秋の日溜まりはお昼寝をするのに丁度良い。 とはいうものの。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 目の前の光景に日野香穂子は呆然と魅入っていた。 (これでもあり得ない光景っていうのには慣れてるつもりだったんだけど。) なにせここ2年程で音楽の妖精なんて得体の知れないものに関わった身の上だ。 ちょっとやそっとの事で驚くような神経の細さではやっていけなかっただろう。 が、しかし、その香穂子にとっても今目の前にある光景は意外そのものだった。 というのも。 「・・・・スー・・・・・・・・」 秋の昼下がり、誰もいない屋上の一角でフェンスを背に気持ちようさそうに寝息をたてているのは衛藤桐也だったのだから。 (寝てる人がいると思った時は志水くんかと思ったのに・・・・) 一学年下の後輩である志水は学内どこでもお昼寝場所に変えてしまう強者なので、たまたま譜読みをしようと思って屋上に来て音楽科の制服を見かけた時に彼だろうと思ったのだ。 それで秋とはいえ外で寝たら風邪をひくと声をかけようとして上がってきたら、この事態。 「・・・・まさか、桐也くんだったとは。」 びっくりだ。 香穂子にとっては桐也も年下になるが、志水と違って桐也はあまり隙がない印象が強い。 ぶっちゃけあまり年下という気がしないのは、出会った時からやたらと堂々としていてまるで悪びれない性格のせいだろうと思う。 だから桐也が今年の春、音楽科の真新しい制服を着て入学してきた時など違和感のあまり、笑い出してしまったほどだ。 (・・・・あの時は怒られたよねえ。) そんな事を思いだしてまだ眠っている桐也を見れば、いつの間にか違和感の無くなった制服姿に少し笑みがこぼれた。 「なんか寝てると少しは年相応って感じ。」 起こさないように笑いを堪えながら、香穂子は桐也の前にしゃがみ込んだ。 フェンスに預けられた頭とちょうど同じぐらいの位置に合わせて、覗きこむ。 (うわ、よく見るとまつげ長いっ!髪もさらさらだ〜。) 男の子って意外と素材が綺麗だったりするよね、としみじみと辿りながらスースーとやたらと気持ちよさそうな寝息をたてる唇に目が止まった。 (桐也くんって意外と唇薄いよね。) 何気なくそんな事を思った瞬間。 『―― 香穂子』 (わっっ!) 不意に甘い声が蘇って、香穂子は一人であわあわと顔を覆った。 (な、なに思い出してるんだかっ。) 一人で限りなく恥ずかしい事をしているような気がして、香穂子ははあ、とため息をついた。 そしてことんと首を傾けて改めて桐也の寝顔を見つめる。 こうやってじっくり観察する事は少ないけれど、その意外に薄い唇の温かさを香穂子はもう知っている。 額に触れるとくすぐったい髪の感触も。 今は床に投げ出されている指が愛しげに触れてくれる事も。 「・・・・ふふ。」 胸の中一杯に溢れた温かい想いに、自然と笑みがこぼれた。 結構マイペースで、いつもふりまわされてばっかりだけど。 ちょうどその時、ふっと風が吹いて桐也の髪が頬へかかった。 「あ」 なんとなくそれをどかそうと手を伸ばして。 触れる直前、何故かふと口にしたくなったのは何故だろう? わずかな声量で 「桐也くん・・・・大好き。」 ―― 「俺も」という答えと共に手を引っ張られた香穂子が、桐也の腕の中に転がり込むのは、このすぐ後のことだった。 〜 Fin 〜 (お昼寝桐也。もちろん、香穂ちゃんが来た時から起きてますよ♪) |