1928年11月12日、パンズラムに判決が云い渡された。国内で最も過酷と云われているカンザス州リーブンワース刑務所における25年にも及ぶ懲役刑だった。レッサーは彼に何と声をかけていいのやら判らなかった。煙草をひと箱余分差し入れることで自分の気持ちを表した。
年が明け、パンズラムが移監される日が近づいてきた。レッサーは上司からパンズラムの独房の点検を命じられた。
「お前の仕事は、あのイカレた野郎のお守りだ。あいつはお前には懐いているようだからな」
レッサーは鉄棒を手にパンズラムの独房へと向った。鉄棒を一瞥したパンズラムは全身に緊張をみなぎらせてレッサーを見据えた。それは鞭を警戒する野獣のようだった。レッサーは「何もしないよ」という意味を込めて微笑み、パンズラムの背後にある鉄格子の窓を指差した。
「なあ、カール。君はあんなに綺麗な夕日を見たことがあるかい?」
その瞬間、パンズラムは後ろに飛び退いた。そして訊ねた。
「どうして俺を振り向かせようとするんだ?」
レッサーは鉄棒に眼をやりながら云った。
「ああ、これかい? あの窓を点検しなきゃならないんだ。ただそれだけさ」
パンズラムはレッサーの真意を吟味しているようだった。そして、結論が出たのか、次第に緊張が解れていった。
「以前、俺を振り向かせて、その隙に鉄棒で殴った奴がいたんだ。だからあんたもそうするのかと思ってな」
「私はそんなことはしないよ、絶対に」
レッサーは窓に近づくと、鉄格子を1つずつ鉄棒で叩いて緩んでいないかを調べ始めた。その背後でパンズラムがにじり寄ってくる気配を感じた。それでもレッサーは点検を続けた。
「夕日なんかに関心を向けようとしてすまなかった。君は今、とてもそんな気分になれないよな」
レッサーはゆっくりと歩いて房を出ると、ドアに鍵をかけた。
「あんたは勇気がある」
パンズラムが低い声で云った。
「だがな、あんな風に俺に背中を向けちゃいけない。もう二度とするな」
レッサーは笑って云った。
「勇気があるんじゃないよ。君が私に手を出さないことを知っているだけさ。友達じゃないか」
しばしの沈黙の後、パンズラムは応えた。
「ああ。あんただけは殺したかないよ。だがな、今の俺はひどく不安定で、どんなことでもしてしまいそうなんだ。だから、気をつけろよ」
リーブンワース刑務所に移監されたパンズラムは、間もなく作業監督ロバート・ウォーンクを殺害し、死刑を宣告された。事件を知ったレッサーはその減刑に奔走したが、パンズラムに窘められた。
「目を覚ませよ、若えの。俺は善人になろうなんてこれっぽっちも思ってないんだぜ。俺がこうなるまでに36年もかかったんだ。それなのにどうしてあんたは俺が善人に生まれ変わるなんて戯けたことを信じているんだい?」
パンズラムは死刑になることを望んだ。折しも死刑反対運動が高まっていたが、彼はフーバー大統領に手紙を書き「どうか俺を殺してくれ」と直訴した。
レッサーにはもうどうしようもなかった。彼に出来ることは手記を世間に広め、刑務所制度の改善を促すことだけだった。多くのジャーナリストや作家が感銘を受けたが、衝撃的な内容だけにその出版は困難を極めた。ようやく実現されたのはパンズラムの処刑後40年も経過した1970年のことだった。その間、看守の職を辞したレッサーは、今は亡き「友人」のために努力し続けていたのである。
なお、パンズラムとレッサーの奇妙な友情の物語は、オリヴァー・ストーンの製作により1995年に映画化されている(邦題は『KILLER/第一級殺人』)。ジェイムス・ウッズがパンズラムに、ロバート・ショーン・レナードがレッサーに扮し、この2人の迫真の演技により男泣きの感動作に仕上がっている。興味を持たれた方は是非御覧になることをお勧めする。
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