<月森君のホワイトデー>

3/14。

世間一般でいうところのホワイトデー。

・・・というのは日本限定の行事なのだと言う事をウィーンでこの日を迎えた月森は初めて実感した。

日本であればデパートや小売店の店先までホワイトデーモード一色になるというのに、ウィーンの街は平然といつもの時を刻んでいる。

「ホワイトデー・・・か」

去年のこの日は初めて香穂子がコンミスをつとめるオーケストラの演奏を聴いていたな、と思い出して月森は少し頬をゆるめた。

と同時に淡く心に寂しさと切なさが広がった。

(今年は共に過ごせないな。)

2/14に香穂子から届いたクッキーのお礼は今日届くように送ってある。

けれど本当は小包ではなくて、自分が彼女の元へ行きたかった。

(離れて1年くらいたてば落ち着くかと思ったが、そうでもないな。)

自嘲気味にため息を吐いて、月森は下宿先のアパートへと足を速めた。

ウィーンの冬は日本よりも大分寒い。

コートの襟を立てて寒さから逃げるようにアパートの前まで来た所で、月森は眉を潜めた。

というのも、明らかに自分の部屋の前に人影があったからだ。

(誰か来るという話は聞いていないが。)

首を捻ったちょうどその時。

人影がぱっとこちらを向いて。





「蓮くん!」





響いた声にしっかり聞き覚えがあって月森は驚きのあまり固まった。

その彼めがけて一目さんに声の主は駆けてきて。

「蓮くん!蓮くん!!」

「っ!?」

まっすぐ飛び込まれて、なんとか受け止めたもののぎゅーっと抱きつかれるその感触に余計に月森は混乱した。

「か・・・香穂子?」

「わ〜、本物〜!」

「本物・・・それはこちらの台詞だ。本物なのか?」

「うん!」

大きく頷いて見上げてくる紅茶色の目は確かに間違いなく香穂子本人で。

少しだけ泣きそうな、でもどこか悪戯が成功した子どものような笑顔で香穂子は笑った。

「ホワイトデーだから会いに来ちゃった!!」

そのあまりにも潔い言葉に月森はしばし絶句し・・・それから困ったように笑ったのだった。

「ホワイトデーに俺が贈り物をもらったんじゃ意味がないんじゃないか?」





―― ウィーンの街角に、優しい『愛のあいさつ』のデュオが流れるのはこのしばらく後のことである。





                                             〜 Fin 〜






<ホワイトデー月森編でした。月日は香穂子が攻め気味で(笑)>













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