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シャーク・アーム事件
The Shark Arm Case (オーストラリア)



鮫が吐き出した片腕にはボクサーの刺青

 それは1935年4月25日、アンザック・デーの出来事である。シドニーの海沿いの町クジーでは捕れたばかりの人喰い鮫、タイガー・シャークが見世物になっていた。ところが、14フィートの巨体にも拘わらず元気がない。
「なんだよ、たいしたことないじゃねえかよ」
 見物客が一人減り二人減りし始めたその時に、巨体が突然身悶えて、ゲボッとヘドロのような塊を吐き出した。
「なんだなんだ?」
 眼を凝らしてよく見ると、ヘドロの中に空をつかんだ指が見える。それは紛れもなく人間の片腕だった。その手首にはロープが巻きつけられていた。
「うへえ、本当に人を喰ってやがった!」
 場内は騒然となった。

 鮫は直ちに解剖されたが、その腕以外は食べてはいなかった。
 鮫の専門家の見立てでは、腕は喰いちぎられたものではない。鋭利な刃物で切断された後に胃袋に納まったものだと思われた。この点は法医学者も同意した。となれば殺人事件の可能性が高いわけだが、その他の部分は何処にあるのだ? 別の鮫の胃袋だろうか?
 やがて指紋から腕の持ち主は特定された。
ジェイムス・スミス。建築作業員、ビリヤード店員、ボクサー。40歳」
 何度も警察のお世話になっている前科者だった。その腕にあるボクサーの刺青からもスミスのものであることは間違いなかった。

 妻によれば、スミスは4月8日に釣りに出掛けたまま行方知れずだと云う。その真偽はともかく、スミスが釣りに利用していたという海辺の小屋を捜索すると、マットレスとブリキのトランク、ロープ1巻がなくなっていることが判明した。このことから以下のような推測が成り立つ。スミスは殺害された後、トランクに押し込まれた。ところが、片腕がはみ出してしまう。已むなくそれを切断し、ロープでトランクに括りつけて海へと棄てた。そして、ほどけた腕だけが鮫の胃袋に納まった。
 スミスの近況を洗った警察は、上の仮説がまんざら絵空事ではないとの心証を受けた。彼はパースファインダー号という小型船の用心棒をしていたことが判明したのだ。この船の持ち主であるレジナルド・ホームズは予てから麻薬の密売に関わっていると疑われていた人物であり、しかも、パースファインダー号は最近沈没していたのだ。
 つまり、ジェイムス・スミスは麻薬の密売を巡る暗黒街の抗争に巻き込まれて消された可能性が極めて高いのである。

 尋問されたホームズは、自らの関与は否定し、パトリック・ブレイディの関与をほのめかした。彼の「商売仇」である。警察は早速、ブレイディを別件でしょっぴいた。事件はこれで解決されたかに思われた。
 ところが、油断大敵である。唯一の証人たるホームズが何者かに銃撃されたのだ。銃弾は額をかすめただけだったが、顔中血みどろで半狂乱になったホームズは快速艇でシドニー湾内を逃げ回り、制止するためには海上警備隊が出動しなければならなかった。
 それでも警察はホームズに護衛をつけなかった。検視陪審の朝、彼は自分の車の中で冷たくなって発見された。胸と下腹部を撃たれていた。

 証人がいなくなると流れが変わった。検視陪審は鮫が吐き出した腕をジェイムス・スミスの死の証拠と認めなかったのだ。つまり、胴体が見つかっていない以上、生きている可能性があると判断したのである。
 たしかにその通りだが、何やらきな臭い。買収の臭いがする。かくしてオーストラリア中を騒がせた「シャーク・アーム事件」は未解決に終わった。しかし、その裏には何らかの不正があったことは間違いないだろう。
 なお、腕の持ち主であるジェイムス・スミス本体は、その後も二度と現れることはなかった。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『死体処理法』ブライアン・レーン著(二見書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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