鬼丸国綱の昔語り



華のお江戸は日本晴れ。

今日も今日とて、そびえ立つ江戸城の天主のお膝元では賑やかな日々の暮らしが営まれている。

通りには物売りの声が溢れ、町人商人、侍、旅人、様々な扮装の者達が行き交う様はまさに、華と呼ぶに相応しい賑やかさがあった。

そんな江戸の町の一角、路地にある小さな神社の境内には、子ども達の賑やかな声が響く。

まだ十にも満たぬ子ども達にとっては家の中も遊び場としては狭すぎるのだろう。

賑やかにチャンバラごっこをする男の子達と、それを横目におしゃまな顔でままごとをする女の子達がなんとも微笑ましい光景だ。

珍しいのは、その子ども達の幾人かには額に人にはない角がある事であろうか。

一本角、二本角、浅黒い肌をしている子、そうでない子、様相は様々であるが、明らかに鬼の一族であると分かる子ども達が人の子と入り交じってその角を隠すでもなく遊んでいた。

と、その中の一人の男の子が仲間達に声を掛ける。

「なーなー!次は剣取り試合ごっこしようぜ!」

一本角の男の子のかけ声に幾人かの子は目を輝かせ、幾人かは顔をしかめる。

「えー、だってどうせまたお前が鬼丸国綱の役だろ−?」

不満そうな声を上げたのは角のない、それでもいかにもやんちゃそうな紺絣の男の子だ。

それに対して一本角の男の子が当然のように胸を張った。

「決まってんだろ!鬼丸国綱は鬼なんだぜ!えい!」

いかにも誇らしげにそう言うと両手に構えた木の枝を二刀流よろしく振り回してみせるのに、紺絣の男の子が一本刀で受け止めて、不満そうに頬を膨らます。

「ちぇー。いいよなあ。俺も角があれば鬼丸国綱できるのに。」

紺絣の男の子の羨ましそうな言葉に、鬼の子達が揃って自慢げな顔をしたちょうどその時。

「・・・・角があれば、か。」

子どもだけの声が響いていた空間には明らかに異質な大人の声に、皆が揃って顔を上げた。

と、間をおかず紺絣の男の子の頭にぽんっと大きな手が置かれる。

「元気がよくて結構な事だな。一丸。」

「あ、旦那!」

一丸と呼ばれた紺絣の男の子が顔をあげると、そこには黒羽織の同心が一人と、御用聞きの青年が一人ニコニコと笑っていた。

このあたりでは人格者と評判で、かつて剣取り試合にも出た事があるという男の子にとっては憧れの同心の旦那の登場に子ども達はわらわらと彼らの周りに集まる。

「旦那、見回り中なの−?」

「そうだよ。お前達、ちゃんばらごっこもいいが、手習いはすませたのか?」

「大丈夫だよー。一丸はわかんないけど。」

「う、うるせー!黙ってろよ、螢!」

二刀流に見立てた枝でつついてくる鬼の子に、一丸が慌てて言い返すのを見ていた御用聞きの青年がほんの僅か寂しそうに目を細めた事を、子ども達は誰も気が付かなかった。

唯一、それに気が付いたであろう同心は、一丸と螢の頭を同時にぐしゃぐしゃっとかき回して笑う。

「こらこら、ケンカはするなよ。鬼も人も仲良くしなくちゃならん。」

「あ、オレそれ知ってるよ−!鬼丸国綱が言ったんでしょ?」

ぐしゃぐしゃと撫でられてわーわー騒いでいる一丸と螢の横で、また別の子が得意げに手を挙げた。

その子に負けじと他の子も口を開く。

「俺だって知ってる!鬼丸国綱は鬼と人が仲良くできるようにって剣取りしたんだよね!」

「すっごく強くて格好良かったんだよね!」

「悪い奴にやられちゃったけど、最後も侍らしく鬼と人が仲良くするようにって言い残したってうちのばあちゃんに教えてもらった−!」

「・・・・そうだな。」

憧れの同心の旦那に褒めて欲しいのか、口々に『鬼丸国綱』の話をする子ども達に、旦那は少し驚いたようにして、それから眼を細めた。

「そうだな。『鬼丸国綱』は・・・・」

「あんたたち、何にもわかってないのね!」

同心の旦那が何か言いかけようとしたところで、意外なところから茶々が入った。

というのも、男の子達の騒ぎを遠目に見てままごとをしていた女の子達が、いつの間にか全員揃ってこちらを見て仁王立ちしていたのだ。

「なんだよ、おてんば!なにか文句あんのかよ!」

「文句じゃないわよ。あんたたちがなあんにもわかってないから、教えてあげるだけ。」

いかにも小生意気な風情でつんっと鼻をそらせた気の強そうな女の子に、同心の旦那は微笑んだ。

「なんだ、お小夜。何を教えてくれるんだ?」

「あのね!人と鬼が仲良くなるようにって頑張ったのは鬼丸国綱だけじゃないのよ!」

お小夜と呼ばれた女の子の言葉に、周りに居た子達もそうだそうだと一斉にうなずく。

「鬼丸国綱には大切なお姫様がいたの。そのお姫様が鬼丸国綱が死んだ後も、鬼丸国綱が言った事とかをみんなに話して回ったから、今、みんなが仲良くしていられるのよ!」

だから偉いのはお姫様なんだから!と抗議するお小夜率いる女の子軍団に、一丸と螢の男の子軍団も色めき立った。

「ちげえよ!鬼丸国綱がすげえんだ!」

「そうだそうだ!」

「違うわよ!好きな人が死んじゃっても頑張ったお姫様が偉いのよ!」

「そうよそうよ!」

「なんだと!?」

「こらこら。」

いかにも子どもらしい言い合いの末につかみ合いにでもなりそうになったところで、同心の旦那が螢と小夜の頭をぼすっと押さえて引き離す。

「お前達の言い分はわかったが、それでケンカしたらそれこそ、ダメだろう?」

「えー!?」

「だってあいつらが」

「あのな」

収まらない子ども達が互いを指さしてあーだこーだ言いかかったところで、同心の旦那の横に今まで何も言わずに立っていた御用聞きの青年がぽつり、と口を開いた。

それが思いの他穏やかな声だったせいか、子ども達は思わずつられたように青年の方を向く。

その視線を受けて、御用聞きの青年は静かに微笑んだ。

「あのな、『鬼丸国綱』も、そのお姫様も、願ったことは一つだよ。」

「え?」

「鬼も人も関係なく、仲良く暮らせますように。ただ、それだけさ。」

短い言葉で語られた事は、子ども達にも十分わかったのか、少し気まずそうに子ども達が顔を見合わせる。

その様子をしばし見守ってから、気分を変えてやるように同心の旦那が言った。

「よし、みんなよくわかったな?じゃあ、そろそろ家へ帰んな。じき、大禍刻がくる。」

「「「はーい!」」」

いろいろケンカしたりやんちゃだったりしても、皆、根は素直な子ども達なのだろう。

そろって良い返事を返すと、三々五々、道具をかたづけたり、遊びながら帰ろうと飛び跳ねながら神社を出て行く。

その背中を最後の一人まで見送って ――

「―― 『鬼丸国綱』の伝説、か。」

すっかり静かになった境内に、ぽつり、と同心の呟きが落ちた。

それを聞いていた御用聞きの青年が、ふうっと息を吐く。

「すっかり伝説になっちまったなあ・・・・」

どこか寂しそうに笑う御用聞きの青年に、同心も同じ様な笑みを浮かべた。

「しかたねえさ。『鬼丸国綱』を直接知ってる奴も、もう随分減っちまった。なんせ俺が小さい頃に肩車してもらったくらいだからな。鬼も人も、お前ほど長生きってわけでもない。」

そう言った同心は確かにもうそろそろ老年にさしかかろうかという年になっている。

それを見て、御用聞きの青年はうん、と頷いた。

「まあ、俺は頑張ったから。アニキやあの子が残そうとしたものがどうなるのか、それを見て見たかったんだ。・・・・でも」

そう言葉を切って、御用聞きの青年は誰もいなくなった境内に目をやる。

その視線が、さっきまでいた子ども達を見ているのか、それよりもずっと昔を見ているのか、同心にはわからなかった。

「世の中って変わるものなんだな。」

感慨深げに呟いた御用聞きの青年に、同心は緩く首を振った。

「違うな。変えたのさ。」

「え?」

「鬼の首領、伝説の剣取りをした鬼丸国綱、螢。それから彼の愛したお姫様、香夜。名前が忘れられても、あの二人が今の世に繋がる舵を切ってみせたんだ・・・・命がけで。」

「・・・・そうだな。」

半呼吸空いて、どこか泣きそうな顔で御用聞きの青年が頷いた時、さあっと風が吹いた。

初夏を感じさせる緑の匂いの濃いその風に、御用聞きの青年 ―― かむろが目を細める。

「人と鬼が正体を隠すことなく入り交じって、隣近所で暮らしてて、笑ってる・・・・アニキ達も、笑ってるかな。」

「ああ。きっとな。」

頷いた同心 ―― 矢ノ彦もまた、己の剣の柄に手をかけて、静かに笑った。

今日も、華のお江戸は、平和に穏やかに晴れ渡っている・・・・・・・。















―― 昔々のお話し。

その頃、鬼は帯刀を禁じられ心ない人間に虐げられても戦う術すら持たなかった。

あまりにくり返される悲劇に、鬼達の帯刀を認めさせるべく鬼の首領であった青年が密に身分を隠し江戸城で行われる剣取り試合に参加する。

幾多の強敵との試合に傷つく青年を、支え励ましたのは人の子の娘。

青年は娘の想いに支えられ、ついに剣取りを果たし天下五剣の一振り、鬼丸国綱を授かると同時に、時の将軍に鬼の帯刀の許しを得た。

けれど、悲願を達成し恋しい娘の元へと向かう青年を襲ったのは、鬼の力を恐れる人の陰謀だった。

鬼の英雄たる青年を失い、鬼達は憤った。

しかし、その鬼達に彼の言葉を幾度となく語ったのは、愛しい青年の最期をその手で受け止めた娘であった。

『鬼も人も関係なく幸せになれる世を』

誰よりもそれを望みついには叶えられなかった悲劇の恋人達の切なる願いは小波のように人へ鬼へと広がり、幾年をかけて静かに染みこみ、やがて人と鬼の間にあった壁は崩れていったのだという。

今はもう、遠い昔のお話し・・・・・――
















                                              〜 終 〜
















― あとがき ―
剣が君で最初に迎えたEDが螢の荒EDで、涙すると同時に思い浮かんだのがこの話でした。
かむろは一応妖怪なので、姿はかわらないけど、頑張れば長生きできるかな〜、と脳内処理(←)
ちなみに、東条の脳内設定ですが一丸は田一とお松の血縁、ちび螢は呉羽の血縁のつもりです。