謀に長けた貴方に否応無しに突きつけてやりたかった。





「っ、、の、ぞみさ・・・・んっ」

切れ切れの弁慶さんの声が耳に届いて、その声にぞくっと背中が震える。

ああ、男の人が女性の甘い吐息を聞いたらこんな気分になるのかもしれないなんて頭のどこかで考えながら、引き離そうとする腕を避けて襟を掴んだ。

弁慶さんが先生みたいに長身じゃなくてよかった。

そうでなかったら。

「っ、はっ・・・・!」

つま先立ちしても唇には届かなかっただろうから。

「なにを・・・・」

少しだけ離れた隙間で、弁慶さんが信じられないものでも見るように私を見下ろす。

その瞳に一欠片も繕った驚きがない事に酷く満足した。

だっていつも弁慶さんの瞳には、私に向かって作った何かがあった。

初めて会った時 ―― 否、初めて時空を渡る前はそれが何なのかわかりもせずに、ただ不思議な違和感だけを覚えていたけれど、今なら知ってる。

私に向かって持っている複雑な感情を。

ザアアアッッ・・・・

雨の音が耳についた。

雨宿りしようと走っていたんだっけ、とふと頭を掠めたけれど、すぐにそんな事はもう無駄だと気が付く。

だって私も弁慶さんももうびしょ濡れだから。

色素の薄い弁慶さんの髪に滴が伝って零れ落ちるのを、どこか切ない気持ちで見つめた。

今、この時、弁慶さんは目の前にいるのに。

生きて、いるのに。

胸を突いた衝動に、私はつま先だってまた唇を重ねる。

「!」

焦点が合わないほど間近で見開かれた目に、一瞬苦痛が見えた気がした。

―― 多分、それは見間違いじゃない。

幾多巡った時空のどこかで出会った弁慶は、望美に向かって言った。

『僕は、貴女が・・・・好きでした、』

過去形でそれを紡いで、満足そうに笑って・・・・二度と息をしなかった。

「っ!」

胸を貫かれるような痛みを誤魔化すように角度を変えて、唇を重ねる。

雨で冷えた体の中で、唇だけがやけに熱くて。

「望美さんっ!」

「!」

不意に力ずくで弁慶さんに引き離された。

咄嗟に顔を見るのが怖くて、俯いた。

掴まれた肩が痛いけれど、そのおかげで胸が痛い事が少し誤魔化される。

「どう・・・・」

どうして?

そう、聞けばいいのに、弁慶さんは言わなかった。

そのことに、私は自嘲気味な笑みを浮かべる。

聞けばいいのに「どうしてこんな事をしたんですか」って。

でも、弁慶さんは聞かない・・・・そう聞いてしまって私が答えるのを恐れているから。

だって、弁慶さんは。

「―― 帰りましょう。」

―― もう、選んでしまっている。

未来ではない、贖罪の道を。

(ああ・・・・)

どこまで追いかければこの人を捕まえられるのだろう?

ザアアアァァ・・・・

雨が降り続いてる。

濡れて冷えていく体の中で、唇と繋がれた手だけが確かな体温を伝えて。










思わぬ形で伝わってゆく











―― どうか、触れた全てから、この謀に長けた人を狂わせるぐらいの想いが伝わるように祈った・・・・











                                       〜 終 〜










(望美ちゃんは既に時空数週目と思われます。いつまで経っても弁慶が前向きになってくれないので思いあまってって感じでしょうか。)