Auf die Wange Wohlgefallen, 〜 ハル×かなで 〜 秋の気配を感じさせる心地良い風が吹き抜ける森の広場の一角で。 (・・・・あれだけ言ってもダメか。) 水嶋悠人は心の底から頭を抱えたくなった。 というのもすべて、目の前の木の根元に座っている人のせいだ。 確かに風が涼しくなってきたとはいえ、まだ日差しは夏のこの時期、木陰にいるのは一番心地良い事は悠人も認める。 ただ涼んでいるとか休憩しているとかいうのであれば、むしろ喜んでその隣に加わっただろう。 しかし。 しかし、だ。 目の前の木陰に座っている小日向かなでは・・・・よりによって、すいよすいよと寝息を立てて実に気持ちよさそうにお昼寝の真っ最中なのだ。 (この間、あんなに言い聞かせたのに!) 先輩は女性なんですから無防備に寝ているなんて言語道断です!と叱った事が記憶に新しいだけに、悠人としては脱力感を感じずにはいられなかった。 (・・・・まあ、言ってすぐに変わるような人じゃないか。) どこかでそんな諦めが生まれてしまうのは、彼女の幼なじみである先輩が思いの外口うるさくいろいろ言っているにも関わらず、かなでのマイペースが今の今まで維持されているせいだろう。 一応、人通りのあるあたりではなく、少し反れた木に道を背にするようにして寝ているあたりがもしかしたら悠人の言葉を気にしてくれたのかも知れない。 「気を遣い所が根本的に間違っているんですけどね。」 はあ、とため息をついて悠人は側に相棒のチェロをケースごと置いてかなでに向き合う。 そして起こそうとして伸ばした手は ―― かなでに触れる直前に止まってしまった。 悠人の手が伸びたのを察知した訳でもないのだろうが、眠っているかなでの表情が幸せそうにふにゃっと緩んだからだ。 良い夢を見ているのだろうか、緩んだ表情は寝ているはずなのに起きている時のかなでの幸せそうな顔を連想させた。 とくん、と悠人の心臓が音をたてる。 悠人はかなでの幸せそうな顔がとても、とても好きだ。 真夏の向日葵みたいに全開の笑顔も、全国大会に優勝した時に見た涙ぐんだ綺麗な顔も。 忘れられないかなでの表情が次々に胸に溢れて、堪えきれなくなってため息をはきだす。 (こういうのを無防備っていうんですと言ったはずなのに。) この夏、あれほど輝いて見せたかなでに惹かれた人間は悠人だけではなかったはずだ。 それなのに、こんなに無防備に寝顔をさらして・・・・。 「・・・・先輩が、悪いんですからね。」 口に出して呟いた言葉は少し言い訳めいていて自分でも呆れたけれど、気がつけば手はかなでの髪へと伸びていた。 (言ったはずです。) 指先に絡む柔らかい亜麻色の髪の感触に、どきどきと鼓動が早まる。 髪に触れられたのがくすぐったかったのか、もぞもぞと動く仕草がまるで子どものようで。 「―― 破廉恥な悪戯されるかも知れないって、警告はしましたからね。」 ぽつっと、風に攫われてしまうほど小さく囁いて。 ふっと、かなでの顔に木陰以外の影がかかる。 かかっていた髪をささやかにどけて、悠人の唇が触れたのは。 ―― かなでの頬で。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〜〜〜〜〜〜」 触れるというより掠めるに近い時間だけ触れて悠人は跳ねるようにかなでから離れた。 ばくばくと鳴り響く自分の心臓の音でもしかかなでが起きてしまうのではないか、と一瞬本気であり得ない事を考えたけれど、そっと振り返ったかなではやっぱりまだ夢の中。 「〜〜〜〜〜・・・・はあ。」 (・・・・わかってましたけどね。ここで起きるような先輩じゃないって。) 安堵7割、不満3割の微妙な気持ちをもう一度ため息にのせてはき出して、悠人は鞄から楽譜の束を取り出した。 眠り姫がキスで起きないのなら、もうその夢の守人になるしかないと諦めて。 そよそよと木陰に風が吹き、すうすうとかなでの寝息が聞こえる。 その安らかな音色を聞きながら、悠人は無意識に唇に指をのせ・・・・。 熱くなった頬の熱を誤魔化すように、譜読みに没頭し始めたのだった。 頬なら厚意。 (「厚意」というより「好意」・・・・ダジャレか!?・汗。ちなみにこの話、コルダ3部屋の「日だまりとお説教の輪踊曲」の後の話です。) |