リジー・ボーデン
アンドリュー・ボーデンの遺体
アビー・ボーデンの遺体
アンドリュー・ボーデンの頭蓋骨
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Lizzy Borden took an axe
And gave her mother forty whacks
When she saw what she had done
She gave her father forty-one
上の子供の戯れ歌は、リジー・ボーデンの親殺しが既に伝説と化していることを物語っている。リジー・ボーデン人形(血みどろの斧を持っている)もハロウィンの人気商品だ。我が国の「お岩さん」や「お菊さん」と同じような扱いである。しかし、彼女の伝説は現実にあった極めて血生臭い事件に基づいていることを忘れてはならない。単なる怪談とは一線を画するのだ。
その日は猛烈に暑かった。1892年8月4日、マサチューセッツ州フォールリバーの閑静な住宅地での出来事である。午前11時15分、ボーデン家の次女リジーが、ソファで仮眠中の父親が殺されているのを発見した。70歳の銀行家アンドリュー・ボーデンは手斧で顔を11回も斬りつけられていた。鼻は削がれ、左眼は二つに裂かれて眼孔から飛び出していたというから、とても人間業とは思えない凶行である。
すぐに医者と警察が呼ばれた。隣人も騒ぎを聞いて駆けつけた。間もなくアンドリューの後妻アビーも2階の客間で俯せで倒れているのが発見された。やはり手斧で後頭部を19回も殴打されていた。
この日、家には被害者の他にはリジーと女中のブリジット・サリヴァンの2人しかいなかった。アンドリューの遺体が発見された時、ブリジットは窓の掃除を終えて屋根裏の自室で休んでいた。するとリジーの叫び声が聞こえた。
「早く降りてきて! お父さまが死んでるの! 誰かに殺されたのよ!」
一方、リジーはというと、納屋にいたところ母屋から父の悲鳴が聞こえた。慌てて戻ると父が殺されていたと説明した。
検視の結果、アビーの死亡時刻は午前9時過ぎと推定された。ところが、夫が殺害されたのはそれから2時間後のことである。リジーが説明したように、犯人が外から侵入したとするには無理がある。
捜査が進むにつれて、リジーが継母を憎んでいることが判明した。また、殺人の2日前、彼女は青酸を買おうとして失敗している。そして、父親と継母は数日前から胃痛に悩まされていた。
以上から導き出される結論はただ一つ。リジー・ボーデンが犯人である。
かくしてリジーは逮捕され、裁判にかけられたが、無罪となった。
何故か?
ボーデン家が地元の名士だったからである。ボーデン家の息のかかった新聞社や宗教団体、業界団体(フォールリバーは織物の町であり、その経営はボーデン家が支配していた)が結束して、様々な働きかけを行ったのだ。
小泉純一郎の「郵政民営化、是か否か?」じゃないが、弁護士の「リジーは死刑か無罪放免か?」という二者択一の陪審員への呼び掛けも功を奏した。この娘を(といっても、もう33歳なのだが)状況証拠だけで死刑にするのは忍びないと思った陪審員は無罪を評決。晴れて釈放されたリジーは1927年に死ぬまで生きた。当たり前だが、悠々自適に暮らしたというから悔しいではありませんか、みなさん。
では、リジー・ボーデンは本当に「シロ」なのか?
今日では「シロ」だと信じている者は皆無といってよいだろう。
まず、継母の死と父の死との間の2時間の空白は外部犯行説では説明できない。そして、女中のブリジットには犯行の動機がない。だとすれば動機のあるリジーより他に犯人はいない。
動機に関しても、より具体的なことが判明している。リジーが継母を憎んでいたことは前述したが、そのことで高齢の父親が心配しないわけはない。妻のために何かを残してやろうと思うのが人情である。そこで、その所有する牧場を妻の名義に変えようとしていた。その書き換えが予定されていたのが、まさに犯行の当日なのである。妻が待ち合わせの時間になっても現れないので、父親は自宅まで迎えに来た。リジーはさっき出掛けたと云う(実はとっくに死んでいた)。ならば、今頃は書き替えの手続きをしているのだろうと安心した父親は、ソファに座って仮眠をとる。そこに手斧が振り降ろされたのである。
しかし、財産目的だったにしては随分と残虐な殺し方である。
この点、リジーには定期的に失神する症状があったことから、癲癇の発作がそうさせたのではないかという見解がある。発作によりトランス状態に陥り、理性が働かないままに凶行に及んだというのだ。
リジーは当日、月経だったとの指摘もある。
この日がこの年一番の猛暑だったことも忘れてはならない。
コリン・ウィルソンは、これらすべての要素、すなわち、癲癇による発作、資産を巡って裏取り引きが行われようとしていることへの怒り、継母への憎しみ、月経による苛立ち、そして猛暑が相互に作用して、この凶行が実現したのではないかと推測している。
いずれにしても、なんらかの狂気が働いていたことは間違いないだろう。
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