<ヒノエくんのホワイトデー> 3/14。 世間一般でいうところのホワイトデー。 を前にして、ヒノエはやさぐれていた。 どのぐらいやさぐれているかと言うと、京の弁慶の家まで来て愚痴るぐらいには。 「でさ、あんまりその時の望美が可愛かったから、お返しをする日があるって聞いてオレは張り切ったんだぜ?」 「・・・・・・・・・・・・・(ゴリゴリゴリ<薬草をすりつぶす音)」 「最高の一日を用意しようって思って姫君に何がしたいって聞いたわけだ。」 「・・・・・・・・・・・・・(ゴリゴリゴリゴリ)」 「そしたら望美がなんて言ったと思う?その日お休みなら別に何もしなくて良いよって言うんだぜ。」 「・・・・・・・・・・・・・(ゴリゴリゴリゴリゴリ)」 「何でもしてやるって言ってるのに、何にもいらないゆっくり休めばいいなんて言うからお互い意地になってさ。欲しいものでも好きな事でもなんでも言えばいいのに望美は」 「(ゴリゴ)」 ぶんっ! たった今まで弁慶の手の中で薬草をすりつぶしていた太めのすりこぎが素晴らしいキレをもってヒノエめがけて飛んだ。 「っと!何だよ!」 「何だよ、はこっちの台詞ですよ。何しに来たんですか、君は。」 今空気の色をみることができたなら見事な真っ黒に染まっているに違いないと思うほど垂れ流しの不機嫌で睨み付けてくる弁慶にヒノエは首を捻った。 「はあ?何怒ってんだよ。」 「怒っているというより、呆れてます。いや、苛立っている、かな。」 「?オレが来てる時はいつもそうだろ。」 「いつもそうですけど、今日は輪をかけてひどいですね。」 本当に嫌そうに言われてヒノエは肩をすくめた。 「オレだってあんたにこんな話したいわけじゃねえけど、敦盛はどうせ姫君の肩しかもたないし、親父やお袋もそうだからな。景時に愚痴れば朔ちゃんにばれそうだし。」 望美と喧嘩した、なんてあの対の少女にばれた日には・・・と考えてヒノエは密かに身を震わせる。 その様を呆れたように見て弁慶は言った。 「君はまだ若かったんですね。」 「はあ?」 思わぬ一言にヒノエは目を丸くした。 「何言ってんだよ。」 「いえ、しみじみ思っただけです。あんまり大人びて振る舞っているから忘れてましたよ。」 「・・・何が言いたい?」 何となく馬鹿にされているような言葉にヒノエが目を険しくすると、弁慶はさらに呆れたように言った。 「女性を喜ばせるのに、何かしなくてはいけないと思っている所がね。」 「え?」 「好きな物を買ってもらって喜ぶ女性もいるでしょう。好きな事をさせてくれると嬉しいという女性もいるでしょう。でも、望美さんはそうじゃない。」 弁慶の言葉にヒノエはうっと詰まる。 (・・・確かに望美は物欲は少ないし、したいことは自由にする。) 誰かに自分の望みを伝えて叶えてもらおうとするような他力本願な性格ではない事はヒノエが一番よく知っていた。 頼って欲しいと思うほど少し寂しくなるぐらい望美は強いから。 (だからこんな時ぐらい甘えてくれればって思ったんだ。) 贈り物と称して望美の我が儘を聞いてみたかった。 それを叶えて彼女を喜ばせてやりたかったのに、うまくいかなくて。 ちっと拗ねたように舌打ちをする甥っ子を弁慶は相変わらず冷めた目で見つめていたが・・・不意にくるりと背を向けてまた薬草を擦りだした。 そのゴリゴリという無機質な音に紛れて、小さな声がヒノエの耳に届く。 「それに望美さんはちゃんと希望を言ってるじゃないですか。」 「・・・え?」 驚いて顔を上げても弁慶の背が映るだけ。 けれど、小さなため息と共に弁慶は言った。 「お休みなら何もしないで一緒にいたいって言っていたんじゃないんですか。」 「!!」 はっとした。 (一緒に?) 弁慶は望美の言葉にただその一言を補っただけなのに、あっという間に先日の望美とのやりとりが形を変えていく。 意地の張り合いだと思っていたやりとりは、単に上手くかみ合っていなかっただけで、望美の「何もしなくて良い」は「特別な事はしなくていいから一緒にいたい」という意味だったのだと酷く素直に信じられた。 (あれで甘えてたのか、望美は。) 考えてみれば今は別当を正式に継いで毎日忙しいヒノエの一日を独占したいというのは、その忙しさを側で見ている望美にとっては結構な我が儘だったのかもしれない。 じわっと心が溶ける感覚にヒノエは苦笑する。 「・・・そういう事か。」 「気づくのが遅いですよ。」 「ああ、オレもまだ未熟って事かな。」 自嘲気味に呟くと大げさに弁慶がため息をついた。 「わかったらとっとと帰ったらどうです。」 「言われなくても帰るさ。」 臍を曲げた望美の機嫌を取るのは大変かもしれないけれどきっと最終的には彼女は笑ってくれるだろうから。 そうしたら、3/14には望美が呆れるほどの言葉と口づけを贈ろう。 一日で甘くて溶けてしまいそうなほど、目一杯。 (・・・望美) 胸の内で呟いた名は甘く響いてヒノエは踵を返した。 飛び出していく直前、肩越しに振り返ったヒノエはこっちに背を向けっぱなしの弁慶に言った。 「この借りはいつか返す!・・・ありがとな。」 後は、応えも待たずに真っ直ぐに走り出していた。 多分きっと戦女神と呼ばれた凛々しい顔を少し悲しそうに曇らせて自分を待っているであろう望美の元へと。 ―― 望美とヒノエの過ごす3/14がそれはそれは甘いものになったのは言うまでもない。 〜 終 〜 (そして弁慶が後々ちくちく虐めるんですよ。ヒノエくんは意外と弁慶と仲がいいと嬉しいんだけどなあ) |