「その2、ちゃんと靴まで見ること。いいね?」






ヒールの靴っていうのはなんでこんなに凶器なのでしょう?

と、心から香穂子は思った。

何て言ったら日々、5cm以上のハイヒールで颯爽と出勤していく姉に鼻で笑われそうだ。

なんせ今の香穂子の足下を彩るパンプスはとてもハイヒールとは言い難い、3cm程度のもの。

なのに、この心許なさはなんなのだろうか。

(ブーツとかなら全然気にならないのに〜。)

華奢な靴に華奢なヒールがこんなに足に負担をかけると初めて知った香穂子としては最早泣き言しかでない。

とか思っていたら。

「あっ!」

「!」

今日すでに何度目かになる躓きに、隣から腕が出て支えてくれる。

そして同じく何度目かになる申し訳なさそうな視線を腕の主 ―― 柚木梓馬に向けて香穂子は言った。

「すみません。」

「はあ。お前、今日何度目だ?」

「えーっと・・・・5度目ぐらい?」

「7度目だ。」

「あはは〜。」

笑い声が白々しいのは自分でもさばを読んだ自覚があるから。

それを正確に読み取って柚木はもう一度ため息をついた。

「珍しい格好をしていると思えば、慣れないならやめておけばいいのに。」

「・・・・はい。」

柚木の至極もっともなお言葉に香穂子は微妙な表情で俯いた。

確かに今日の柚木とのお出かけの約束は別に改まった場所に行くわけでもない、ただのお買い物。

だったら慣れた格好でもかまわないと思うのが普通だろう。

でも、それでも。

履いてみたかったのだ。

いつもどちらかと言うとアクティブな格好が多い自分とはちょっと違う、ふわっとしたシフォン地のスカートとパステルカラーのブラウス。

足下にはブラウスと同じ色のパンプス。

髪も緩く結ってお嬢様みたいな格好で。

「香穂子?」

俯いてしまった香穂子が気になったのだろう。

素っ気ないように聞こえるがその実、酷く落ち着かない声で呼ばれて香穂子は顔を上げた。

目の前にいるこの人は、あまり意識してはいないけれど本当はお金持ちのお坊ちゃまというやつで(そんな事言ったら当分いじめられるから口が裂けても言えない)。

いつもの格好で街のショーウィンドウに映る姿を見る時、ほんの少し気になっていたことがあったから。

「・・・・ちょっとだけ、柚木先輩に似合う格好をしてみたいなって思ったんですけど、やっぱり似合わなかったですね。」

喉の奥が少し苦い気分を味わいながら香穂子はそう言った。

慣れないパンプス、慣れない格好。

柚木はけして似合わないとは言わなかったけれど、どうにも滑稽で自分で笑うしかないと苦笑を乗せようとした、瞬間。

ぐいっと手を引っ張られて。

「ひゃっ!」

また慣れない靴のバランスを崩しそうになったと思ったら、あっという間に柚木の腕に掴まらされていた。

「え?え?」

「おい、今日の行き先、少し変更するけどかまわないな?」

「は?べ、別にいいですけど?どこへ行くんですか?って、この格好でですか?」

話の流れに今一歩ついて行けないまま、柚木が歩き出したために腕に掴まるようにして歩き出してしまった香穂子はオロオロと柚木を見る。

それに対して柚木は真っ直ぐ前しか見ない。

がちっと視線を固定したかのように前だけ見て歩く柚木に何とか着いていきながら、「あれ、」と香穂子は首を捻った。

(柚木先輩、耳が赤い?)

なんとなく、ほんの少しだけれどそんな気がする、と思った時、ちらっと柚木の視線が動いて香穂子を見て。

「そういう背伸びをしたいなら、まず俺に相談しろ。」

「へ?」

「お前で遊ぶのは俺の特権だからね。」

「へ?はあああ??」

「さ、まずは靴から選びに行こうか。」

「ちょっ!?柚木先輩?一体どこからそんな話にーーー!?」

うろたえる香穂子を問答無用で引きずりながら柚木がぽつっと呟いた言葉は、はたして混乱する彼女の耳に届いたかどうか。

「―― お前の方が先に心臓に悪いことをしたんだから覚悟しておけよ。」





―― その後、散々柚木に高級な洋服店を連れ回されて遊ばれた香穂子は、当分背伸びなどしないと決めたのだとか。





                                             〜 終 〜










(後半の柚木は照れてるだけです・笑)