天然と純情のユーモレスク
人間、場景反射で動いてしまう時というのがある。 だから。 「ひなちゃん。」 「?何ですか、大・・・・」 「はい、あーん♪」 にっこり笑って目の前に期間限定のポッキーなんか出されたら。 (誰だってパクッてなるよね!?) と、いうのが小日向かなでの主張なのだが・・・・。 「どうして貴方達はそうなんですかーーーーーっっ!!!」 星奏学院オーケストラ部名物「ハルの雷」が炸裂した部室でかなでは小さくなっていた。 その横で、当事者のもう一人である大地は妙に楽しそうな顔で肩をすくめている。 その手にはこの事態を引き起こした期間限定ポッキーの箱。 ちなみに、かなではに至ってはまだもごもごと口が動いていたりするから、どれだけ瞬殺で「ハルの雷」が炸裂したかは推して知るべしだ。 「ここは神聖な部室なんですよ!?そんな場所でイチャイチャと!」 「べ、別にイチャイチャしてなんかいないよ?」 ああ、なんかこんな会話は前にもあったなあ、と思いながら一応言い訳してみる。 「そうだよ、ハル。俺とひなちゃんが仲良しだってだけだろ?」 「大地先輩!」 人が一生懸命なだめようとしているのに、にっこり笑って火に油を注いでくれる大地に、かなでは焦った。 そして案の定。 「大地先輩はどうしてそう節操がないんですかっっ!!」 (あああ、余計怒っちゃった〜。) 大地に向かってがーっと牙をむく悠人にかなでは肩をすぼめた。 もっともそんな殊勝な反応をしたのはかなでの方で、大地は全く気にした様子もなくにこにこと笑っている。 「節操ないなんてひどいな、ハル。」 「ないじゃないですか!あっちの女子生徒、こっちの女子生徒といい顔をして!」 「別にいい顔してるわけじゃないぞ〜。ただ可愛い女の子に可愛いっていうのは普通だろ。」 「どこがですか!?そういうのを節操ないと言うんです!」 (うわ〜、なんかハルくんの頭から湯気が上がって見える・・・・) 思わずかなでがそう思ってしまったほど悠人は怒り心頭らしい。 隣でこの一部始終を見ていた響也がぽそっと呟いた。 「・・・・アレ、微妙に大地が遊んでねえ?」 「・・・・うん。」 一呼吸分だけ否定材料を探したものの、結局かなでは頷いた。 なんというか、怒っているハルには悪いが、どう見ても大地がハルで遊んでいるように見える。 (でも・・・・) 「なんかハルくん、前より怒ってるような・・・・」 「前?」 「うん、校内選考の前だから3週間ぐらい前かな?その頃、同じ様な事があってハルくんに怒られたんだけど、その時より怒ってる気がする。」 「3週間・・・・あ、あー。」 かなでの言葉を聞いてしばし考えた響也が、すぐに何か思い当たったように頷いた。 そしてかなでの事をじっと見て。 「?何?」 「いや、あいつも大変だなって思ってよ。」 「大変?」 響也の言いたい事が掴めずにかなでが首をかしげたちょうどその時。 「大地先輩も大地先輩ですが、小日向先輩も小日向先輩です!!」 「わっ!」 矛先がこっちに来てしまった。 かなでは慌てて響也からハルに視線を戻して、反省中〜の態度を示してみせる。 「えっと、その、ごめんね?」 「僕に謝ってどうするんですか!そもそも先輩は警戒心がなさ過ぎるんです!」 「え、だって大地先輩だよ?」 アンサンブルを組む仲間でもあるし、先輩でもある大地をなんで警戒しないといけないのだろう、と本心から首を捻ったかなでの横で響也は苦笑し、悠人はぴくっと口元を引きつらせた。 「大地先輩だから危険なんです!」 「??」 「だいたいなんで先輩はあんなふうに差し出された物を無防備に食べてしまうんですか!?」 「え?だって目の前に美味しい物出してくれたから・・・・んー、場景反射?」 「貴女は子犬か何かですか!!」 がーっと怒られてかなでは首をすくめた。 (な、なんで言えば言うほどどつぼにはまってるの。) 一応言い訳しているはずなのに、とかなでが本格的に困り始めた時、救いの手は意外なところからやってきた。 「その辺にしておけ、水嶋。」 「部長。」 「律くん!」 席を外していた律が帰ってきた事にかなでは一瞬心から感謝した。 律の事を尊敬している悠人なら、律に諭してもらえば落ち着いてくれると期待したのだ。 実際、悠人は律が帰ってきた事で少し落ち着いたらしい。 「すみません、部長。」 「いや、謝る事じゃない。ただ水嶋。」 「はい?」 「小日向の場景反射は俺達のせいもある。」 「「「「は?」」」」 これで落ち着くと思った矢先の律の発言に、残りの4人がほぼ同時に律を見た。 が、そんな訝しげな周りの様子を察知するような律ではない。 どこか重々しい表情で若干の申し訳なささえ滲ませながら言ったのだ。 「小日向は昔からよく物を零した。」 「ちょっ!?律くん、何言うつもり!?」 焦ったかなでの声も律の耳には届かない。 「だからつい、俺や響也がお節介を焼いてしまって、子どもの頃はしょっちゅう食べさせてやっていた。」 「・・・・あったな、そんな時代。」 「特に菓子類の時は親がいないことも多かったからな。」 「そんなの小学校に上がる前じゃない−!」 顔を真っ赤にして抗議するかなでと、なんだか複雑そうな顔でそれでも律の話なので神妙に聞いている悠人。 その悠人に目を移して律は深く頷いて言った。 「だから水嶋。お前もやってみてくれ。」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」 今度目を丸くしたのは、かなでと悠人の二人だ。 残りの二人は最早成り行きを見守る方向に入っている。 「あの、部長。やってみる、って。」 「ああ。このポッキーを小日向の前に差し出してみるといい。思わず食い付いてしまうというのは嘘ではないと分かるだろう。」 「「えっっっ!?」」 意味は分からないが、やれと言われている行動を理解して悠人とかなでは同時に声を上げた。 (律くんの発想は相変わらずわからないけど、それってつまり・・・・) あーん、とポッキーを差し出してみろというのだろうか、悠人が。 (・・・・ハルくんが。) 差し出してくれるんだろうか、ポッキー。 思わずかなではそっと悠人を伺った。 その途端、若草色の瞳と青いそれがぱちんっとぶつかった。 「あっ!す、すみませんっ!」 行き成り謝ったかと思うと視線を思いっきり背ける悠人。 その頬がじわじわと赤くなっていくのがわかって。 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) ほんの少し、悪戯心が疼いた。 一応かなでの名誉のために言っておくが、ほんの少し、である。 「あの、ハルくん。」 「は、はい!?」 若干うわずった声で答えて、悠人は振り返る。 そんな悠人の前で、かなではちょっと照れたように笑って言ったのだ。 「くれるんだったら、欲しいな・・・・なんて?」 小首をかしげて、少し言いにくそうに。 そんなかなではまさに、可憐と言う言い方がはまっていて。 「・・・・ひなちゃん、やるね。」 「・・・・天然って怖えな。」 小声で交わされた大地と響也の会話は幸か不幸か、悠人の耳には入らなかった。 ただ悠人は完全にフリーズして。 「ハルくん?」 恐る恐るかなでが覗き込んだ・・・・瞬間。 「し・・・・」 「し?」 「し、しししし、失礼しますっっっっっ!!!!」 「え!?あ、ハル」 がたっ、ガチャッ!バン!だだだだだだだだだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「・・・・行っちゃった。」 砂埃を巻き上げんばかりの勢いで部室から飛び出していってしまった悠人の背中を呆然と見送るかなでの後ろで。 堪えきれなくなったように大地が笑い転げるのと、響也が深く深く同情のため息をついたのは同時だった。 「??どうしたのかな?」 「いや、どうもこうもねえだろ。」 戸惑ったように首をかしげるかなでの頭をぺけんっと軽く叩いて響也は言った。 「鈍感天然娘を好きになると、とんでもなく大変だって話だ。」 「ところで大地。」 「ん?なんだ?律。」 「あんまり水嶋をからかうな。」 「えー、面白いのに。」 〜 Fin 〜 |