃撃戦の末、2名の州兵が命を落とした。

 2度の手傷を負いながらも追跡をかわしていたエリックがようやく仕留められたのは10月15日になってからだった。廃屋に隠れていた彼を発見した警官は、警告することなく射殺。己れの身を守るためでもあったのだろうが、おそらく同僚の仇を討つ気持ちの方が大きかったのではないだろうか。

 かくして、6名もの罪なき人々を殺害し、8日にも渡ってニュージーランド中を騒がせたエリック・グレアムの事件は終結した。しかし、彼の見当違いな憎悪は、今なお気味の悪い余韻を残し続けている。

(2007年11月28日/岸田裁月) 


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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