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 一難去ってまた一難。デニス・ホッパーの惨状に馴れる間もなく、コッポラを最後にして最悪のトラブルが襲った。ハリウッド最大の問題児、マーロン・ブランドの御入場である。
 ジョセフ・コンラッドの《闇の奥》に登場するカーツは、ガリガリに痩せた廃人だった。ところがブランドは、丸々太ったオッサンとして登場した。これにはさすがのコッポラも仰天した。

「彼が太ったことは聞いていた。しかし、あれほどとは.....。だって彼は僕に体重を落とすと約束していたんだ」(コッポラ)。

 コッポラはカーツのキャラクターを変えなければならなかった。女を何人もはべらせ、マンゴの喰い過ぎで太ったんだと。しかし、肥満を気にしていたブランドは、そういう描かれ方を拒否した。コッポラは途方に暮れた。
 時は刻々と過ぎて行った。契約の3週間を超えると多額の追加金を支払うことになる。スタッフはひたすら待機するだけ。コッポラとブランドは話し合い、また1日が過ぎて行く。



「夫はブランドに事前に原作を読んでおくように指示していました。しかし、二人が話し合いを進めるうちに、夫はブランドが原作を読んでいないことに気づいたのです。これは夫にとって大変なショックでした」(エレノア・コッポラ)。

 これ以上の話し合いは無駄だと察したコッポラは、とにかく残された期間、ブランドとマーチン・シーンの即興を撮り続けることを選んだ。それより他に方法がなかったのだ。撮れるだけ撮って、後で使えそうなものだけ編集する。これは完全主義者のコッポラにとって地獄の苦しみだったことだろう。今までの金と時間の浪費のツケが一気に回ってきたのだ。

「夫は撮影中に意識を失って倒れました。その時、暗いトンネルを通って行く自分が見えたと。現実から遊離し、死に近づいて行くのを感じたと。たぶん正気と狂気の境にまで行ったのでしょう。とにかく、この映画はそんな映画でした。発狂の危険を犯し、人間の行き着く極限を見極めて、夫は戻って来たのです」(エレノア・コッポラ)。

 コッポラは次の言葉でこの映画を締めくくっている。カーツの臨終における呟きである。
「恐怖.....恐怖.....」。
 それは破産の恐怖、失脚の恐怖を超えた、発狂の、否、臨死の恐怖だった。

「僕はミリアス=ルーカスの結末ではなく、《闇の奥》のそれに近づけたかった。ミリアスの脚本と原作をミックスし、更に僕自身のジャングルでの体験を加えよう。そう心に決めていた」(コッポラ)。

 図らずしもコッポラの上の決意は、最悪の過程を経て実現されたのである。



 

「すべてが民主化されている現代で真の独裁者たりうる職業は、たぶん映画監督だけだろう。それに加えて、遠いアジアでのロケ。自分の金で作る映画。《ゴッドファーザー》がもたらした名声。何不自由ない暮らし。いつの間にか私自身がカーツになっていたんだ」(コッポラ)。

 ちなみに、《地獄の黙示録》は世界中で大ヒットを記録、製作費を大きく上回る収益を上げた。気をよくしたコッポラは続けて《ワン・フロム・ザ・ハート》を製作。もうロケに懲りたのか、すべての屋外シーンをスタジオで撮影した野心作であった。しかし、《ワン・フロム・ザ・ハート》はまったく振るわず、ゾエトロープ社倒産、コッポラは破産。世の中とはまったく皮肉なものである。

(近頃、カットされた部分を採録した《地獄の黙示録・完全版》が公開されたが、私は公開するべきではなかったと思う。カットするからにはカットする理由があったのであり、それを再び継ぎ足す行為はオリジナルの否定に他ならないからだ)。


【参考資料】
*《ハート・オブ・ダークネス》〜ドキュメンタリー
*《ノーツ》エレノア・コッポラ著(ヘラルド出版)
*《THE GODFATHER FAMILY〜A LOOK INSIDE》〜ドキュメンタリー
*《「市民ケーン」、すべて真実》ロバート・L・キャリンジャー(筑摩書房)
*《月刊プレイボーイ》1996年4月号(集英社)