「世界で一番お姫様、
        そういう扱い心得てよね!」






向こうの世界で流行っていた軽快な歌を鼻歌で歌っていた千尋の声がふっと途切れて。

「まさか本当にお姫様になっちゃうなんて思ってなかったけどね。」

天鳥船のいつもの昼寝場所に現れた千尋がぽつっと呟いた言葉に、那岐は閉じていた目を片方開けた。

「何を今更。忘れてただけだろ。」

「まあ、そうなんだけど。」

実際千尋は中つ国という今はない国の姫として生まれ、姫として育てられていたのだから「姫になった」というより「姫であったことを思いだした」というのが正しい。

けれど異世界での生活が長かったのと、どうにも向こうで想像していた「お姫様」というものと自分の生い立ちが重ならないせいでどうしても実感がないのだ。

「お姫様、か。」

「末は女王様だけどね。」

「・・・・なんか響きが微妙だね。」

茶化した那岐の言葉に千尋は笑って乗った。

けれどすぐに抱えた膝に顎を置いて小さく息を吐く。

「お姫様って、綺麗に着飾ってて周りの人が大事にしてくれて、この世の中で自分が世界の中心みたいに思ってる人だって思ってた。」

「ただの甘ったれだね、そんなの。」

「うん。そうなんだね。」

感情のこもらない那岐の言葉に、千尋は弱々しく笑って頷いた。

その笑みに、ちりっと胸のどこかが痛んだ。

(どうせ千尋のことだから考えすぎてるんだ。)

真面目で少し融通が利かなくて、真っ直ぐで何事にも正面からぶつかってしまう千尋。

だからきっとこの世界にきて「姫様」と呼ばれる意味をもう理解して、背負い込んでしまった。

綺麗に着飾る意味、周りの人間が大事にする理由。

(・・・・そんなもの、いらないのに。)

壁に寄りかかったまま那岐は視線を千尋に滑らせる。

きっちりと結い上げられた金色の髪、好奇心旺盛な碧玉の瞳・・・・出会った時から何も変わっていない。

那岐にとっての ――

「♪せか〜いで いち〜ばんおひめさま〜♪」

調子っぱずれの千尋の声が耳をくすぐる。

世界で一番お姫様?

くだらない。

この豊葦原で千尋の事をお姫様扱いする奴らなんて、全部本当の意味で彼女を大切にすることなんてない。

そう、あの橿原の古い家で、千尋が過ごした時間のようには。

特別着飾らせたりすることもなかった。

特別傅いたりもしなかった。

それでも何よりも誰よりも大切に風早と那岐が護っていたあの時、千尋は確かに。

「千尋」

「ん?何?」

鼻歌を中断させられて千尋が気持ち不満そうにこちらを向く。

変わらない瞳は一体いつまで変わらないでいてくれるだろう。

(「世界で一番お姫様」なんてずっと昔から・・・・)

それ以上は恥ずかしすぎて考えるのをやめた。

かわりに口をついて出たのは。

「下手。」

「え・・・・って、酷いっ!」

途端に千尋から飛んでくる盛大な抗議をBGMに、那岐は一つ欠伸をして。





―― この世界はきっと千尋を本当の意味で「お姫様」にするだろうけれど、自分たちにとって・・・・否、自分にとってきっと千尋はどこまでいっても「世界で一番のお姫様」なんだと。





結局、そんなこっぱずかしいことを今更自覚してしまって那岐は苦虫噛みつぶしたような顔で目を閉じたのだった。






                                             〜 終 〜










(最初はギャグになるはずだった・・・・のに、なんで!?)