「わかったら、右手がお留守なのを
                 なんとかして!」






時代がめまぐるしく変わった中で、鈴花にとって一番大きく変わった物。

それは・・・・。

「・・・・なんだか心許ない。」

「ん?何が?」

鈴花の呟きに、隣を歩いていた平助が問い返してきた。

その姿を見返してまた小さな違和感を感じる。

それは先ほど鈴花が呟いた原因と同じことなのだが。

「?心許ないって格好が?」

「え?あ、ああそれもあるかも。」

頷いたのは、少しそんな気もしていたからだ。

というのも、今の鈴花の格好は世間一般で言うところの普通の女性の格好であり、ここ数年来していた男装ではないから。

「それもあるかもって事は、それじゃないんだ?」

相変わらず聡い平助に顔を覗き込まれて、鈴花は頷いた。

心許ない、違和感を感じる、その原因は女性の着物ではなくて。

「腰が、ね?」

「ああ。」

少し声をひそめてそういうと平助は得心したように頷いた。

おそらくは自分もそう思っている所があったのだろう。

今の自分たちには少し前まであったものが欠けているのだ。

少し前・・・・そう、新選組と呼ばれ京の街を駆け抜けていた頃の自分たちの腰に常に挿されていた二本差しが。

油小路の変の後、大石と決着をつけた鈴花と平助は早々にそれまで命を預けていた刃を手放した。

それは今までの時代への決別でもあり、新しい時代を迎える覚悟でもあったからだ。

けれど、手放してまだ余り間がないせいかどうしても違和感はぬぐえなくて。

「ずっと挿してたからね。」

「うん、だからなんだか変な感じなの。」

「俺も。左側が物足りないってゆうかさ。」

頷きながら鈴花は少し考える。

「私は、右手かな。」

「右?」

「街を歩く時は何か在ったらすぐ抜けるようにって身構えてたから右手が落ち着かない。」

そう言って鈴花は苦笑した。

二人が今暮らしている東京の街はあの頃の京とはまるで違って、活気に満ち往来を行き交う人の姿に二本差しの者はほとんどいない。

まだ治安の安定しない面もあるけれど、それでも日々命のやりとりを繰り広げていた事が嘘のようなそんな中でこんな事を考えていることが、妙に違和感を感じて。

と、その時、平助が「あ、じゃあそれならさ!」と明るい声を上げた。

「?へい・・・!?」

何を思いついたのか、と横をむきかけた鈴花の右手が、何気ない仕草で平助の左手に絡め取られて。

「え?な、何??」

くんっと引っ張られるような感覚に鈴花は驚く。

一応、鈴花と平助は夫婦というやつなので触れあう事は日常茶飯事だけれど、こんな風に外で触れられたのは初めてだったから。

けれど恥ずかしさで頬を染める鈴花とは反対に、平助は実に良い事を思いついたような顔で笑って言った。

「これからはさ、二人で出かける時は手をつなごうよ。」

「は?」

「だって鈴花さんは右手が落ち着かないんだろ?俺は左側が寂しい。だったらこれで万事解決じゃん。」

(いや、何が万事解決!?)

世間様の目とか、恥ずかしいとか色々問題は山積みな気がするんですけど!!、と心の中で叫んだ鈴花ではあったが、それが音になって出る事はなかった。

というのも。

「解決、だろ?」

勝ち誇ったように言う平助の左手に包まれた右手が、とても温かくて。

それはこの新しい時代にとても合っているような気がしたから。

「・・・・・・・・うん。」

「よし!」

頬を染めながらも頷いた鈴花の右手をしっかりと握りしめて、平助は満足そうに笑ったのだった。





                                           〜 終 〜










(明治でも手をつないで歩いてるカップルはいないと思うけど、平助と鈴花ならきっと・・・)