「赤線地帯」と云って、現在、はたして何人の若者に意味が通じるであろうか。甚だ心許ない。賢明な読者諸君は御案内かと思うが、念のため、「赤線地帯」とは「売春宿が集中している地域」を云う。もっとも、右は正確な定義ではない。正確には「売春が公認されている地域」を云う。官憲が地図に赤エンピツで示したことに由来する俗称であるが、これが転じて、私娼地帯一般を「赤線」と呼ぶようになったのである。 「まあ、噺家ってぇのはいろんなことぉ知ってると思いますが、あんまりあたしはああゆうところは知りません(笑)。仮に終戦後たいへん評判の高かった鳩の街が何処にあったかなんてぇことは知らないんで(笑)。鳩の街に行くのに、神田の須田町ってぇとこから三〇番の都電に乗りまして、吾妻橋を左に曲がって、向島一丁目ってぇとこで降りると、右っかわに『栄華』ってぇ中華料理屋があって、その横をずうぅっと入って五、六○米ぐらい行くと石置き場があって、そこを右に曲がると、そこに鳩の街があった、なんてぇことはあたしは知らないんでね(笑)」(春風亭柳朝『品川心中』より)。 私の生まれた寺島町(現在の東向島)には、かつて二つの赤線地帯があった。一つは鳩の街。そしてもう一つは、《墨東綺譚》の舞台となった玉ノ井である。 |
ところで、私は祖母の話す「玉ノ井バラバラ事件」を寝物語として育った。嘘のようだが本当のはなしだ。我が祖母のことながら、何を考えて幼稚園に上がるか上がらないかの子供にそんな話を、しかも枕元で語って聞かせたのか、皆目見当がつかない。だからこんな猟奇的な人格が形成されてしまったのだ。馬鹿。 私が猟奇に興味を持ったのは、ちょうどこの時からである。 |