不覚、というのままさに今の自分の事を言うんだな、とその日、藤堂平助は情けない気持ちで思っていた。

これが斬り合いや稽古の時ならある意味では自分らしい。

まあ、斬り合いで不覚を取ろうものなら即座に命に関わるが。

しかし今の自分は命には関わらないが、自尊心はなかなかに瀕死に近い。

というのも・・・・。

「・・・・。夏風邪なんて、ゴホッ!ゲホッ!」

そう、只今新選組八番隊隊長は戦場でも道場でもなく布団の上で、夏風邪という病と格闘中だった。

(これが夏風邪じゃなきゃまだよかったのにさ。)

いくら京の町で鬼の集団と恐れられている新選組隊士といえど人間なのだから病にぐらいかかるわけで、ただの風邪だったらこれほどへこんだりしない。

ただ、問題は夏、というところ。

何故なら夏風邪は。

『おめえが夏風邪とは意外だったよな−!』

『そうだぜ。左之ならまだわかるってもんだけどよ。』

『そうそう俺なら・・・・って何言ってやがんだ!新八!!』

『へっ。まあ平助が夏風邪ってのはおめえだって意外だろ?』

『あ?まあな。だってよ、夏風邪っちゃあ』

『『馬鹿がひく』』

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

ついさっき来た、お見舞いなのか喧嘩売りに来ているのかわからない永倉と原田の言葉が脳裏に蘇って平助は無言で口元を引きつらせた。

夏風邪は馬鹿がひく・・・・紛れもない迷信には違いないのだが、それでもなんだかあの二人に言われるととっても傷ついた気になるのは何故だろう。

はあ、とため息をついて平助は引きつった口元を薄い掛け布団に埋めた。

途端に出る咳がうっとうしい。

熱が出ている感じはないが、どうにも体が重いあたりをみるともしかしたら微熱くらいはあるのかもしれない。

「ほんと、不覚・・・ゴホッ。」

平助がため息と咳を一緒にはき出したちょうどその時。

「平助君、起きてる?」

「!鈴花さん?」

障子の外から遠慮がちにかけられた声に平助はぴくっと跳ねた。

見れば障子にこの新選組の屯所で一人しか持ち得ないどこか丸みのある影が映っている。

「ご飯とお薬持ってきたけど食べられそう?」

気遣うような声に胸の奥がじんっと熱くなる。

さっきの永倉&原田の無礼攻撃をくらった後にはよけいに。

「うん、大丈夫だと思う。入っていいよ。」

「じゃあ失礼します。」

了承の言葉と共に障子が音もたてずに最小限開いて、するりと鈴花が入って来た。

その無駄のない動作に平助は思わず見とれる。

普段は男所帯で果敢に戦っている鈴花ではあるが、一時江戸の藩邸で行儀見習いをしていただけあってこういう僅かな仕草がびっくりするほど洗練されていたりする。

・・・・もっともそれに気がついたのはわりと最近の話なのだが。

「?どうかした?」

「な、なんでもないよ!」

思わず魅入ってしまっていたのに不思議そうに問いかけられて平助は慌てて首を振った。

「それならいいんだけど・・・・。あ、おかゆ作ってきたから。」

「ありがとう。」

差し出された小さめのお盆には柔らかく湯気を立てる小さなおかゆの椀が乗っていて、なんだか見ているだけで少し嬉しくなった。

「鈴花さんってこういうところは女の子だよね。」

「・・・・それ、褒め言葉だよね?」

なんだか微妙、と顔をしかめる鈴花に平助はははっと笑った。

本当は普段から色々な所で彼女は女の子らしい気遣いを見せてくれているのだが、あまりそれを言われるのを好まない事を知っているのだ言わないだけだ。

「それにしても大丈夫?平助君が風邪なんて珍しいよね。」

「う。鈴花さんまで夏風邪は馬鹿がひくなんて言わないでよ?」

思わず先に釘を刺してしまうと、鈴花は一瞬驚いた顔をして、それから苦笑した。

「言った人は想像つくわね。」

「・・・・なら傷ついた俺の気持ちも分かって・・・・」

「うんうん、よーくわかったから。早く元気になって見返してやろうね?」

心底同情したように肩を叩かれて情けなく苦笑してしまう。

その時、あれ?というように鈴花が首をかしげた。

「平助君、顔赤くない?」

「え?」

そう言われて平助は慌てた。

(か、顔に出てた?)

ここで「何が」かを問うのは野暮というもの。

いや、別に大丈夫なはず、と自分に言い聞かせている平助の前で鈴花は眉をひそめた。

「なんだか朝ご飯持ってきた時より赤い気がする。もしかして熱出てきた?」

「え?ああ、なんだそっち?」

「そっちって他に何かあるの?」

「いやいやいや、ない!ああ、うーん、ちょっとだるいぐらいなんだけど。」

突っ込まれては困る方向から慌てて話を戻して平助は言った。

その答えに鈴花はますます表情を曇らせる。

「だるいって事はやっぱり熱あるんじゃない?」

「さあ、どうかな。自分ではよくわかんないんだよね。」

自分で分かるほどの熱なら問題だけれど、自分でわからないくらいなら大丈夫だろうと平助は軽くいなした・・・・つもりだった。

けれど、鈴花の方は同意見ではなかったらしい。

酷く心配そうな顔で平助を見て、それから。





「それなら私が計ってあげる。」





爆弾発言をしてくださった。

「へ・・・・?」

「さ、平助君。おでこ出して!」

「おでこって・・・・はあ!?」

おかゆのお盆を脇においてずいっと身を乗り出してきた鈴花が何をしようとしているのかを悟って平助はぎょっとした。

「ちょ!す、鈴花さん!いいから!別にいいから!」

「良くない!熱があってもっと酷くなるようならお医者さん呼ぶから!」

「いや、そこまでじゃないって、絶対。」

だから大丈夫!と頭を隠そうとする平助の仕草が悪い事に(?)鈴花には具合が悪いことを隠そうとしているように映ってしまったらしい。

「もう、お医者さんが怖いなんてことはないんでしょ?子どもみたいだよ?」

「え、そ、そんなんじゃないけど・・・・」

「じゃあ、なんで嫌なの?」

「それは・・・・」

―― 君に触れられるとドキドキするから。

(なんて言えるわけないだろ!!)

自分で自分に突っ込んで、ううっと呻く平助に鈴花は困ったような顔をしてそれからぽつり、と。

「・・・・平助君が心配なのよ。」

普段の鈴花からは想像も付かないような、どこか心細そうな声にぎくっとして平助は固まった。

もちろん ―― その隙を見逃す鈴花ではない。

「とういわけで、ちょっとごめんね!」

「へ・・・・わぁっ!」

不意を付かれたせいで目を瞑る暇もなく鈴花の額がこつん、と平助のそれに合わされる。

刹那 ――

ふわっと薫ったのは男では持ち得ないどこか甘く感じる香りと。

合わされた額から伝わる熱。

どくん、どくん、と胸の真ん中から太鼓でも打つような鼓動にクラクラした。

あまりにも近くて焦点もぼけるほどだから鈴花が目を閉じている事ぐらいしかわからないけれど、それでも初めて間近で見る鈴花の肌の白さが目に焼き付いて。

今手を伸ばしたらきっと無防備に抱きしめられる、と麻痺した頭が考えて手が動きかけたその時。

「・・・・やっぱりちょっと熱あるね。」

唐突に鈴花が離れ、そう言われて平助ははっとした。

見れば鈴花はお盆をまた平助の近くに置いて立ち上がった所で。

「私、何か冷やせるものと山崎さんを呼んでくるから、それまでにおかゆ食べてお薬飲んでおいてね。」

わかった?と、まるで弟に言い聞かせる姉のような物言いに平助は呆然と頷く。

それを確認して満足そうに頷くと、鈴花は来た時と同じように綺麗な所作で障子を開けて滑り出て行って・・・・。





ぱたん、としまった障子をややしばらく眺めていた平助は、鈴花の気配が廊下から消える段になって ―― もう耐えられないとばかりに、ずるずると布団に沈み込んだのだった。





動悸・息切れ・微熱





(悪化したら絶対、鈴花さんのせいだからね!)





                                           〜 終 〜










(治らない分質の悪い恋煩い・・・障子の外の廊下では鈴花ちゃんも「きゃー(///)」となってます。)





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私のヒノエくん(だんなさま)はプレイボーイです。

甘い言葉のレパートリーや数知れず。

思わせぶりな仕草から女の子顔負けの色っぽい視線まで自由自在。

おかげさまで恋人になる前も、その後も振り回されっぱなし・・・・

・・・・だったんだけど





「ヒノエくん?まだ怒ってる?」

「おかしな事言うね。オレは最初から怒ってなんかないぜ。」

声だけ聞けばいつも通りの返事に望美は何度目になるかわからないため息をついた。

(怒ってないならなんでそっぽ向きっぱなしなの!)

心の中で叫んで睨んだのは、望美が帰宅してからずーっと向けられっぱなしのヒノエの背中だった。

(・・・・確かにちょっと遅くなったんだけど。)

今や熊野別当の奥方となった望美は覚えることが色々あるので忙しい毎日を送っている。

そんな中で息抜きがてら京へ遊びに行っておいで、と送り出してくれたのはヒノエだった。

最初は遠慮した望美だったが、朔から是非会いたいと手紙が来たこともあって出かけたのが四日ほど前の事。

朔の顔を見て一日ぐらいの滞在で帰ってくる予定だったのだが、京で鎌倉から帰ってきていた九朗や弁慶に会ったりしているうちに少し遅くなったのだ。

(それでも手紙は出したし、伝言頼んだ烏の人にも言っといたのになあ。)

なのに、帰ってきた望美を待っていたのはヒノエの背中だった。

もっとも望美としてはヒノエが両手を広げて待っていてくれなかったからといって、別に落ち込んでいるわけでも怒っているわけでもないのだ。

ただ、ちょっと驚いて呆れているだけで。

と、言うのも。

「・・・・京、楽しかったなあ。」

ちらっとヒノエの背中を見ながら望美はわざとそう呟いた。

途端に、ヒノエの背中が強ばった・・・・気がした。

もちろん、近隣に「読めない、やり手」として知られている熊野別当はあからさまに反応したりはしない。

しないけれど、望美とて戦場を駆け抜けてきた戦女神である。

ちょっとの気の変化ぐらいすぐにわかるわけで。

「朔も元気だったし、景時さんも相変わらず色々発明して見せてくれたし。九朗さんと久しぶりに手合わせしたらちょっと鈍ってる気がしたのは気になったけど。
ああ、それから弁慶さんも変わらなかった・・・・」

「・・・・姫君。」

望美の言葉を遮るように発せられた声は普段のヒノエからは考えられないような不機嫌全開で。

ヒノエにばれないように望美は零れそうになった笑みをかみ殺した。

望美にとってヒノエはずっと女慣れした余裕のある人だった。

どんな逆境でも笑って見せる気概と度量を持っていて、何にも振り回されずに意志を貫ける人。

だから、恋人になってからもやきもちを妬いたり困ったり落ち込んだりするのは自分だけだと、どこかで望美は思っていたのだけれど。

(・・・・でも)

最近は、ちょっと違う。

望美は一言発したきり何も言わないヒノエの背中を見つめて悪戯っぽく微笑むと。

「えいっ!!」

勢いよくその背中に抱きついた。

「わっ!?」

予想外の事態だったのか、驚きの声を上げたヒノエがぐらっと揺らぐ。

そしてそのまま、二人で床にすっころがって・・・・。

「〜〜〜、望美!」

「ヒノエくんが悪いんだからね。実力行使。」

望美をかばうような形で仰向けに倒れたヒノエの抗議に覆い被さった望美は悪びれもせずに胸を張る。

その仕草にしばし言葉を失った後、ヒノエは苦笑に近い笑いを浮かべた。

「悪いのはオレ?」

「そうでしょ?ずっと怒ってるし。」

「違うな。悪いのは望美のほうだろ。」

言葉とは裏腹にどこか甘い声でそう言ってヒノエは望美の頬を包むように手を伸ばす。

何日かぶりに感じたヒノエの体温に知らず知らずに望美は頬が緩んだ。

と、思ったのも束の間、頬を通り越して首にかかった手が望美を引き寄せる。

「!」

体制を崩してヒノエの胸に抱き寄せられて望美の視界はヒノエの着物で一杯になってしまう。

その耳に届いたのは。





「・・・・オレと離れてたのに平気な顔して帰ってくる望美が悪い。」





という、拗ねたような一言で。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

危うく笑い出しそうになるのをなんとか堪えた。

ヒノエのこんな風な声を聞くようになったのは最近のことだからまだ慣れない。

こんな ―― プレイボーイでも、余裕綽々でもない、等身大のヒノエの本音。

だから望美はトクトクと鼓動が聞こえる胸に額を寄せて、心の中だけで笑った。

(余裕のあるカッコイイヒノエくんも大好きだけど・・・・こんなヒノエくんのほうがもっと好き、とか言ったらどんな顔するかな。)

惹かれたのは度量の深さと優しさ。

でも。

「・・・・あのね、ヒノエくん。」

胸からたどるように顔を見上げれば、いつものヒノエの顔が目に入る。

でも、その表情がいつもよりちょっと幼く見える気がするのは・・・・きっと気のせいではないから。

(まだこんな顔も隠してたなんて、ずるい。)

甘い言葉で翻弄されて、真剣な眼差しに惹かれて、素の表情に心を奪われてる ―― なんて思っている自分はきっと。





重症、つける薬なし






「私もヒノエくんに会えなくて寂しかったよ。」

そう言ってした口づけが、甘い甘いものになったのは言うまでもない。





                                              〜 終 〜





(ぐだぐだ、とか言わないように(^^;)女たらしが素を出すのは卑怯だと思います)





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―― 正直、大概にしてほしい、と思いながらナイトメアは万年筆をくるりと回した。





最早、告白あるのみ





うずたかく積まれた未決済の書類の影で働き通しだった万年筆を手の中で遊ばせてナイトメアはため息を一つついた。

そして片目しか使うことを許されていない瞳を書類の向こうに投げる。

そこには右と左に分かれてなにやら忙しそうに立ち働く一人の少女と一人の青年の姿。

二人ともナイトメアにとっては側近であり同時に友人でもある二人は非常に真面目に書類の確認やら分類やらをやってくれている。

けれどいかにも仕事がはかどりそうな環境に、ナイトメアはうんざりした顔をした。

その表情の向けられる先は未決済の書類ではなく、その向こうにいる二人。

くるり、と万年筆が回って指す先で。

書類を分類していたアリスの動きがふっと止まる。

(・・・・また、だ。)

ナイトメアと違いアリスとグレイは人の心の中など読めない。

二人とも悲しいぐらいに積み上げられた書類の影で珍しくナイトメアが決済に集中していると思っているのだろう。

だから。

・・・・アリスが肩越しに振り返る。

その視線はナイトメアを通り越して、アリスにとっては真後ろに居る男の背中へ向けられた。

伏し目がちに、すべるように。

誰にも見られていないと思っているからこその行動なのだろうが、不意に聞こえたアリスの心にナイトメアは苦笑する。

(『こんな乙女思考、らしくない』って?思考どころか、表情だけで十分甘いよ。)

ほら。

口角を上げて見やった先でアリスが微笑む。

振り返らないグレイの背中を見つめて、少し切なそうに。

でもとてもとても甘い微笑みを。

―― くるり、と万年筆が回る。

それだけの僅かな間でアリスはグレイに再び背を向けると、自分でも少し苦笑して、それから何事もなかったかのように仕事に戻った。

その姿を書類越しに見ながらナイトメアは未決済だった書類にめんどくさそうにサインを一つした。

(・・・・ねえ、アリス。)

君は知らないだろうけど、グレイはかなり腕の立つ武人で他人の気配とか視線とかにはやたら敏感に出来ているんだよ。

心の中でそう呟いて、ナイトメアは右の決済済みの僅かな書類山に新しいそれを重ねる。

その視界に ―― さっきまで背を向けていたはずの男の横顔が入った。

いつのまに振り返ったのかは知らないが、どうせいつものようにアリスが視線を逸らしてすぐなのだろう。

アリスと違って見ても全然面白くないのでナイトメアは書類の山の陰に頭を引っ込める。

どうせ、いつかうっかり見てしまった時のような顔をしているのだろう。

未決済の書類におざなりに目を通しながらナイトメアは呆れたように目を細めた。

―― グレイに見つからないように彼を見て幸せそうに微笑むアリス。

―― その視線が反れてから必ず振り返ってアリスを見つめるグレイ。

その間にある感情なんて、端から見たら笑ってしまうぐらいハッキリしているのに、どうしてお互いには見えないのだろうというのが今クローバーの塔最大の謎だ。

(・・・・まあ、そのうち気がつくんだろうが・・・・)

心の内でそうぼやいてナイトメアは手元の書類にサインをすると決済済みの方に重ねるべく手を持ち上げて・・・・。

その書類越しにうっかりグレイの顔を見てしまった。

未だにアリスの背中を見つめていたグレイの顔を。

アリスと違ってグレイの思念は聞こえない。

今はきっとそれほど邪念が入っていないのだろう・・・・けれど。

(・・・・顔が甘ったるすぎて吐きそうだ・・・・)

くるり、と万年筆が回る。

ああ、きっと今堰をしたら120%吐血するなあ、とぼんやり思いながらもこみ上げてきた堰にナイトメアは大きく息を吸い ――





「げほっ!ごほっがふっ!!」

「「!!!ナイトメア」様!?!!」





見事に血に染まった書類とグレイとアリスの悲鳴を聞きながら。

(・・・・何でも良いから、とっとと告白でもなんでもして、よそでいちゃついてくれ!!!)

・・・・と、心の底から思ったナイトメアだった。





                                              〜 END 〜





(グレアリは自覚があるんだか、ないんだかわかんないバカップルです(^^;))





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恋の重荷も苦ではない





(うっわー・・・・怒ってる・・・・)

口まで上掛けをかぶせた状態で上目遣いに寝台の横に座る忍人の顔を見上げて千尋は内心呻いた。

厳しく戦場で戦う姿から忍人はよく冷たいと思われがちだが元来彼はポーカーフェイスというわけではない。

忍人自身が意図的に感情を殺そうとしているわけでないかぎりは、わりと雰囲気に出る性質だ。

そんな彼が枕元でビシッと眉間に皺を刻んで腕組みしていかにも「不機嫌です!」と言わんばかりのオーラを垂れ流していたら、それはもう怒っているとしか言いようがない。

中つ国の王になる前からおなじみの葛城忍人固有技「説教」の時と同じ構えに千尋は気持ち上掛けの中に潜り込んでしまう。

(で、でも別に今回はそんなに怒らせるような事した覚えは・・・・)

普通に毎日の政務を実に勤勉にこなしていただけだ。

(遊びに行ったりもしてなかったし、勉強もしてたし。)

思い返してみるに真面目だったはずだ。

休みを取ったらと何度か言われたけれど、別にすることもないからと仕事をしていたほどに。

まあ、今朝になって目眩がして朝議で倒れたのは完全に予想外だったけれど。

(朝議で倒れるなんて体調管理がなってないよね。)

王が臣下の前で倒れたりすれば臣下は後の事を考えて不安を覚えるだろう。

そう言うことも考えずに仕事をしてしまったのが軽率だったかも、と千尋が自己分析を行っていると千尋が倒れたという報を聞いてこの部屋に飛んできて以来、怒りモードのまま黙っていた忍人が口を開いた。

「・・・・過労だそうだ。」

「へ?」

「君が倒れた理由だ。さっき遠夜に聞いた。」

もはや王付きの主治医とイコールになっている土蜘蛛の青年の名に千尋はなるほど、と頷く。

ゆっくり休めば直る、とさっき遠夜が言っていたのはその事だったのか、と。

けれど忍人は千尋が納得したような顔をしているのを見てますます眉間に皺を刻んでしまった。

(え、な、なにかまずかった?休めば直るんならいいと思うんだけど・・・・)

雷が落ちるかと、思わず千尋は身構える。

そして。

(〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)

一向に落ちてくる気配のない雷に千尋はあれ、と反射的に瞑っていた目を開けた。

と、その途端、再び視界が闇に覆われた。

「!?」

目の上に触れる感触から忍人が手で塞いだんだとわかって千尋は目をしばたかせる。

その耳にぽつり、と忍人の声が落ちた。

「・・・・俺は何も知らなかった。」

「?」

「君が休みもなく働いているなど聞かされていなかった。」

その言葉の意味だけ拾って千尋はああ、と頷く。

「だって忍人さん、ここのところ治安を護る軍と戦のための軍を分けたりとか、小競り合いがあって遠出をする事になったりで忙しかったでしょ?」

「だから休みも取らず働いたのか?」

忍人の言葉に千尋は頷いた。

もとより、千尋が数年間を過ごした異世界と違い娯楽の少ない橿原で休みを過ごすとなると千尋はもっぱら忍人と過ごしていた。

けれどそんな訳で忍人が忙しく過ごしているのに一緒にいたいとも言えず、どうせやることがないなら二人で時間が取れる時のために仕事でもしようと励んだのだ。

・・・・と、千尋にとっては無理のない理論展開(?)だったのだが頭上からはため息が一つ。

「宮で顔を合わせた時も疲れたような事は聞かなかったが。」

「え?だって忍人さんの方が忙しいのにそんな事言ったら心配かけ・・・・」

るから、と続く予定だった言葉は。

強引にかぶせられた忍人の唇に飲み込まれた。

「!?」

触れるだけで離れていった口づけに千尋が目をまん丸くしていると、その目を覆っていた掌がどかされて。

蒼玉の瞳に映る漆黒の青年は酷く釈然としないお怒りモード。

けれど、次に忍人が紡いだ言葉に千尋の瞳はさらにまん丸くなる羽目になった。

「君は必要以上に遠慮しすぎるきらいがある。臣下や他の者達にそう接するのは君の美徳だが・・・・俺にまでそんなに気を遣われるのは心外だ。」

「え・・・・?」

まん丸く、まん丸くなった千尋の瞳に映る僅かにそっぽを向いた忍人は怒っていると言うより。





「俺にだけはもう少し甘えていいと言ってるんだ!」





怒ったようにぶっきらぼうに。

でも少し赤くなった頬を見て初めて ―― 千尋は忍人が「怒っていた」わけではなく「拗ねていた」んだと知ったのだった。





                                         〜 終 〜





(恋の重荷ってなんだろう、とうんうん考えた結果、重荷がない事がご不満な将軍になりました)





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キスの副作用





「香穂子?」

自分で思っていたよりも低い声に、桐也の口に手を当てていた香穂子がびくっと肩を振るわせた。

ダイレクトに息がかかったせいもあるのだろうが、それ以上に今の行動を責められたと思ったのだろう。

実際、桐也の機嫌は真っ逆さまに下降中だ。

(でも、普通そうなるだろ。)

キスの手前でストップなんかかけられたら。

心の中でそう呟いて桐也は未だに右手を桐也の口の前にかざしたまま俯いて固まっている香穂子をじっと見つめた。

2つ年上の恋人は他の事では(特に音楽関係)びっくりするほど度胸と大胆さをみせて周りを驚かせるくせに、恋愛ごとに関しては意外に照れ屋な事を桐也はこの半年ほどで学んでいた。

人目のあるようなところで触れようとすれば恥ずかしがって逃げるし、キスなんかしようものなら恥ずかしさを通り越してしばらく拗ねられたりする。

でも、今は違ったはずだ。

今日一日、一緒に練習して遊んで香穂子の家の前まで送ってきた時、周りに誰もいなかったから、「じゃあね」と言った香穂子の名前を呼んで、別れの挨拶のキスのつもりで顔を傾けて・・・・そこでストップ。

「・・・・香穂子?」

「あ、えっとその・・・・」

もう一度、プレッシャーをかけるように名前を呼べばかなり気まずそうに香穂子が呻いた。

その様子が酷く困っているように見えて、桐也の不機嫌な心の真ん中がちくっと痛む。

「何。嫌なの?俺とキスするのが。」

するっと滑り出した言葉に香穂子がビックリしたように顔を上げた。

「え!?ち、違うよ!」

「じゃ、この手何?」

「あぅ・・・・」

勢いよく首を振られてホッとしたのも束の間、また俯かれてしまった。

困ったのは桐也だ。

「別にキスが嫌な訳じゃないんだよな。で、人もいなかったけど、なんで止めたわけ?」

「・・・・」

返ってきた沈黙に桐也はため息を一つついた。

香穂子が強情なのはよく知っている。

(このままだとらちあかないし・・・・実力行使な。)

こそっと心の中で舌を出して、桐也は俯いた事で丁度良い位置にあった香穂子の額に唇を寄せた。

「!!なっ!?」

ちゅっと音を立ててやればバネ仕掛けの人形なみの反応速度で香穂子の頭が跳ね上がる。

その顔に向かって桐也はにやっと笑って言ってやった。

「理由。言わないならもっとするけど。」

「も、もっと!?」

「ああ。言いたくないなら言わなくてもいいけど、言ったらやめてやるよ?」

そう言いながら、目元にキスをすると香穂子がぎょっとしたような顔をして。

「ご、ご、ご、ごめん!言います!言うから!」

「よし。」

言質を取った桐也が鷹揚に頷くと香穂子は一瞬ほっとした顔をして・・・・それから微妙に桐也から視線を外して呟いた。

「だって・・・・から」

「?聞こえない。」

「う・・・・だって」

「だって?」

促すように繰り返せば、香穂子は言葉に詰まった。

詰まって、そして覚悟を決めたように一つ息を吸って。





「だって、桐也君とキスすると寂しくなるから!!」





「は?」

見事一息で言い切った香穂子を見つめて桐也はぽかんとした。

「なにそれ、どういう意味?」

「・・・・普通のキスは好きだよ。でも別れる前のキスは寂しいから。」

言いながら自分でも恥ずかしくなってきたのか、段々香穂子の顔が赤くなっていく。

「その、キスして別れるとね・・・・その後もずっと桐也君の事考えちゃうから困るんだよ。星奏に来たら毎日一緒に帰れるのかな、とか。でも女の子に人気出ちゃいそうだな、とか。
・・・・えっと・・・・そんなしょうもない事を考えてしまうわけで・・・・だから、お別れの挨拶のキスはちょっと・・・・・・ぎゃっ!?」

ぽつぽつと語っていた香穂子の最後のところが色気もへったくれもない悲鳴に変わったのは、桐也がいきなり抱きしめたからだ。

「なっ、なっ」

何するの!?と叫びかけた香穂子の耳に届いたのは、さっきまでとはうってかわった上機嫌な声。

「あのさ、それではいそうですかって聞いたら、俺は相当バカとだよね。」

「へ?」

「なあ、香穂子?」

くくっと漏れる笑いを滲ませながら桐也は少し間を開けて抱きしめた香穂子を覗き込む。

額が触れるほどに近づいたその顔は、香穂子が言葉を失うほど嬉しそうで。

でもその表情が見えたのはほんの一瞬のこと。

すぐに悪戯っぽい笑みにそれは溶けて。

「これからは絶対するからな、別れ際にキス。」

「は!?ちょっ、私の話聞いてた?」

「聞いてたに決まってる。だから、さ」





「会えない時でも俺の事、考えててよ。」





―― 「だから、それが!」という香穂子の抗議は、桐也の唇に甘く溶けた。










                                        〜 Fin 〜





(前にも桐也がキスを阻止されるシチュを書いたような・・・・しょっちゅうごめん、桐也(汗))





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