なんたってうちの子が一番可愛い!
奥州は平泉。 東国最高の都と言われたこの都を支える金売り吉次の一族に新しい跡継ぎがやってきたのは、雪が溶けてまもなくの頃だった。 跡取りとして育てられていた春高が旅先で命を落として、大混乱だった吉次の屋敷にやってきたのは、齢十二の少女で最初にその話が広まった時には、皆が吉次の当主はどうしたのだと噂されたものだ。 しかしその噂はすぐに塗り替えられることになる。 やってきた少女、沙耶は十二にしてしっかりとした考えを持ち、真っ直ぐで真面目で、それでいて広い視野を持ったいかにも吉次らしい娘だったからだ。 千鳥が大慌てで連れてきてしまったこともあって、当初は頑なに跡継ぎになることを拒んでいた沙耶だったが、平泉を知り、そこに住む人々をしり、吉次を知っていく内に次第に心が和らいでいった。 中でも彼女と馴染みとなっていったのが、源義経とその郎党達だ。 なにせ最初は毛を逆立てた子猫のようだったものが、だんだん笑顔を見せてくれるようになる様はそれだけでも楽しい。 しかも沙耶は慣れれば表情も豊かで素直で、実に可愛がりがいのある少女だった。 吉次と浅からぬ縁をもつ彼らは、当初から沙耶には目をかけていたが、春を共に過ごし、夏の日差しが射す頃には、すっかり特別な存在になりつつあった。 ―― さて、これはそんな頃のちょっとした騒動のお話である。 季節はうっとうしい雨も終わった夏の初め。 長くなった日も暮れかけの時刻に、衣川館の厨から弁慶が居間に顔を出した。 のっそりと、と称されそうな動作でそこにいた義経、継信、忠信に順に目をやってから眉間に皺を寄せる。 「・・・・御曹司。」 「沙耶ならば帰ったぞ。」 呼ばれただけで何かを察したらしい義経があっさりとそう言った。 その言葉に、弁慶の眉間の皺がいっそう深くなるのを見て取って、忠信が苦笑する。 「残念だったね、弁慶。沙耶ちゃんは明日の朝早くから仕入れがあるらしくて、早く帰ってこいって八重に言われてたんだってさ。」 「ああ。さっき、琥太郎が送っていった。」 「・・・・そうか。」 言葉だけ聞けばいつもと変わらぬ素っ気ない口調だが、付き合いの長い義経達にはその言葉にわずかばかり残念そうな響きを聞き取った。 出会いからしていきなりお菓子と頓食を与えた弁慶は、あれ以来沙耶の食べっぷりを気に入っていて、密に食事を振る舞うのを楽しみにしている事を知っているだけに、なんとも微笑ましい落胆ぶりに他の三人はこっそりと視線を交わし合った。 「あ、でも弁慶、俺達は食べてくからね!」 「わかっている。」 「すまんな。家に帰って俺が作ると言ったのだが・・・・」 「まあ、忠信のためにはやめておいたほうが良いだろうな。」 「御曹司・・・・」 継信の味音痴ぶりを知っている義経がからからと楽しげに笑い声をあげ、継信が困ったようにそう呟いたその時。 「戻りましたー!」 玄関の方から琥太郎の快活な声が聞こえた。 「戻ったか。早かったな。」 「飯時ですし、寄り道もせずに戻ってきたってところでしょ。」 そんな軽口をかわしていると、すぐに居間に琥太郎が顔を出した。 「御曹司、戻りました。」 「ああ、ご苦労だったな。ちゃんと送り届けてきたか?」 「はい。帰すのが遅いって八重にちょっと文句を言われましたけど。」 後半の言葉はその時の八重でも思い出したのか渋面をする琥太郎に、継信が真面目に頷く。 「日が長くなってきたから、つい油断してしまうな。」 「構うものか。今日はあの子も休みだったのだし、沙耶とて我らと共にいたいと言っていたのだ。」 むしろもっと構っていたかったと言いたげな義経の言葉に、忠信が笑った。 「御曹司は本当にあの子がお気に入りですね。」 「何を言う。お前だってそうだろうが。」 「そりゃあまあ、沙耶ちゃんは可愛いですけど。」 子猫みたいだし、と付け足す忠信を継信が軽く睨む。 「忠信。沙耶は小さいが女子だぞ。」 「・・・・・・」 「わかってますって。適当に扱ったり絶対しないから、兄貴も弁慶もそんなに睨まないでよ。」 堅物者二人に睨まれて忠信が肩をすくめる様を見て、義経と琥太郎がそろって笑い声を上げた。 「叱られたな、忠信。」 「そうだぜ。日頃の行いが悪いからだ。」 「・・・・こら、琥太まで生意気言うな!」 「い、いでででででっっっ!!」 問答無用!と忠信に頭を捕まえられて容赦なく両手で締め上げられて、琥太郎は悲鳴を上げる。 その賑やかさに弁慶は溜息をつき、厨に引っ込もうとし、義経と継信は苦笑混じりに笑った。 ・・・・と、ここまではありがちな光景だったのだが、ここで締め上げられた琥太郎が思わぬ事を叫んだ。 「てんめえ、忠信!くっそ、いってえ!お前なんか、沙耶と一緒に行儀見習いでもなんでも行けばいいんだ!!!」 「「「え」」」 行儀見習い。 琥太郎の口から飛び出したその言葉に、忠信はもちろんのこと、声を出さなかった弁慶までぴたりと動きを止めた。 その機を逃さず忠信の手から逃れた琥太郎だったが、はあ、と大きく息を吐いたと同時に、がしっと義経に肩を掴まれた。 「おい、琥太郎。」 「え?はい?」 「今、なんと言った?」 「え?えーっと、忠信・・・・」 「忠信の事はどうでもいい。その後だ。」 「えーっと・・・・沙耶と一緒に行儀見習いでもなんでも」 「それだ。」 自分の言葉をなぞるように言った琥太郎に、義経がぐっと力を入れた。 「沙耶が行儀見習いだと?それはどこで聞いた?」 「ああ、さっき沙耶を送っていった時に、吉次の屋敷で八重に言われたんです。春信が沙耶を行儀見習いに出そうか考えてるらしいって。」 ぴっしゃーんっっっ!! この瞬間、居間の空気がひび割れた。 しかしその空気に気がつけなかった琥太郎は、馬鹿にしたように鼻で笑う。 「吉次の長ともなれば高貴な方のお相手をすることもあるだろうからって言ってたけど、あのお転婆が武家の行儀見習いなんてできるはずねえのに。」 「・・・・琥太郎、それはいつ誰の屋敷にだ?」 「え?そこまでは・・・・」 聞いてない、と答えたところで琥太郎もこの場の空気がおかしいことに気がついたらしい。 「お、御曹司?どうかした」 「聞いていないのだな?なら、弁慶!」 「・・・・承知。」 「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」 義経の鋭い声で名を呼ばれた弁慶が颯爽と出て行こうとするのを、忠信が慌てて止める。 「どこ行こうとしてるんだよ、弁慶!御曹司も!何を命じてるんですか!」 「知れたこと。沙耶の行儀見習いなど阻止する。」 堂々と胸を張ってそう言われて、忠信は「はあ!?」と叫んだ。 「俺達が口を出すことじゃないでしょう?吉次の長に行儀作法が必要なのは確かですし。」 「そうですよ。だいたい沙耶なら、粗相でもしてすぐに帰されますって。」 「いや!そんなことはあり得ん。沙耶は誰よりも気が利く女子ゆえな。」 「・・・・なんでそこで御曹司が誇らしげに言い切ってるんですか。しかも弁慶まで頷いてるし。」 思わずそう突っ込んでしまった忠信に、義経はふんっと鼻で笑って。 「沙耶の魅力をわかっておらぬとは、お前もまだまだだな。良いか?沙耶はよく気が利いて、素直で、からかいがいもあって、外見も可愛らしいのだ。そんな沙耶が行儀見習いなどにでてみろ。万が一・・・・万が一、沙耶に目をつけた不届きな者があの子に手を出さんともかぎらんのだぞっっっ!!!」 後半の台詞は思わずそんな未来を想像してしまったのか、押さえきれない憤りがあふれかえっていた。 「ま、まさかそこまで考えるのは御曹司だけですって。」 憤りから殺気に変わりかかっている空気を笑い飛ばそうと、あえて明るくそう言った忠信の袖を控えめに琥太郎がつんつんと引いた。 「なんだよ、琥太。」 「・・・・いや、忠信。そう思ってるのは御曹司だけじゃねえ。」 「は?」 「あれ・・・・」 恐ろしいものを見るような目で琥太郎が視線で示した先に目をやれば・・・・手に持っていた茶碗を握り割った弁慶の姿が。 「お前もか、弁慶っ。」 「・・・・・・・」 「だから殺気をまき散らすなよ!」 「いや、お前が正しいぞ。弁慶!」 「ええええ〜!?」 「・・・・御曹司。やはり阻止せねば。」 「ああ!もちろんだ!」 「あああ、もう!とにかくちょっと落ち着いてくださいってば!兄貴も何か言ってよ!」 今すぐにでも吉次屋敷へと直談判のために飛び出していきそうな二人を止めつつ、忠信は継信に助けを求めた。 が。 「・・・・あ、いや・・・・」 思わぬ歯切れの悪い返事に、皆が継信へと視線を注ぐ。 「兄貴?」 まさか兄貴まで?と不審げな顔で忠信に見られて、継信は一瞬ばつの悪そうな顔をして言った。 「その、すまん。俺もあまり沙耶に行儀見習いに行って欲しくはないんだ。」 「なんだよ、継信まで沙耶に手がつくとか思ってんのか?」 「そこまでは言わん!言わんが・・・・」 そこで一端言葉を切って、継信は「身勝手な話だが」と前置きすると、照れくさそうの頬を掻いて言った。 「沙耶は今でも吉次の手伝いがあるから忙しいだろう?」 「まあ、そうだよね。」 「跡取りだしな。」 「だからその・・・・この上行儀見習いもするとなると、俺達と過ごす時間が少なくなるな、と。」 庇護欲とやや入った妄想から頭に血が上っていた義経達と違い、継信は冷静だった。 冷静だったが故に ―― 説得力があった。 「「あ・・・・」」 義経達を止めにかかっていた二人の口から思わず声がこぼれる。 確かに沙耶は日々忙しく過ごしていて、その合間を縫っては自分たちのところへ遊びに来てくれる。 けれど、日に日にその時間が短くなっているように忠信も琥太郎も感じていた。 それは沙耶が吉次の跡取りとして店でやることが増えたのか、それとも自分たちが沙耶に会いたいという欲求が大きくなったせいか。 おそらくはどちらともなのだろう。 けれど、もし行儀見習いが増えてしまえば、沙耶は今以上に忙しくなって、会える日も少なくなるのは確実だ。 「・・・・それは」 「ちょっと、面白くないかもね。」 ものすごく不本意そうながら頷く琥太郎を見て、忠信も困った顔で頷いた。 「よし!継信、よくやった!」 「・・・・では」 「あーーー!!行儀見習いには反対ですけど、かといって、今すぐ乗り込んじゃだめですからね!!」 意見が一致したと見るや立ち上がりかける弁慶と義経を押しとどめて、忠信は言った。 「奥州にとっても、俺達にとっても大事な子だから、ちゃんと利になるように考えましょう。」 「うむ・・・・それは一理あるな。」 「・・・・・」 やっとしぶしぶながらも腰を下ろした二人を見て、残る三人は顔を見合わせて笑った。 「さて、それじゃ、俺達の大事な沙耶ちゃんの幸せと、俺達の希望を叶える方法を考えるとしますか。」 そう言った忠信の言葉を皮切りに、あーでもないこーでもない、と端から聞いたら親馬鹿沙耶馬鹿全開な話し合いがはじまり。 ―― 後日、大真面目に「行儀見習いなら我らが面倒をみよう」と義経に申し入れられて、吉次屋敷の者が一様にきょとんとしたとか。 当の沙耶はその話を聞いて、大笑いをした上でにっこりと。 「私も皆さんと一緒に過ごす時間が短くなっちゃうのは嫌なので、行儀作法はまたにします。」 その笑顔に、義経一行が大いに満足したのは言うまでもない。 〜 終 〜 |