クリストファー・クレイグ
デレク・ベントレー |
本件は正式に冤罪事件とされたわけではないが、冤罪の可能性が高い事件の一つとして知られている。そして、たとえ冤罪でなかったとしても、その不条理な結末には誰もが首を捻ることだろう。
事件そのものはチンピラのどおってことない強盗事件である。
その晩、クリストファー・クレイグとデレク・ベントレーの2人組は、ロンドン郊外のクロイドンで、肉屋への侵入窃盗を計画していた。1952年11月2日のことである。
クレイグはまだ16歳だったが、すでに一人前のチンピラだった、と書いてみて「半人前だからチンピラなのではないか?」とも思うが「半人前のチンピラ」では何だかワケが判らないし「立派なチンピラ」というのはさらにおかしい。要するに「もう堅気には戻れないほど悪に染まったお子さま」という意味である。アメリカのギャング映画に憧れて、そのしゃべり方を真似ていた。そして、警官隊との銃撃戦の末に射殺される己れの姿を想像し、ひとり悦に入ったりしていた。
一方、ベントレーは19歳だったが、知能は低かった。読み書きができず、自分の名前ですら正確に書くことができなかった。先天的な障害があったようだ。些細な窃盗で年少送りになったことがあるが、根はいいヤツだった。しかし、クレイグと出会ったことから、裏道へとずるずると引き込まれて行った。
こんな凸凹コンビのやらかすことであるから、穴だらけなのは当たり前だ。夜の9時に肉屋の前まで行ったのだが、まだ中から明かりが洩れていた。仕方がない。別の店に侵入しよう。この菓子屋なんかいいんじゃないか? 2人は道路の左右を確認して、屋上に通じる排水管をよじ登り始めた。ところが、向いの建物から9歳の少女が、この間抜けな侵入窃盗をバッチリ目撃していたのである。
屋上に登った2人が中に入れずにまごまごしているところに通報を受けた警察登場。屋上までよじ登ったフェアファックス巡査が叫んだ。
「警察だ! 観念しろ!」
「つかまえられるもんなら、つかまえてみろ!」
クレイグが怒鳴り返した。フェアファックス巡査は云われるままに突進し、ベントレーの腕を掴んだ。
「無駄な抵抗はするな! ここはもう警察に包囲されている!」
さて、ここからは現場に居合わせた巡査たちの証言に基づくものである。
腕を掴まれたベントレーは相棒にこう叫んで、巡査の手をふりほどいた。
「こいつにくれてやれ、クリス!(Let him have it, Chris.)」
後に法廷で意味を争われることになるこの言葉は「一発喰らわせてやれ!」とも「拳銃を渡して降参しろ!」とも取れるが、状況から考えて「降参」はないだろう。クレイグは云われるままに発砲して、銃弾はフェアファックス巡査の右肩に命中した。巡査は倒れたが、すぐに立ち上がり、左腕でベントレーを殴り倒した。クレイグはなおも撃ってきた。巡査はベントレーを楯にして階段室の陰に隠れた。
シドニー・マイルズ巡査はフェアファックス巡査を助け出そうと建物の階段を駆け上がり、屋上に飛び出した。その瞬間、クレイグの拳銃が火を吹いた。弾丸はマイルズ巡査の額に命中し、頭蓋骨を貫通した。
「アニキが12年くらったのはてめえらのせいだ。やるならやりやがれ。オレはまだ16歳だぜ」
クレイグが夢にまで見た銃撃戦である。
「てめえら、いつまでかくれてるつもりだ! かたをつけようぜ! オレはうちあいがしたいんだ!」
クレイグはなおも撃ち続けた。やがて弾切れになったクレイグは叫んだ。
「デレク、パムによろしくいってくれ!」
そして、2階建ての屋上から飛び下りた。颯爽と決めたつもりだったが、現実は映画のようにはうまく行かない。地面に叩きつけられた彼は意識を失い、そのまま救急車で運ばれた。意識を失う前、このような言葉を口にしたと云われている。
「オレはみなごろしにしてから死にたかった」
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