ロリコン疑惑!?






秋、収穫が終われば農村は穏やかな空気に満ちる。

収穫が多ければなおのこと皆喜びの笑顔になり、年貢を納めに来る者達も穏やかな顔をしているものだ。

春日山でそんな年貢を納めに来た者達の様子をうかがっていたかすがは、その列の中にどうも冴えない顔を見つけた。

常であれば誰よりも明るい笑顔を振りまいている銀蒼の髪の少女、いつきを。

「いつき。」

「あ、かすが姉ちゃん。」

何となく癖でいつきの周りにいた者達がいなくなるのを待って声をかけると、いつきはぱっと顔を輝かせて良かった探してただよ、と笑った。

「探してた?私をか?」

「うん!ちょっと聞きたい事さあって。だから上杉の領地の仲間に頼んで一緒に連れてきてもらっただ。」

そう言えばいつきの村は紆余曲折の末、今は伊達領だったはずだ、と思いだしてかすがは己のうかつさに苦笑する。

どうもいつきはあっちこっちの農村で必要をされているせいか、日ノ本の色々な場所に出没するので忘れていた。

「私に聞きたい事とはなんだ?」

「それはその・・・・」

そう言って珍しく言いよどむいつきにかすがは、内心おや、と首をかしげる。

「ここでは言いにくいなら茶屋にでもいくか?」

「え?でもおらそんな小遣いねえだよ。」

「かまわん。行くぞ。」

「あ、ちょっと待ってけれ!」

さくさくと歩き出したかすがの後ろをいつきが慌てて追いかける。

そのちょこまかとした足音を聞きながら、かずがはこっそりと笑った。





しばし後。

街道筋にある茶屋に腰を落ち着けた所で再びかすがはいつきに聞いた。

「それで聞きたいこととは?」

「う、うん・・・・」

かすがに遠慮をするなと言われて頼んだ団子に満面の笑みでかぶりついていたいつきは、そう問われて少し表情を曇らせた。

「その・・・・おら、最近変なんだべ。」

「変?」

深刻そうな様子でそう言うのでかすがは思わず眉を寄せる。

「体調でも悪いのか?」

「うん。胸が痛てえんだ。」

「何!?」

心の臓が痛いなど何か深刻な病気なのでは!と青くなるかすがだが、それに気づいた様子もなくいつきは可愛らしい眉間に小さな皺を寄せて団子をかじった。

「あと、やたらどきどきするだ。」

「動悸か!?」

「ほっぺたや体が熱くなったりもするだ。」

「熱まで!?」

それはもしやひどい病気なのではないだろうか、とにわかにかすがは焦り出す。

もう頭の中では上杉領でもっとも腕の良い医者リストが展開されていたり、それでも駄目なら忍びのつながりで秘薬を・・・・とまで考えているあたり、同郷の佐助が見たら「妹馬鹿なお姉ちゃん状態だね」と笑われそうだ。

が、しかし、心配なものは心配。

ましてこの小さな雪ん子が不調を押してまで自分を頼ってきてくれたとあらば、応えなくては女が廃る。

というわけで、かすがは至極真面目に病気であれば必ず確認しなければならない事を口にした。

すなわち。

「いつき、それはどんな時に起こるんだ?」

その問いにいつきは一瞬きょとんっとした顔をして。

それからどこか困ったように顔をゆがめて言った。





「政宗と一緒ん時。」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

目を見開いて、非常に間抜けな声を出してしまったかすがを誰が責められようか。

しかしかすがの様子には気がつかないのか、いつきは言葉を続ける。

「前は全然平気だったんだべ。抱っこされんのも好きだったし、頭撫でられるのも嬉しかっただ。政宗の膝の上さ乗っかってると兄ちゃんみたいでちょっとくすぐったかったけど、でも温かくて大好きだったんだ。」

その時の事でも想いだしているのだろう、いつきは鳶色の瞳を嬉しそうに細める。

見ている者さえ思わず微笑んでしまいそうなほど優しいそれは、しかしすぐに陰ってしまって。

「・・・・でも近頃、胸さ痛くなるんだべ。政宗に頭撫でられると前はそれだけでよかったのに物足りねえみてぇになるし、膝の上さ乗っけられるとほっぺた熱くなって逃げたくなるんだべ。」

おら、なんか病になったんだべか?と大きな鳶色の瞳にうっすら涙をためていつきはかすがを見た。

その瞳を見つめ返しながらかすがは深々とため息をついた。

「病だな。間違いなく病だ。」

「ええ!?」

がーん、と絶望的効果音が付きそうな顔をするいつきの頭にかすがは手を伸ばす。

くしゃっと撫でればいつきが戸惑ったように、それでも子猫のように目を細めた。

「いつき、私ではどうだ?」

「え?」

「頭を撫でられて胸が痛くなったり物足りなかったりはしないだろう?」

「う、うん。」

「でも撫でられると嬉しいか?」

「うん!」

姉ちゃんのこと、大好きだもん!と屈託のない笑顔で返してくる少女を見てかすがは少し嫉妬を覚える。

目の前の少女ではなく、今まさに彼女を捕らえんとしている隻眼の青年に。

だから少し意地悪い気分で付け足してやる。

「それなら寂しい時は私の所へくるといい。苦しい思いをさせる独眼竜のところになどいく必要はないだろう?」

「え・・・・」

途端に曇る顔に予想していたとはいえ、かすがは苦笑い。

ここで納得するようならまだ取り返しはついたのだけれど。

「おら・・・・」

困ったように目を泳がせるいつきの髪をもう一度くしゃっと撫でてやる。

「私の事は好きか?」

「うん!大好きだべ!」

「同じ村の者の事は?」

「大好きに決まってるべ!」

「竜の右目は?」

「小十郎さ?大好きだ!」

「独眼竜は?」

「だ・・・・」

無邪気な笑顔が朱に染まる。

それは紛れもなく子どもではなく・・・・女の顔。

「だい・・・・」

「嫌い?」

「違うだよ!」

政宗を嫌いだなんて絶対にねえ!とぶんぶん首をふるいつきにかすがは笑った。

「それなら問題ないじゃないか。」

「え?」

「お前が奴を嫌いで側にいたくなくなった、というなら叩きのめしに行ってやるが、側にいたいならお前の好きにすればいいんだ。」

「でもおら・・・・」

「今まで通りでいいんだよ。今のお前がしたいようにすれば、そのうち独眼竜が病の直し方を教えてくれるだろう。」

「だども、嫌われたりしないだか?」

「独眼竜がお前を嫌うなど、私が謙信様を裏切るぐらいありえない。」

あまりにもきっぱりとした断言にいつきはくりっと目を丸くした。

そして次いで、解けるように顔一杯で笑って。

「かすが姉ちゃん!」

「なっ!」

低い机を飛び越えて抱きついてきたいつきをかすがはかろうじて受け止める。

「かすが姉ちゃん、ありがとな!おら少しだけわかった気がするだよ。」

「それはよかったな。」

ぎゅーっと抱きついてくるいつきをよしよし、と撫でながらかすがも微笑む。

その顔を見上げていつきは笑った。

「おら、なんだか政宗に会いたくなっただ!」

「なら行ってやるといい。どうせしばらく行っていなかったんだろう?」

「うん!ありがとうな!」

ぱっとかすがから離れると笑顔で礼を言って勢いよくいつきは駆け出す。

二本の喜びを表す耳のようにぴょこぴょこ動くのを見送りながら、かすがは小さくため息をついた。

(あの勢いで独眼竜の所まで行ってどうなるか見物だな。)

『抱っこされんのも好きだったし、頭撫でられるのも嬉しかっただ。』

いつきの言葉が蘇る。

彼女はまったく意識していなかったようだが、かすがにしてみればあの戦場で血とギリギリの命のやりとりを求めて戦う伊達政宗という男がそんな事をしているとはまったく想像もできなかった。

まさかあの独眼竜が実は無類の子ども好き、などというのは冗談としても誰にも受け入れられないに違いない。

だとするなら・・・・要するに、いつきだけが以前から彼にとっての「特別」であるという事で。

(・・・・病、酷くなるかもしれんな。)

煽ってはみたものの、恋煩い×恋煩いが正常にもどるとは考えにくい。

もしかしたら奥州では季節外れの大雪でも降るかも知れないな、と考えながらかすがは一人残っていたお茶をすする。

そして ―― ややあってぽつり、と呟いたのだった。





「・・・・しかしそういう趣味だったんだな、独眼竜。」






                                           〜 終 〜





(かすが初書き・・・・口調が難しいです(^^;)でもかすが&いつきは好きvv)





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反則だろ!?





近頃、米沢城は異様な緊張感に包まれていた。

ちなみにここで注目すべきは「異様」という点だ。

米沢城は目下戦国乱世を躍進中の奥州筆頭、伊達政宗の居城であるからして戦を前にした緊張感が城を包む事は多々ある。

なので、緊張感自体はさほど珍しい事ではない。

けれど今回は周辺諸国も落ち着いているし、伊達軍が動くような時期ではないので戦の緊張感ではないのだ。

では何故「異様な緊張感」かというと・・・・理由はもっぱら城主である政宗の放つこれでもかとばかりの不機嫌オーラのせいだったりする。

「・・・・政宗様・・・・」

「んだよ。」

今日も絶好調(?)に不機嫌オーラ垂れ流しで文机に向かっている政宗に、小十郎は小さくため息をついた。

「城の者達が怯えておりますぞ。」

何がとは言わなかったが、本人にもそれなりに心当たりがあったのだろう。

ぴくっと肩を揺らして政宗の筆が止まった。

と同時にじわり、と増す不機嫌オーラに小十郎は一瞬身構える。

しかし怒り出すかと危惧した事は杞憂に終わった。

終わったが。

「・・・・・・・・・・・・・・・・HAA・・・・」

ややあって主のはき出したため息に小十郎はぎょっとした。

それもそのはず。

竜の右目と称されるほど政宗との絆の深い小十郎であっても政宗がこれほど落ち込んだようにため息をついた姿など初めて見たのだから。

伊達政宗と言えば諸国に聞こえた剛胆無頼な独眼竜。

それがこんなに萎れているなどどこの誰が信じるだろう。

だが実際に今目の前にいる政宗は間違いなく苛立ち萎れていて。

そしてその原因は・・・・。

「・・・・いつきが顔を見せなくなってしばらくたちますな。」

覚悟を決めて小十郎がその言葉を口にし途端、めきっと政宗の手の中にあった筆が悲鳴を上げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・AH?」

どす黒いオーラと押し殺したような声のすさまじさたるや、幾多の戦場を駆け抜けてきた小十郎でさえちょっと逃げ出したくなる程で、背中を冷や汗が伝ったことは気がつかなかったふりをした。

「収穫も終わっているでしょうに、いつきが顔を出さないと城内の者も寂しがっておりましたが。」

「・・・・」

「それまではよく顔をだしておりましたからな。それが一月ほど前からぴたりと止めば皆訝りましょう。」

「Hey・・・・何が言いたい。」

うかつな事を言ったらその六爪流の餌食になりそうな程、剣呑な声に小十郎は一つ息を飲む。

が、ここは問いたださないわけにはいかなかった。

「政宗様、よもやいつきに何かなさいましたか?」

決死の覚悟で小十郎が口にした問いに。

政宗はひくっと口元を引きつらせて、次の瞬間力一杯叫んだ。

「何もしてねえっ!!」

「は?何もしていないんですか?」

「What!?するわきゃねえだろ!?」

否定に思わず目を丸くした小十郎に政宗が、があっと牙をむく。

が、小十郎の方はどこかホッとしたように胸をなで下ろし。

「それは良かった。てっきり政宗様が我慢できなくなっていつきに無理強いでも強いたのではないかと。」

「てめえ、己の主を何だと・・・・」

ひくひくと口元を引きつらせる政宗だったが、小十郎は気にせず首をひねった。

「ですが、そうだとするならいつきは何故現れなくなったのでしょうな。」

「・・・・んなこったぁこっちが聞きてえよ。」

「心当たりはないのですか。」

「Ah〜・・・・」

小十郎に聞かれて政宗は呻いた。

いつきが姿を現さなくなってしばらく、自分でも何かしたのではないかと最後のいつきが来た日の事を回想していたのだが。

「look sheself。変わったことはしてねえ。」

あの日、いつきが最後に顔を出した日、いつものように彼女は美味しい野菜が出来たと城を訪れて政宗の所へも顔を出してくれた。

遊びにきただよ〜、と銀青のお下げを揺らして顔を出したいつきに我ながら呆れるぐらい頬が緩んだのを覚えている。

「あいつが顔を出したから入っていけって招いて、いつも通り膝の上に乗っけて、いつも通り頭に顎乗っけて、相変わらずちっせえ体だな、と思って。」

「・・・・政宗様」

小十郎が呆れた様な声を出したが政宗は回想に浸っていて気がつかない。

思いだしているのはご無沙汰になっているいつきの軽さと温かさだ。

年の割には小さくて細い、けれどお日様を抱きしめているのではないかと思うほど温かいいつきの感触。

「ぐりぐり頭撫でたりもしたが、んなのいつもの事だしなあ。」

いろんな事を伝えようと一生懸命話かけてくるいつきが可愛くて、髪をかき回して怒られるのもいつもの事だった。

・・・・ただ。

(そういやあ)

ふっと、政宗の脳裏にあの日のいつきの見慣れない表情が掠めた。

あの日、いつもどおり髪をかき回した時いつきは。

その大きな目を一瞬ゆらした。

戸惑ったように、驚いたように・・・・そして一欠片、悲しそうに。

けれど今の今まで思い出さなかったほどその変化は一瞬で、すぐにいつきは口を尖らせて「ひどいべ」とそっぽを向いた。

「なんであんな顔すんだ?」

思いだした記憶が腑に落ちなくて政宗が首を捻る横で小十郎が深くため息をついた。

それが妙に気に障って政宗は己の右目を睨み付ける。

「んだよ、小十郎。」

「いえ。」

「言いたい事があるならとっとと言え。」

「言いたい事というか、少々いつきに同情致しました。」

「What?同情だと?」

「はい。政宗様、私もつい忘れがちですが、いつきはもう十二なのですよ。」

「I see。んなこたぁ、言われるまでもねえよ。」

何を言ってやがる、といぶかしむ政宗をよそに小十郎は訳知り顔で頷いた。

「十二ともなれば早い者はもう縁談がくる年でしょう。」

「Ah?」

ぴくっと政宗の剣呑さに研きがかかるのを感じて小十郎は内心苦笑した。

「女子は瞬く間に成長するということですよ。」

「HA?」

小十郎が言いたいことがわからず政宗は眉間に皺を寄せる。

―― ちょうどその時だった。

遠くから急にざわめきが聞こえ小十郎と政宗は顔を廊下に向ける。

「何かあったのでしょうか。」

「さあな。」

騒がしいが殺気もなにも感じないので物騒なことではないだろうと政宗は文机に片肘ついて顎をのせた。

その時。

ざわめきの中からぱたぱたと軽い足音が耳に飛び込んできて。

「!」

はっと政宗が身を起こしたのは、その音に聞き覚えがあったからだ。

ここしばらくまったく聞いていなかった、この城では異色な足音。

軽やかなそれは迷うことなく一直線に政宗の部屋に向かってきて、そして。

「政宗!!」

がらっと障子を引き開ける音と共に飛び込んできたのは、しばらくぶりに見る銀青の雪ん子だった。

「いつき?」

ここしばらくの空白と、この行き成りの訪問にあまりにもギャップがありすぎて思わず幻ではないかと訝って政宗は名を呼んだ。

「あ、お邪魔しますだ。急に来ちまって邪魔じゃなかっただか?」

思いの外礼儀正しいいつきらしい挨拶に政宗は拍子抜けする。

どうして来なかったのか、とか聞きたい事はあったはずなのに返せたのはただ「いや・・・」という恐ろしく中途半端な答えのみ。

けれどいつきの方は気にした様子もなく政宗の前までとことこと歩いてきた。

しばらくぶりに見るいつきはどこかからか走ってきたのか、少し髪は乱れ息が弾んでいた。

「お前、どっから来たんだ。」

「え?春日山から。」

「What!?」

けろっと答えられて政宗は目をむいた。

春日山と言えば上杉領でもありとても近いとは言えない距離だ。

けれどそんな事は問題ではないかのようにいつきはにっこりと笑った。

「かすがねえちゃんに相談にもってもらっただ!」

「かすがって、あの忍びかよ。」

嬉しそうないつきの様子に政宗の胸に釈然としない思いが去来する。

俺に会いに来なかったのにわざわざ上杉の所へ出向いてたのか、とか完全に嫉妬じみた考えをかろうじて口から出さない様にしている政宗の視界の端に小十郎が部屋からこっそり出て行く姿がうつった。

妙な気を遣いやがって、と内心苦く思っているといつきがずいっと一歩踏み出した。

「でな!」

「ああ。」

頷いて政宗はいつきに視線を合わせる。

そして ―― 反射的に息をのんだ。

目の前にいるのは確かにいつきで。

なのに・・・・いつも無邪気に輝いていた鳶色の瞳はどこか深みをもって政宗を射貫いた。

視線を真っ直ぐに合わせてくる所は何も変わらないけれど、その瞳には以前と決定的に違う何かが宿っていて。

「おら、わかったんだ。」

銀青の髪に光が反射してやけにまぶしい。

なすすべもなく目を細めることしか出来ない政宗の視線の先で、いつきは破顔した。

艶やかに、鮮やかに。

ドクンっと大きく鼓動が跳ねた。

(・・・・嘘だろ?)

ずっといつきの事は可愛い妹分のように扱ってきた。

童にするように親愛の情を込めて。

少しずつそれでは物足りなくなっていく己の気持ちに気がついていたものの、まだいつきは子どもだからとそれには気がつかないふりをして。

なのに。

「政宗、おら・・・・」

銀青のお下げが揺れる。

少しだけ不安げに視線が揺れる。

―― ああ、一体いつの間に彼女は・・・・

呆然と、ただ彼女を見つめるしかない政宗を見つめていつきは高らかに告げたのだった。





「おら、政宗が大好きだ!」





                                                 〜 終 〜





(いつきちゃんは真っ直ぐに告白しそうです。でもって筆頭がどきゅーんっと打ち抜かれるのです・笑)





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狼になりきれない





据え膳・・・・それは男の浪漫。

特別に思っていない女性であろうともそんな姿を見せられたら、手を出さずにはいられないというほどに魅力的な状況であろう。

それがもし意中の女性であるならばその魅力は倍どころの騒ぎではない。

某軍神と忍のごとく周囲に大輪の薔薇が咲き誇っているような気分になること請け合いだ。

・・・・ただし。

据え膳には応用編がある。

据え膳(応用編)・・・・それはまさに。

(・・・・今の俺?)

そこまで思考して、政宗は口元を引きつらせた。

自分としては苦笑を浮かべたつもりであったが、それがただ口元が引きつっただけなのが自分でもわかる。

だがそれもまあ、仕方が無い事かもしれない。

ここで据え膳(応用編)の実例を見てみよう。

その一、普段多忙な奥州筆頭である政宗が久しぶりに時間を気にせずにゆっくり出来る日。

その二、暖かい日差しの降り注ぐ快適そのものな自室の縁側。

その三、周囲には誰もいない。

その四、愛しい少女と二人きり。

・・・・ここまではまさに据え膳。

だが応用編は次がひと味違うのだ。

すなわち。





その五、愛しい少女は、

「・・・・・・・・・・すー・・・・・・」

熟睡中。





「・・・・・・・・・・・ha・・・・」

自分の膝を枕に気持ちよさそうな寝息をたてるいつきに再度目を落として、政宗はため息を吐いた。

(またずいぶん気持ちよさそうに寝やがって。)

思わず呆れるほどにいつきはすいよすいよと良く寝ている。

(・・・・確かにfine dayだがな。)

政宗は軒先越しに降り注ぐ日差しに目を細める。

最近、周囲の情勢が落ち着いているおかげか今日は荒くれ者が多い城もとても静かで、この日差しと合わせれば睡眠効果は抜群だと認めざるを得ない。

「でもなぁ・・・・寝るか?普通。」

問いかけを落としても返ってくるのは寝息ばかり。

その年よりも幼く見える寝顔に目を落として政宗は小さく肩をすくめた。

(・・・・寝るか。こいつなら。)

自分の問いかけに対して自分で答えを出してしまうのはいつもいつきが兄に懐くように自分に接していることをよく知っているせいだろう。

故に、ため息がもう一つ。

「あんまりdefenselessだと襲うぞ、このやろう。」

そう呟いたところで、ふっと悪戯を思いついた。

思いつきのままに政宗が手を伸ばしたのは、いつきの高めに結われた髪。

根本と先っぽで結われている紐を外してしまえば、どことなくウサギを連想させる髪がふわり、と崩れた。

(意外とsoftなんだよな、いつきの髪は。)

農作業に精を出す農民にしてはいつきの髪はまるで手入れされているかのように柔らかだ。

きらきらと日差しをはねる髪を一房指ですくって口元に引き寄せる。

(これぐらいならいいよな。)

と、心の中で呟いたのは誰に対してか。

唇に触れた髪は指に触っていた時よりさらに柔らかく感じて、心の甘い目眩をもたらす。

起こさないように髪を戻した指を、そのまま眠るいつきの頬に滑らせた。

指に伝わる自分とはまるで違う感触。

思わず口元を緩ませていると、「うーん・・・・」とむずがるような声と共に、ぺいっと手を振り払われてしまった。

「おいおい、そりゃねえだろ、baby。」

こどもっぽい仕草に小さ吹き出しながら乱れた髪を少し梳いてやる。

と、その行為はお気に召したのかいつきが政宗の手に少しすり寄った。

その時、偶然にいつきの唇が政宗の手を掠めた。

「っ!」

咄嗟の事にどくんっと跳ね上がった鼓動に政宗は息を呑む。

触れたのは一瞬の事で、すぐにいつきは仰向けに戻ってすうすうと寝息を立てている。

けれど。

僅か触れた柔らかさが、政宗の鼓動を狂わせる。

まるで操られるように寝息をこぼす唇に指を伸ばした。

紅もさしていない淡い色の唇のはずなのに、何故か酷く鮮やかに見えて。

小さな唇をなぞった指は振り払われなかった。

「・・・・Hey、my dear。本気で、襲っちまうぜ?」

警告の意味をなさないほど小さな声での呟きは鼓動に溶けた。

軒先から差し込む日差しが政宗の影でいつきの上から追い出される。

ほんのりと日向の匂いがするのは日差しの抗議ではなくて、この雪ん子の匂いなんだと頭のどこかでぼんやり感じた。

すうすうと寝息が聞こえる。

まだ触れた事のないその唇に触れたら、俺は一体どうなっちまうんだろうな、とどこかで考えながらも止めることなど考えも付かなかった。

ただ吸い寄せられるように体を傾けて・・・・。

吐息が感じられそうな程、近くにきた刹那。

―― いつきの唇がふわっと緩んだのが目に映った。

そしてその唇が朧気に紡いだのは。





「まさ・・・むね・・・・」

「っ!!」





がばっとのけぞった時、いつきと一緒に後ろにひっくり返らなかったのは奇蹟だと思った。

それぐらいの勢いで飛び退いてしまった政宗は、どっどっどっとさっきとは違う方向でフル稼働中の心臓をなだめながら膝の上の雪ん子に目を向ける。

そこには・・・・相変わらずふにゃふにゃと幸せそうに眠るいつきの姿。

軒先から零れる日差しは相変わらず穏やかで、縁側は心地よい静寂と温かさに満ちている。

ほんの僅か前と何も変わらない光景・・・・違っているのは。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ahhh、shit)

「coolじゃねえぜ・・・・」

赤くなった竜一人。





据え膳・・・・それは時として男の試練である。





                                                  〜 終 〜





(筆頭がヘタレすぎてすいません・・・・)





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英語であそぼ!





「政宗、その・・・・お願いがあるんだけども。」

おずおずといつきがそう切り出してきたのは、政宗の執務が一段落ついた時の事だ。

自分に関しては酷く欲がないいつきは「お願い」など滅多に言う事はない。

いくら甘やかしてやりたくて欲しい物やしてほしい事を聞いても「なんにもねえ。おら、今が幸せだ。」と笑う少女のお願い。

これが張り切らずにいられようか。

実際、のほほんっとお茶をすすっていた政宗は張り切った。

もっとも表面には出さないが。

「wish?言ってみな。」

「聞いてくれるのけ!?」

「of course。で?何が欲しいんだ?」

例え今すぐ南蛮のお菓子を取り寄せろとか言われても叶える気満々でそう言った政宗に、いつきは首を振った。

「ううん、何か欲しいわけじゃねえんだ。」

「what?じゃあ何なんだ?」

「教えて欲しい事があんだべ。」

元気溌剌!のいつきにしては珍しく「もじもじ」という効果音が似合いそうなためらった様子に、政宗は首を捻った。

(teachしてほしい事?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いや、それはねえだろっ!!」

「うぉわなんだべ!?」

「sorry、なんでもねえ。」

・・・・一瞬、大人のイケナイ想像が入り交じってしまった伊達政宗、齢ハイティーン。

けれど、さすがにそれはないにしても、この様子でいきなり明日の天気とかは聞かれないだろう。

「で、何をteachしてほしいんだ?」

いい加減、体に悪い気がしたのでさっさと内容を聞く事にした政宗に、いつきは少し怪訝な顔をしながらも・・・・すぐに照れくさそうに言った。





「あのな、異国語で「大好き」って何て言うだ?」





ちょっぴり言いにくそうに、でもどこか嬉しそうに。

照れくさそうでいて、小さな花が咲き開くようなそのいつきの笑顔には、さしもの独眼竜の心臓も跳ねあがらずをえなかった。

(hey・・・・これってのはアレだよな。love storyにありがちな。)

直接的な言葉を使うのは恥ずかしいから、他の言葉で伝えたい・・・・みたいな、なにやら某軍神と某忍の周りをキラキラ舞っているアレが舞飛ぶシチュエーションが政宗の脳内で展開される。

が、一瞬後、頭のどこかで冷静な自分の声がした。

(いや、待て。俺以外の相手に言うんだったらどうする。)

もちろん、速攻でmagnum stepの餌食に決定だ。

と、結論は出ているもののこれは探りをいれなくては、と政宗は非常にさりげなくちょいちょいっといつきをいつものように膝に呼んで言った。

「教えるのはかまわねえが、相手に意味がつたわらねえと意味ねえんじゃねえか?」

「それは大丈夫だべ。きっとわかると思うだよ。」

大人しく膝の上に乗ったいつきが頷くのを見て、政宗は内心よし、と頷く。

この時代、全国広しといえど異国語を解する人間はそうそう多くはない。

さらにいつきの身のまわりとなれば自然と絞られるわけで・・・・。

「OK。教えてやるよ。大好きってのは、「I Love You」ってんだ。」

「あいらぶゆ?」

上手く聞き取れなかったのか、片言な発音に政宗はにっと笑う。

「I Love You。」

「あいらぶゆー」

「大分良くなってきたぜ。」

「へへ。」

くしゃっと頭を撫でられて、いつきはくすぐったそうに笑った。

「そっか。あいらぶゆーって言うんだべな。政宗、ありがと!」

「You are welcom。で?いつ使う気だ?」

言外に、今すぐここで言ってもかまわないんだぜ、という響きが交じったのは政宗の完全な願望だったのだが。

いつきはぱっと顔を赤くすると、うーんと考え込んだ。

「そうだべなあ。早いほうがいいんだべか・・・・」

え、マジ?と声に出なかったのは比較的奇蹟だ。

政宗の片目が期待たっぷりに見つめている事に気づいているのか、いないのか、いつきは照れたように「えへへ」っと笑う。

「いっつも心配してくれてっし。」

(yes。お前は目を離すとどこ行くかわからねえしな。)

政宗はうんうん、と内心頷く。

「おらに優しくしてくれるし。」

(んなの当たり前じゃねえか。)

「・・・・きっともうすぐ来てくれるべ。」

「そうだぜ。もうすぐ・・・・もうすぐ?」

政宗が展開に合わない言葉を拾った、その時だった。

「失礼致します。政宗様、そろそろ休憩時間も終わりですぞ。」

すっと障子が開かれて、小十郎が顔を出した。

その途端。

「小十郎さ!」

ぱっといつきが顔を輝かせたかと思うと、するっと政宗の膝の上から抜け出した。

そして一直線に小十郎の元へ。

(what?)

驚く政宗の前で小十郎の前へ辿り着いたいつきに小十郎が笑いかける。

「なんだ、ここにいたのかいつき。」

「うん!政宗の休憩にお邪魔してただよ。」

「すまねえな。いつも政宗様のお相手をしてくれてありがとよ。」

「と、とんでもねえだ!おらが遊んでもらってるんだべ!」

慌ててそういういつきの頭を小十郎はくしゃっとなでてやる。

その仕草にくすぐったそうに笑ういつき。

万人が和みそうなやたらと幸せそうな空気に見事に取り残された政宗の胸中に、嫌な予感が漂う。

(・・・・この展開は)

が、しかし政宗を置き捨てて目の前のほのぼの劇場は進んで行く。

「あ、そだ。小十郎さ!」

「ん?なんだ?」

「あのな、おら・・・・」

もじもじと言葉を濁らせるいつきに小十郎が不思議そうな顔をしていると、いつきはぱっと顔をあげてにっこり笑って言った。





「おら、小十郎さがあいらぶゆーだべ!」





それはもう、可愛らしい今にも抱きしめたくなるような笑顔だった。

そんでもっていつきの予想通り政宗の異国語をいつも側で聞いている小十郎にはちゃんと意味が伝わったようで。

伊達軍一迫力があると言われている顔を笑みに変えて小十郎はいつきを抱き上げた。

「わっ!?」

「ありがとな、いつき。さ、義姉上がお前の新しい着物を用意したって待っているから一緒に行くか。」

「え?悪いだよ。」

「遠慮すんな。では、政宗様。御前失礼致します。」

「こ、このまま行くんだべか!?あ、政宗。それじゃまたな!」

小柄ないつきを片腕で抱き上げたまま器用に頭を下げる小十郎と、その腕の上で思いだしたようにいつきが手を振って。

「ぅわあ!なんか高いべ!!」

「こら、暴れるなよ。」

「だって、だって!わあ〜!!」

楽しそうないつきの声と、こちらもどこか楽しそうな小十郎の声が次第に遠くなっていき・・・・





―― 数刻後、真っ白に燃え尽きた奥州筆頭を発見した成実の悲鳴が米沢城に響き渡ったのであった。










                                             〜 終 〜





(副タイトル「英語と政宗であそぼう!」(笑)やっと伊達→いつ→こじゅが書けた!!)





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そんなこんなで二人は





奥州を束ねる筆頭、伊達政宗の居城である米沢城の一角、普段はやたら男くさいこの城に華が咲いた。

といっても、もちろん本物の華というわけではない。

城の中では外れになるが気持ちの良い風の通る縁側に二人の女性が並んでいるのだ。

一人はまさに華と例えるのが相応しい美しい女性 ―― 陽に輝く金の髪と均整の取れた肢体は見惚れざるをえない。

ただしその出で立ちは忍びと呼ばれるそれであるが。

ちなみにこの女性、ことかすがは伊達の忍びではない。

同じ東北の利権を争う上杉の主に心酔しているかすがが、なぜ米沢城でのんびりしていられるかというと、理由は彼女の隣に座るもう一輪の華にあった。

こちらはかすがと違い華と称するにはまだ幼い少女である。

それでも目鼻立ちの整いぶりも、抜けるような肌の白さもずば抜けていて、かすがが美女ならこちらは美少女と呼んで差し支えないだろう。

この美少女、名をいつき。

最北端の村で神の力を授かり一揆を起こし、それを鎮圧にきた政宗にいたく気に入られ、今では米沢城のどこで彼女を見かけてもおかしくない程なじんでしまったというなかなかに無軌道な経歴を持っていたりする。

もっともかすがの土産のお菓子を幸せそうにほおばっている姿は、とてもそんな強者には見えないが。

むしろ多大な微笑ましさを生む光景にそごうを崩していたかすがは、ふっと思いだしたように口を開いた。

「それで、どうだ?」

「?なんだべ?」

「あの後、独眼竜に会いにいったのだろう?」

そう問われて合点がいったと同時に、いつきは照れくさそうに頬を掻いた。

「うん。あん時は迷惑かけちまってすまなかっただ。」

「別にかまわないが、少し顛末がきになってな。」

「それで会いに来てくれただか?」

ぱっと顔を輝かせたいつきにかすがは少しバツが悪そうに「ああ」と頷いた。

興味本位のように取られるかと思ったが、元来素直ないつきは嬉しそうに笑って言った。

「心配してくれただか。ありがとな!」

「・・・・まあ、半分は独眼竜がどうしたか知りたかったというか・・・・」

「?」

「い、いや!何でもない。それで結局、越後を出た後、お前はどうしたんだ?」

「うん。米沢城さ来て、政宗に大好きって言っただよ。」

くったくないその言葉にかすがは危うく口に含んでいたお茶を吹き出しかかった。

「っ・・・・それはまた思い切ったな。」

「そうだべか?」

「いや、それで独眼竜はどうした?」

「いつも通りだべ。人食った顔で笑って『俺もだぜべいびー』とか言って、小十郎さに『ご自重ください』ってたたきのめされてただ。」

「・・・・それはいつも通りなのか?」

もしかしていつきの認識している政宗と小十郎の台詞の間に、何かあったのではないかと思うが懸命なかすがは口に出さないでおいた。

「で、その後は変わらずか?」

彼の側近が目を光らせているだろうからたいした事はできないと思いつつ、一応かすがが聞くといつきは微妙な顔をした。

「どうした?」

「・・・・最近、政宗が口うるさいだ。」

「は?」

「慶次にいちゃんや幸村と会ってっと必ずどっかから現れるし、蘭丸とは会わせんのも嫌みてえだし。」

「それは・・・・」

手は出せなくても独占欲は丸出しということだろうか。

「何というか、難儀だな。お前も。」

元から独占欲は強そうな奴だとは思っていたけれど、この天真爛漫な少女にそれは重かろうと思ってかすがはそう呟いた。

・・・・けれど。

しばしの沈黙の後、いつきは手に持っていたまんじゅうにぱくり、と噛みつく。

子どもらしい仕草でそれをもくもくと租借した後、かすがに向けられた笑顔は。





―― 先ほど浮かべたそれの何倍も美しく。





「そうでもねえだ。」

「・・・・そうか。」

その笑みが真に幸せそうだったから、近くの襖の影から感じた殺気は気がつかなかったことにしたかすがだった。












                                                〜 終 〜






(もちろん殺気を放ってるのはヤキモチやきの独眼竜です・笑)





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