1968年7月23日、21歳の教師ノーマ・ヴァヤンクールの絞殺体が、モントリオールの彼女のアパートで発見された。全裸で、乳房にはいくつもの歯形が残されていた。しかし、抵抗した様子はなく、死に顔は穏やかで、薄らと笑みさえ浮かべていたという。
捜査が進展せぬまま1年ほどが過ぎた頃、シャーリー・オーデットの絞殺体が西モントリオールで発見された。彼女のアパートがあるブロックの中庭に転がっていたのだ。衣服は身に着けていたが、乳房には例の歯形が認められた。このたびも抵抗した跡は見られない。しかし、彼女は殺された日の午後、友人に電話で打ち明けている。
「今の彼氏がなんだか怖いの」
これは何を意味するのだろうか?
1969年11月23日、モントリオールの宝石店に勤めるマリエル・アルシャンボーは「ビル」と名乗る若い男と店で落ち合い、腕を組んでデートに出掛けた。次の日、彼女の絞殺体が大家によって発見された。乳房の歯形から同一犯の仕業と判るが、このたびはこれまでとは違っていた。激しく抵抗した跡が残されていたのだ。床にはしわくちゃの写真が転がっていた。身なりのいい若い男が写っている。同僚により、こいつが「ビル」だと確認された。
この写真を元に作成された似顔絵が一般に公開されたが、乳房に必ず歯形を残す「ヴァンパイア・レイピスト」の行方は杳として知れなかった。
2ケ月後の1970年1月16日、24歳のジーン・ウェイの絞殺体が、モントリオールの彼女のアパートで発見された。彼女はその日、ボーイフレンドとデートの約束をしていた。彼は午後8時15分に彼女の部屋をノックした。応答がない。鍵も掛かっている。買い物にでも出掛けたのだろうと、近所のスタンドで一杯やって時間を潰した。しばらくして戻ってみると、今度は鍵が掛かっていない。中に入って息を飲んだ。全裸の彼女がソファに横たわっていたのだ。乳房にはお馴染みの歯形。しかし、前回のように抵抗した跡は見られなかった。
次の犯行現場はモントリオールから4千kmも離れたカルガリーだった。厳戒態勢が敷かれたモントリオールでは犯行が困難なため、場所を移したのだ。
1971年3月18日、高校教師のエリザベス・アン・ポーティアスの絞殺体が彼女の寝室で発見された。これまでの犠牲者と同様に、犯されて、乳房を繰り返し噛まれている。このたびは激しい抵抗の跡があった。
同僚の1人は前日に彼女が若い男と車に乗っているのを目撃していた。それは青いメルセデスで、後ろの窓には牛肉の宣伝ステッカーが貼ってあったという。また、その同僚は彼女から「ビル」という名の男とつき合っていることを明かされていた。
翌日、警邏中の警官が事件現場からほど近い場所で青いメルセデスを発見した。牛のステッカーが貼ってある。手配中の車に間違いない。30分後、この車に近づいた若い男が逮捕された。名前はウェイン・ボーデン。1年ほど前はモントリオールに住んでいた。その歯形は「ヴァンパイア・レイピスト」のそれと完全に一致する。かくしてボーデンはカルガリーで1件、モントリオールでは最初の犠牲者を除く3件の殺人の容疑で裁かれて有罪となり、4回の終身刑を云い渡された。
最初のノーマ・ヴァヤンクールについては、どういうわけか罪を認めようとはしなかった。
ウェイン・ボーデンは極度のサディストだった。巧みに女性を口説いて、SMプレイに誘い込む。2人目の犠牲者が「今の彼氏がなんだか怖いの」と洩らしたのはそのためだ。しかし、彼女は結局、受け入れてしまった。そして、乳房を噛まれ、首を絞められているうちに恍惚状態で死亡したのだ。だから死に顔は穏やかだったのである。
(2008年12月17日/岸田裁月) |