「かっなでちゃーん!大好きーーーー!!!」

素晴らしく脳天気全開の馬鹿従兄弟の声にひくっと頬が引きつるのを感じる。

「うわあっ!あ、あ、新くん!?」

「えへへ〜。かなでちゃんってほんっとにちっちゃいし、柔らかいし、可愛いよね〜。」

「わわわっ!すりすりしないでー!」

先輩の困った声に、僕のチェロが僕の気持ちを代弁するようにギィッとものすごく軋んだ音で鳴った。

すまない、もう限界だ。

「新〜〜〜〜〜!!」

初見できちんと向かい合おうとしていた楽譜に謝罪をして楽器を置くと、僕は勢いよく立ち上がった。

「あれ?ハルちゃん練習するんじゃなかったの?」

わざとらしくニヤニヤしてみせるのが一層気に入らない。

だいたいなんでお前は先輩を抱きしめてるんだっ!

「お前が先輩を困らせるからだ!」

「ええー!?困らせてなんかないよ。ね?かなでちゃん?」

にっこりと笑いかけられて先輩は困ったように僕と新の顔を見比べる。

ああもう!そこできっぱり言ってやれば新だって少しは懲りるのに!・・・・と思うのは僕の本音であり希望だ。

実際には先輩は優しいから新みたいな奴を突っぱねられない。

それはわかってる。

わかっているけど、面白くはない。

どこの世界に、こ、こ、恋人を他の男に抱きしめられて嬉しい奴がいるものか。

「どう見ても困らせてるだろうがっ!」

ゴンッッッ!

「Aii!!」

口で分からない奴には鉄拳制裁だ。

そんなに思い切り殴ったつもりもないのに、いつものオーバーリアクションを新がしたおかげで先輩が解放される。

「先輩、こっちに来て下さい。」

「う、うん。」

ほっとした顔をしている先輩を呼び寄せて背中に隠すと新があからさまな涙目で睨んでくるのが鬱陶しい。

「ハルちゃんってば酷いよ〜。せっかくオレが仙台から遊びに来て遊んで−って言っても練習だって言うから、じゃあかなでちゃんと一緒に遊ぼうって思ったらそれは気にくわないなんて。」

「当たり前だ。お前は人の都合を考えなさすぎるだろう。」

「それだったらかなでちゃんを貸してくれたっていいじゃん!どうせハルちゃんが初見の曲を弾き終わるまではすることなかったんでしょ?彼女が遊びに来てくれてるのに、ほっときっぱなしなんて酷いよ。」

「ぐっ」

痛いところを突かれて言葉に詰まった。

確かに折角休日に先輩が朝から誘いに来てくれたっていうのに、家の手伝いやら練習やらで未だに出かけられないのは自覚していたからだ。

明日、アンサンブルで合わせる予定の曲の初見をしたいと言った僕の言葉に先輩が「じゃあ聴いてる!」と嬉しそうに頷いてくれたのに甘えてしまったのはいけなかったかもしれない。

そんなこんなやっているうちに、突然仙台から来た新が乱入してこの状態だ。

「あの、新くん?私は別に酷いと思わないよ。ハルくんのチェロが聴けるなら退屈なんかじゃないし。」

眉間に皺を寄せている僕と、涙目の新がにらみ合っている姿にオロオロと先輩が間に入ってくれる。

そんな先輩を見て新は・・・・おい、なんでそんなキラキラした目で先輩を見るんだ。

「かなでちゃん、なんて良い子なんだろうっ!決めた!もう絶対仙台に連れて帰る−!」

がばっと両手を広げて抱きついてこようとする(先輩が僕の背中にいるにも関わらずだ!)新に、迷わず手刀を繰り出した。

ゴッッ!

「Aii!!」

見事に額に決まった一撃に背中から「痛そう」と苦笑と一緒に呟く声がしたけど、気にしないことにした。

「ううう〜、暴力に頼るのはいけないんだぞぉ。」

「それは八木沢さんの受け売りか。」

「うんっ!」

・・・・なんでそこで誇らしげに頷く。

我が従兄弟ながら惚けた反応に思わず頭痛を覚えて眉間に手を当ててしまった。

「それにしてもさ、オレ心配になっちゃった。」

「は?」

よく言えば立ち直りが早い、悪く言えば落ち着きがない新の話題転換について行けず僕が顔をしかめると、新は僕越しに先輩を見て言った。

「ハルちゃんっていっっつもこんな感じなんでしょ?堅物で真面目でさ。かなでちゃん退屈させちゃってない?」

新の言葉にどくっと心臓が嫌な音をたてた。

相変わらず勘の良い新は常々僕が不安に思っていた事を言い当てる。

まったくもって腹の立つ話だけれど、先輩はとても人気がある。

夏の大会の時に先輩に興味を示していた人の中には、僕よりもずっと華やかな人も優しい人も面白い人もいたはずだ。

なのに、先輩は僕を選んでくれた。

でも僕は女性と付き合い慣れているわけではないし、特別先輩を喜ばせたり楽しませたりしてあげられるわけでもない。

だから、ふとした瞬間に不安になったりする。

・・・・先輩は、僕でよかったんだろうか、と。

そんな思考にとらわれて、僕が沈みかけた時だった。

「そんなことないよ!」

思わぬ力の入った声に、僕も新も驚いて先輩を見る。

と、先輩はまるで子どもみたいに両手を拳に握って背の高い新を挑むようにじっと見つめて。

「だって!」

―― ああ、なんだろう。

期待と不安で鼓動が五月蠅い。

思わず胸に手を当てた僕の前で、先輩の唇が躊躇いもなく言葉を紡いだ。










「私、ハルくんが大 ―― もごもごっ!?」










直球で「好きです」










「・・・・すみません。それは今度二人の時にお願いします。」

―― 僕の真っ赤になった顔に爆笑する新に、3度目の鉄拳を落とす余裕は残念ながらなかった。










                                            〜 Fin 〜










(ハルも直球で言いそうですが、今回はかなでちゃんに言ってもらいました)