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5. 万里の長城取り壊しデマ

 諸君は「義和団」を御存じであろうか。
「義和団」とは19世紀末から今世紀にかけて「扶清滅洋」のスローガンを掲げて暴れまわった白蓮教系武装宗教結社のことである。当時の中国山東省西部では、列強に強いられた開港によって綿などの家内工業が大打撃を蒙っていた。また、列強の圧力を背景にしたキリスト教の布教活動が盛んになっていた。こうした状況の中で、次第に排外民族主義の気運が高まり、これを最も過激にアピールしたのが「義和団」だった。自衛手段として「義和拳」を修得する彼らは、絵で見る限りキョンシーみたいで滑稽であるが、再三に渡り西洋文化の象徴であるキリスト教会や鉄道を攻撃し、列強を大いに悩ませていた。やがて清朝軍を打ち破り、北京に進出。アホな西太后を手玉に取って、畏れ多くも列強大国に宣戦布告。8ケ国連合軍にコテンコテンにされて遂には討ち死。西太后は西安に逃げ出し、事件は終結を迎えた。これが世に名高き「義和団事件」の概要である。この事件は《北京の五十五日》として映画化されているので、これを通じて事件を知った方もおられることだろう。
 ところで、この「義和団事件」の引き金となったのがインチキ新聞記事だったという事実を御存じであろうか。私も最近になって初めて知った。そして、インチキ新聞もなかなかやるもんだなあ、とすっかり感心してしまった。



 数社の記者が集まってイタズラ記事を捏造することは、一昔前ではごく当り前のことだった(らしい)。彼らは通常、打ち合わせた上で同じ事を記事にするので、お互いに仲間の記事に信憑性を与えた。このデンバーの四人組(《タイムス》のジャック・トーネイ、《リパブリカン》のアル・スティーブンス、《ポスト》のジョン・ルイス、そして《ロッキーマウンテン・ニュース》のハル・ウィルシャー)も酒の席でちょっとしたイタズラを思いついた。翌日にも記事になったそのイタズラとは、こんな内容であった。

「長年『眠れる大国』であった中国は、このほど対外貿易にも積極的に力を注ぎたい意向を合衆国政府に明らかにした。そして、外国との通商を歓迎するジェスチャーとして、万里の長城を解体することを決定した。以上のニュースは、本紙記者が解体計画に参加する四人のアメリカ人技師から取材したものである」。

 それは1898年、ちょうど中国で民族主義が加熱し始めた頃のことであった。この記事は、今で云えば「国連、台湾を正式に独立国として承認」とか「北朝鮮、ソウル目掛けて核配備」とか書くようなものである。まったくデンバーの田舎者は世界情勢に疎いのか、とんでもないイタズラをしてくれたものである。
 もっとも、この記事自体はそれほど話題にはならなかった。が、しかし、ニューヨークの大新聞がこの記事を引用してからは騒ぎは大きくなる一方だった。或る新聞などは挿絵入りの見開きで大々的に報じた。中国政府の決断の重要性を説く論評も加わり、更にはニューヨークを訪れた中国高官へのインタビューまでが添えられていた。このインタビューは明らかにでっち上げだったが、そんなことはデンバーの四人組にしか判らなかった。
 こうなってしまえば、このデタラメが海を渡って欧州に広まり、やがて中国にまで伝わるのは時間の問題だった。中国政府は記事を否定したにもかかわらず、義和団は一向に信じなかった。中国で布教活動をしていた牧師は、この時の模様をこのように語っている。

「記事は派手な見出しと過激な論評と共に掲載された。否定は何の役にも立たなかった。義和団は怒り狂い、既に聞く耳を持たなくなっていた。あの記事が切っ掛けで義和団が行動を開始したことは明らかだった」。



 

 これに蒼ざめたのはデンバーの四人組である。なにしろ、彼らの冗談が大国の内乱を引き起こしてしまったのだ。彼らは早速、責任逃れの口裏を合わせた。建築技術者を騙る四人のよそ者に担がれたのだということにした。状況証拠を作るため、ホテルに出向いてフロント係を買収し、四つの偽名で宿泊人名簿にサインした。さあ、これで大丈夫。安心した四人組は「スクープ」を祝してビールで乾杯、仲間が生きている間はこのことは絶対に口外しないと誓いを立てた。そんな訳だから、このでっち上げの真相をハル・ウォッシャーが打ち明けるまでには、相当に長い年月を経なければならなかった。

 とまあ、本章ではここまで。史上最悪のいんちき新聞ジャーナリスト、ウィリアム・ランドルフ・ハーストについては、後の章でじっくりと語ることとしよう。(了


【主な参考資料】
*《詐欺とペテンの大百科》カール・シファキス(青土社)
*《世界変人型録》ジェイ・ロバート・ナッシュ(草思社)
*《だませ!〜ニセモノの世界》三國隆三(青弓社)
*《ハリウッド・バビロン》ケネス・アンガー(リブロポート)
*《シリーズ20世紀〜4・メディア》(朝日新聞社)
*《世界猟奇&怪奇ニュース写真館》(二見書房)
*《世界おもしろドッキリ写真ニュース》(二見書房)