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ルース・エリス
Ruth Ellis (イギリス)



デヴィッド・ブレイクリーとルース・エリス

 英国で絞首刑になった最後の女性、ルース・エリスデヴィッド・ブレイクリーが出会ったのは1953年9月のことである。ルースが「ママ」を務める『ルトル・クラブ』の客としてデヴィッドが入店したのだ。
「こういうところって売春もするんだろ?」
 こんな見下した感じのデヴィッドにルースは好感を抱かなかった。いや、実際に売春はするのだけれど、その態度が気に食わなかった。そりゃあたしだってからだは売ったわよ。でも、そのおかげでここまで這い上がってきたんだ。からだを売って何が悪い。あんたなんかに判るもんか。

 数週間後、2人は街中で偶然に再会した。デヴィッドの印象は以前とまるで違っていた。しかも、よくよく見ればいい男(ルースはド近眼だったが、モテなかった少女時代のトラウマから決して眼鏡をかけなかった)。その上お金持ちのボンボンで、職業はカーレーサーだというのだから堪らない。自称「セレブ」は齧りついた。
 近頃「セレブ」という言葉が誤って世間で使われているように思うのだが、それはさておき、2人はその日のうちに強烈な●●●●を●●●●に●●●み、●●●●はしとどに濡れて●●●●は●●●り、しっぽりと●●●●●●●●。
 デヴィッドには婚約者がいたが、
「あれは母が押しつけた女さ。結婚する気なんかないよ」
 この言葉を信じたルースは「あたしゃ勝ち組」と、大いにふんぞり返るのであった。



デズモンド・カッセンとルース・エリス

 ところが、デヴィッドはルースにたかる一方で、結婚のケの字も口に出さない。そこで彼女は常客のデズモンド・カッセンに色目を使った。デヴィッドに嫉妬させようという作戦である。それでもデヴィッドはへっちゃらで、ルースの店でタダ酒を飲み、毎晩のように乱痴気騒ぎを繰り広げた。これがオーナーの耳に入り、ルースは「ママ」をクビになってしまう。その時に助けてくれたのがデズモンドだった。
「行くところがないなら、うちに来るがいい。お小遣いもあげるよ」
 この期に及んでようやくデヴィッドが嫉妬して「結婚してくれ」と頭を下げた。
 待ってました。
 2人はアパートを借りて同棲し始めたが、家賃を払っていたのはデズモンドだった。理不尽なり。

 やがてルースは妊娠した。困ったことに、デヴィッドの子なのかデズモンドの子なのか判らなかった。激怒したデヴィッドはルースの腹を殴りつけ、おかげで子供は流れてしまう。この件以降、デヴィッドはルースを避けるようになる。

 1955年4月8日金曜日、デヴィッドはルースとの食事の約束をすっぽかし、友人のアンソニー・フィンドレイターのアパートにいた。そこにルースからの電話があった。アンソニーは「デヴィッドはいない」と嘘をついたが、女の直感でルースは嘘を見破った。デズモンド・カッセンに電話をすると、
「車で迎えに来てちょうだい!」
 アッシー君(死語)の送迎でアンソニーのアパート前に降り立ったルースは、デヴィッドの車を見つけるやカッとなり、窓をすべて叩き割った。そして呼び鈴を押し、
「この●●●●●●●!」
 などと、伏せ字にしないと小生が捕まってしまうような暴言を叫び続けた。警察が呼ばれてどうにか治まったが、この件が2人の破局を決定的なものにする。



デヴィッド・ブレイクリーとルース・エリス

 2日後の4月10日、イースター・サンデーということで、アンソニーのアパートでは乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。女たちの甲高い笑い声が聞こえてくる。今やストーカーと化したルースは嫉妬の炎を燃えたぎらせた。
 夜9時頃、ビールの買い出しに出掛けたデヴィッドと友人のクライヴ・ガネルが車に乗り込もうとすると、背後から聞き慣れた女の声が聞こえた。
「デヴィッド!」
 ルースはハンドバッグからスミス&ウェッソンの38口径を取り出すと、続けざまに2度引き金を引いた。デヴィッドはその場に崩れ落ちた。クライヴはあまりのことに凍りついてしまった。ルースはゆっくりと近づくと、
「どいてよ、クライヴ」
 そして、まだ息のあるデヴィッドに向けて、弾がなくなるまで引き金を引き続けた。銃声を聞きつけた野次馬が集まり始めていた。ルースは彼らに向って云った。
「警察を呼んでちょうだい」
 その姿は毅然としていた。

 裁判における争点は「謀殺か故殺か?」だった。弁護側はもちろん「嫉妬に基づく衝動的殺人」として故殺を主張するつもりだったが、ルースはあっさりと「彼を殺すつもりでした」と殺意を認めてしまった。つまり、彼女は死刑になることを決意して犯行に及んだのだ。その犯行は「司法の手を借りた心中」だったのである。
 1955年7月13日、ルース・エリスは処刑された。彼女に同情する声が高まり、その処刑に反対する抗議運動まで巻き起こったが、死を決意していた彼女にとって、それは「余計なお世話」だった。

 ちなみに、ルースにスミス&ウェッソンを与えたのは、アッシー君(死語)ことデズモンド・カッセンである。その本心は不明だが、恋敵を亡き者にし、ルースをひとり占めすることが目的だったとすれば、見事に失敗したことになる。しかし、ルースが心中する気であることを知って与えたのならば、話は異なってくる。いずれにしても、この男の存在が極めてミステリアスであり、本件に単なる情痴殺人事件以上の深みを与えている。

 なお、本件はたびたび映画の題材になっている。最も有名なのが『ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー』だろう。「英国のマリリン・モンロー」ことダイアナ・ドースが主演したものもあるが(『Yield to the Night』)、こちらの方は未見である。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『情熱の殺人』コリン・ウィルソン(青弓社)
『愛欲殺人事件』タイムライフ編(同朋舎出版)
週刊マーダー・ケースブック19(ディアゴスティーニ)
『恐怖の都・ロンドン』スティーブ・ジョーンズ著(筑摩書房)
『愛欲と殺人』マイク・ジェイムズ著(扶桑社)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
『LADY KILLERS』JOYCE ROBINS(CHANCELLOR PRESS)


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