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ジェレミー・バンバー
Jeremy Bamber (イギリス)



事件当初の報道


バンビことシーラ・キャフェル

 セックス・ピストルズに『Who Killed Bambi ?』という曲がある。この事件を知った私はこの曲を思い出した。バンビは自殺したのだろうか? それとも殺されたのだろうか? この謎が本件の主題である。

 1985年8月7日未明の午前3時26分、イングランド東部エセックス州のチェルムスフォード警察に通報があった。ジェレミー・バンバーと名乗るその男は、父親から異常な電話があったと興奮気味に語った。
「お前の姉さんの頭がおかしくなった! 銃を持ち出している! すぐに来てくれ!」
 そこで父親からの電話は切れた。すぐさま掛け直したが、話し中の信号音が聞こえるだけだった。
 父親のネビル・バンバーはホワイトハウス農場のオーナーだった。当直の警官はバンバーに、父親の農場に行き、警察の到着を待つように指示した。

 急行した40名の警官が農場の母屋を包囲すると、間もなくジェレミーが到着した。「頭がおかしくなった」という姉の名はシーラ・キャフェルだが、普段は「バンビ」の愛称で呼ばれていた。ジェレミーより3つ年上の27歳で、2人とも養子だった。
 バンビはかなり以前から精神を病んでいた。モデルをしていたこともあったが、その病状ゆえに長続きしなかった。その年の3月に入院し、退院後は双子の息子を連れてホワイトハウス農場に身を寄せていた。夫のコリン・キャフェルとは別居中だった。
「姉は頭がおかしいんです。いつ暴れ出すか判らないんです」
 警官隊が何度か拡声器で呼び掛けたが、返事はなかった。午前7時30分、突入した武装警官は想像を絶する惨状を目の当たりにした。
 まず、居間の電話器のそばにはネビル・バンバーが倒れていた。頭に4発、首に2発、肩に1発、腕に1発の銃弾を受けていた。顔には激しく殴られた傷が残っていた。
 2階に上がると、ネビルの妻ジューンが7発撃たれていた。うち1発は眉間に命中。床の上には聖書が投げ捨てられていた。
 ダニエルニコラスの双子も、就寝中に殺されていた。ダニエルは5発撃ち込まれながらも、口に親指をくわえたままだった。ニコラスは3発撃ち込まれていた。
 そして、バンビも血の海の中で倒れていた。1発は喉に、もう1発は顎を貫通して脳を破壊していた。胸の上には22口径のライフルが乗っていた。
 イヤなものを見てしまったなあ。
 階下に降りた警官は、皆殺しの旨をジェレミーに告げた。彼は表に飛び出すと、その場で嘔吐した。

 さて、この時点でおかしな点がいくつかある。
 まず、バンビの死に方である。彼女が4人を殺害した後、ライフルを己れに向けて自殺したとして、2発も撃てるだろうか? 至近距離で喉を撃った時点で普通はぶっ倒れるだろう。とても2発目を撃つ体力も気力もない筈である。しかし、2発目を撃ち、
脳を破壊している。誰かが自殺を擬装したと考える方が自然だろう。
 次に、ジェレミー・バンバーは999番ではなく、現場から少し離れたチェルムスフォード警察に直接電話している。これは誰が考えてもおかしい。緊急の場合は我々だって110番である。個別の警察署になんか電話しない。思うに、999番に電話して最寄りの警察に繋がることを避けたのではないだろうか? つまり、ジェレミーは現場から電話したのではないかという推測が成り立つのである。
 また、ネビルは殴り倒された上に頭を撃ち抜かれているが、バンビにそれが出来たか疑問である。ネビルは元空軍パイロットの大男なのだ。
 この時点では、ジェレミーも十分に容疑者の1人である。ところが、警察はバンビの犯行と決めつけていた。ライフルの回収に手袋をはめなかった。指紋の採取もしなかった。足跡を踏みつぶしてもへっちゃらである。証拠の保全をまったくしていなかったのだ。これを職務怠慢と呼ばずして何と呼ぼう。



葬儀でのジェレミー・バンバー(中)と
ジュリー・マグフォード(左)

 しかし、警察の中にもジェレミーを疑う者がいた。スタン・ジョーンズ巡査部長もその1人だ。彼は事件直後のジェレミーに殆ど悲しみが見られなかったことを不審に思っていた。そして、葬儀の席で大袈裟に泣き崩れるジェレミーを見た時、不審は確信に変わった。
 従兄弟のデヴィッド・ボウトフラワーも不審を抱いていた。というのも、バンビは銃を撃ったことが一度もないのだ。それが24発も撃ったって? しかも、凶器のライフルにはサイレンサーが装着されていた筈だ。ところが、発見された時には取り外されていた。何故だ? バンビはサイレンサーのことなんか知らないよ。だから、取り外せる筈がないのだ。
 ただ、これだけは云える。サイレンサーが装着されていると、銃身が長すぎて自殺できないのである。だから、外したのだ。しかし、バンビは取り外し方を知らない。じゃ、誰が外したんだ?
 ジョーンズ巡査部長の立ち会いの下、デヴィッドはガン・キャビネットの中から問題のサイレンサーを発見した。血が付着していた。
 そして、台所の窓にも血が付着していた。
 つまり、誰かが一家5人を殺害し、玄関に鍵をかけて、台所の窓から逃げ出したのである。犯人は、警察に電話をかけたジェレミー以外に考えられない。動機は遺産相続であった。



ジェレミー・バンバー

 前述した通り、バンビとジェレミーは養子である。地元の名士だったネビルとジューンのバンバー夫妻の悩みは子宝に恵まれなかったことだ。だから、養子を迎え、バンバー家の未来を託した。
 養子を迎える養父母は、家系に悪い血が混じることを恐れるあまりに、養子に対して厳しくなりがちである。バンバー家もそうだった。ジェレミーは全寮制の学校に入れられ、厳しく育てられた。優れた人物になって欲しいという養父母の願いがそうさせたのだが、彼はそのようには受け取らなかった。
「わざわざ養子に迎えたのに手放すのか?」
 この思いはやがて、養父母に対する憎悪へと発展した。姉のバンビの頭もおかしくなっていた。ことさらに養父母に逆らってモデルとなり、未婚のままに双子を産んだ。その奇癖はエスカレートするばかりだ。地元ではバンビは「キチガイ女」として有名だった。
「彼女の目つきは異常でした。完全に狂っているか、そうでなければ何かが憑いているとしか思えない目つきでした」
「大声で叫び回って近所を叩き起こすんですよ。『世界は悪に満ちている! お前らは悪魔だ!』って」
 いい女なんだけどなあ、バンビ。キチガイとは惜しいなあ。
 ジェレミーにとっては、キチガイの姉はまたとない素材である。憎悪する養父母を亡きものにし、財産を独り占めする筋書きは完璧に思えた。ところが、思わぬ穴があった。事件当時の恋人、ジュリー・マグフォードが棄てられた腹いせに出頭したのである。彼女はジェレミーの計画を知っていた。かくして、ジェレミー・バンバーの完全犯罪は藻屑と消えた。

 終身刑を宣告されたジェレミーだが、彼はいまだに再審を争っている。しかし、状況証拠からみて、彼が犯人であることはまず間違いないだろう。


参考文献

『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
週刊マーダー・ケースブック15(ディアゴスティーニ)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
『GREAT CRIMES AND TRIALS OF THE 20TH CENTURY』PETER ARNOLD(HAMLYN)


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