4. バラのつぼみ ところが1941年に至って、ハーストを蒼ざめさせるどころか、真っ赤になって怒らせる男が登場した。オーソン・ウェルズである。 オーソン・ウェルズは「ペテン師」を自称するイタズラ好きの男であった。十代半ばから故郷アイルランドを放浪し始め、ダブリンの劇場で「ブロードウェイの人気者」と偽り、経験もないのに堂々たる主演を務める。これが評判となり渡米。やがてラジオの演出を手懸けるようになり、1938年、火星人襲来のラジオ放送で全米をパニックに陥れる(第7章「空飛ぶ円盤、地球を襲撃す」参照)。 |
では、ウェルズは何故にハーストへと変更したのか?。 「新聞王ハーストは愛妾マリオン・デイビスの香しきプッシーを《バラのつぼみ》の愛称で呼んでいる」。 イタズラ好きのウェルズは、この時、《市民ケーン》の全構想を思いついたに違いない。よし。ならばあの新聞屋をひとつおちょくってやろう。これは面白いことになってきたゾ。 |
5. バラのつぼみ、その後 ところで、《市民ケーン》の主人公、ケーンは結局、愛人に見捨てられ、孤独のうちに死んでいく。このこともウェルズがハーストの逆鱗を買う大きな要因だった。しかし、現実は映画とは異なり、マリオンはハーストを見捨てなかった。1951年にハーストが逝くまで、マリオンは彼の可愛い「バラのつぼみ」であり続けた。莫大な遺産を相続した彼女がその直後に若いつばめと結婚しなければ、その献身は美談として語り継がれたかも知れない。 さて、最後に、本章をそのまま映画化したような作品が00年に公開されたことについて触れておこう(本章の執筆は95年)。《ザ・ディレクター〜「市民ケーン」の真実》がそれだ。リーヴ・シュレイバーがウェルズを、ジェイムズ・クロムウェルがハーストを、そしてメラニー・グリフィスがマリオンを好演している。「バラのつぼみ」の真相もちゃんと暴かれていて、至れり尽せりだ。(特にハーストが「バラのつぼみ」と聞いて愕然とするシーンは爆笑)。
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