「お婿さんになってください！」 今日も今日とて、ばあんっと勢いよく執務室に飛び込んできた千尋の第一声に、忍人は口元を引きつらせて即答した。 「断る。」 「ええ〜！？これでもう３０回目ですよ！？」 ものすごく不満そうに顔をしかめる千尋に、忍人は頭痛を堪えるように額に手を当てる。 「その言葉はそっくりそのまま君に返す。」 「もう、忍人さんは強情なんだから。」 はあ、と何故か呆れたようにため息をついて、しかも堂々と近くにあった椅子に千尋は勝手に座る。 その様子を憮然としたまま見守りながら忍人は深いため息を一つついた。 「君の方こそ、もう諦めたらどうなんだ。」 「え〜！？嫌ですよ。何度も言ってるじゃないですか。忍人さんじゃなかったら、狭井君の選んだどこかの顔も知らない男の人と結婚しなくちゃいけなくなるって。」 「・・・・」 既に数ヶ月前に最初に聞いた言葉と同じ事を繰り返す千尋に、忍人はさっきとは違う意味で眉を寄せた。 そう、千尋が冒頭と同じ事を言って飛び込んできたのは数ヶ月前の事だ。 あの時、虎狼将軍と言われた忍人が肝をつぶす程驚いたのは忘れがたい。 なにせ、忍人と千尋の関係と言えば中つ国の女王と、その臣下の将軍という以上でも以下でもない関係であって、別に恋人でもなんでもなかったのだから。 それが部屋に飛び込んできて第一声『お婿さんになってください』だ。 驚かないわけがない。 しかし衝撃のあまり二の句が継げない忍人に続けて千尋が言ったのが先のセリフだったのだ。 すなわち、女王となった千尋には必然的に後継者を生み出す義務が生まれる。 故に結婚をしろと迫られて、顔も知らない男をあてがわれそうになったから、せめて知り合いで身分も釣り合いそうな忍人を選んだ、と。 ふいに、ずきっと痛んだ胸に忍人は千尋に知られぬように机の下で拳を握った。 そしていい加減繰り返し飽きてきた言葉を口に乗せる。 「だから言っているはずだ。君にはもっと相応しい相手がいるだろう。」 誰でもいいのなら。 続く言葉を口に出さなかったのは言ったらあまりにも惨めな気がしたからだ。 顔も知らない相手が嫌なのなら、道臣だっているし、少し問題はあるかもしれないがアシュヴィンだってかまわないだろう。 本来主である千尋の言葉に逆らうなど、臣下の自分には許されないかもしれない。 しかし、頷けなかった。 どうしても。 理由は至極単純だ。 数ヶ月前、初めて千尋が飛び込んできた時、自分でも信じられない程歓喜して、次の瞬間、絶望感に言葉を失った時に自覚した。 （・・・・愛しているから。） 他の誰でもない、自分だからと千尋に望んで欲しいと願ってしまったから、さしのべられる選択肢にすがりつけない。 そして今日も今日とて、痛む心に蓋をして不満顔の千尋を追い出す。 「お話が終わりましたら執務にお戻り下さい、陛下。」 「うう、忍人さんの意地悪・・・・」 どちらが意地悪なんだか、と心の中で抗議した忍人は気が付かなかった。 その一瞬、千尋の顔が僅かに苦しげに歪んだ事に。 「絶対、諦めませんからね！！」 「・・・・好きにすればいい。」 叫ぶ千尋を部屋の外へ出してパタン、と閉めた扉に背を預けて忍人は疲れたように顔を覆った。 ああ、もういっそ告げてしまおうか。 ・・・・否、気持ちがないからこそあんな事を言えるのかも知れない。 だとしたら告げてしまえば千尋の側にいままで通り仕える事は難しくなる。 八方ふさがりの恋心に、忍人は心底苦しげに息を吐いた。 「なんだい、またしょげかえってんのかい？」 忍人の部屋を追い出された千尋は、中庭でぼんやりとしているところに声をかけられて振り返った。 そして見慣れた姿を見つけて、眉を下げる。 「岩長姫・・・・」 「まーた、忍人に振られたのかい。」 「っ！やめて、泣きたくなるから。」 耳を塞ぐ千尋に岩長姫はやれやれとため息をつく。 「まったく、あんたも難儀だね。とっとと言っちまえばいいんだよ。あんたが好きだから婿になれって。」 「い、言えないよ！だって忍人さん、最初に言った時、すごい顔して固まっちゃったんだよ！？」 あれはちょっと忘れられないぐらいトラウマだった。 狭井君に縁談の話を出されて目の前が真っ白になるぐらい衝撃を受けた時、千尋の頭に浮かんだのはたった一人の人の姿で。 勢いのままに忍人の部屋まで走って叫んだ瞬間、あの冷静沈着な忍人が目を見開いたまま固まってしまったのだ。 「だから私が好きなんて言ったら絶対断られちゃう。」 そうなったらもう、忍人は絶対に一人の女の子として千尋を見てはくれなくなるだろう。 それが千尋には胸が潰れそうなぐらい怖かった。 泣きそうな顔をしている千尋に、岩長姫はやや呆れたように言う。 「そのわりには婿になれっていうのは言えるんだね？」 「だって、好きになってもらえなくても、側にいてくれるかもしれないって・・・・」 ずるい事を言っているとはわかっている。 （でも忍人さんは優しいから。私が困ってるって言えば、もしかしたらって・・・・） けれどそれも断られてばかりだ。 「・・・・そろそろ泣きたくなってきたかも。」 「やれやれ、難儀な子達だよ。」 唇をぎゅっと噛みしめて涙を堪える千尋の頭を軽く撫でて、岩長姫は苦笑した。 お願いだから早く気付いて！ ―― あなたが 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―― 好きなだけ ―― 君が 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〜　終　〜 （完全に言葉が足りなくてすれ違うパターンですね（＾＾；）３１回目のプロポーズではうまくいって欲しいです・・・とか言ってたらなんとリクエストが来て、後日、本になりました・笑）