5. 万里の長城取り壊しデマ 諸君は「義和団」を御存じであろうか。 |
数社の記者が集まってイタズラ記事を捏造することは、一昔前ではごく当り前のことだった(らしい)。彼らは通常、打ち合わせた上で同じ事を記事にするので、お互いに仲間の記事に信憑性を与えた。このデンバーの四人組(《タイムス》のジャック・トーネイ、《リパブリカン》のアル・スティーブンス、《ポスト》のジョン・ルイス、そして《ロッキーマウンテン・ニュース》のハル・ウィルシャー)も酒の席でちょっとしたイタズラを思いついた。翌日にも記事になったそのイタズラとは、こんな内容であった。 「長年『眠れる大国』であった中国は、このほど対外貿易にも積極的に力を注ぎたい意向を合衆国政府に明らかにした。そして、外国との通商を歓迎するジェスチャーとして、万里の長城を解体することを決定した。以上のニュースは、本紙記者が解体計画に参加する四人のアメリカ人技師から取材したものである」。 それは1898年、ちょうど中国で民族主義が加熱し始めた頃のことであった。この記事は、今で云えば「国連、台湾を正式に独立国として承認」とか「北朝鮮、ソウル目掛けて核配備」とか書くようなものである。まったくデンバーの田舎者は世界情勢に疎いのか、とんでもないイタズラをしてくれたものである。 「記事は派手な見出しと過激な論評と共に掲載された。否定は何の役にも立たなかった。義和団は怒り狂い、既に聞く耳を持たなくなっていた。あの記事が切っ掛けで義和団が行動を開始したことは明らかだった」。 |
これに蒼ざめたのはデンバーの四人組である。なにしろ、彼らの冗談が大国の内乱を引き起こしてしまったのだ。彼らは早速、責任逃れの口裏を合わせた。建築技術者を騙る四人のよそ者に担がれたのだということにした。状況証拠を作るため、ホテルに出向いてフロント係を買収し、四つの偽名で宿泊人名簿にサインした。さあ、これで大丈夫。安心した四人組は「スクープ」を祝してビールで乾杯、仲間が生きている間はこのことは絶対に口外しないと誓いを立てた。そんな訳だから、このでっち上げの真相をハル・ウォッシャーが打ち明けるまでには、相当に長い年月を経なければならなかった。 とまあ、本章ではここまで。史上最悪のいんちき新聞ジャーナリスト、ウィリアム・ランドルフ・ハーストについては、後の章でじっくりと語ることとしよう。(了)
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