「ホワイト・ローズ」
  〜 衛藤×日野 〜









「やるよ。」

待ち合わせの場所に辿り着いた私の目の前にずいっとそれは差し出された。

相変わらずって後で呆れられたけど、私はその時ちょっと練習に夢中になりすぎて時間に遅れそうになって走ってきたところだったから息も切れてて、脳に酸素も足りなくて。

だから。

「?」

訳も分からないままそれを受け取った。

透明のセロファンにくるまれて控えめなオレンジ色のリボンのかかったそれ。

触ったらすごく柔らかそうに見える大輪の、白いバラ一本を。

・・・・その時、私は間抜けにも「どうして」も「なんで」も聞かずに、ただ「ありがとう」なんて言ってしまったのだ。

たぶん急な全力疾走と予想外の事態のせいで頭が回っていなかったんだと思うけど。

とにかくそう答えた私に桐也くんはどこか残念そうな、でもちょっとほっとしたような?顔をしてそのままバラはデートのお供となり・・・・今に至る。

と、言うわけで、私は今になって白いバラとにらめっこしているのだ。

運良く家にあった青いガラスの一輪差しの花瓶にいけると色合いも花の大きさもバランスがぴったりだった。

よしよし、と思った所で気がついた。

(そもそもなんでバラなんかくれたんだろ?)

桐也くん本人が聞いていたら絶対に「今更!?」と呆れられそうなんだけど、今更でもなんでも急に気がついちゃったんだからしかたない。

(バラ一輪なんて買うタイプじゃないのに。)

桐也くんは帰国子女という事もあって時々予想外の行動に出ることもあるけど、これは何か方向が違いすぎる気がする。

(何て言うか・・・・あー、白い柚木先輩がやりそうな?)

王子様的っていうか、ちょっと芝居がかったロマンチックの演出っていうか・・・・。

そこまで考えて不意にぞくっとして私は頭を振った。

湯冷めしたのとは違うぞくっと感だったけど気にしなかったことにしよう・・・・。

私は危ない(?)考えを打ち切って目の前のバラに目をうつした。

リビングの机の上で白いバラは素知らぬ顔で花弁を開いている。

見れば見るほど柔らかそうな白さで、なんとなく手を伸ばしてみると指先に滑るような感触がした。

「安かった、とかでもきっとないよね。」

特売で目に入って、とかならわかるんだけど。

でも花屋さんの特売って見たことない。

それに私が「ありがとう」って言った時の顔もちょっときになるんだよね。

なんだか残念そうな、でもほっとしたような顔をしてた。

もし何か言いたいことがあったなら桐也くんなら絶対言ってくると思うんだけど。

「・・・・・う〜〜〜ん・・・・・」

私が考え込んでしまった、その時。

「あら、綺麗ね。」

「!お姉ちゃん。」

急に聞こえた声に私が驚いて振り返るとお風呂上がりっぽいお姉ちゃんが私の後ろからバラを覗き込んでいた。

「今日デートだって言ってたよね?ってことは、これは彼氏から?」

「え、えーっと・・・・」

にやにやとからかうようなお姉ちゃんの視線にさすがにちょっと口ごもる。

まあ、その時点でバレバレなんだろうけど。

思った通りお姉ちゃんは「ふーん、そうなんだ」と頷いてる。

「でもあんたの彼氏って結構強気な子?」

「え?なんでわかるの!?」

お姉ちゃんに桐也くんの事を話したことってあんまりなかったから言い当てられて驚いてしまった。

そしたらお姉ちゃんはおかしそうに笑ってバラを指さして。

「それ。」

「え?」

「白いバラ。花言葉を知ってる子が贈ったんだとしたら、きっと強気な子だろうなあ、と思って。」

「花言葉?」

桐也くんが?

・・・・とても知っているようには思えなかったけど、お姉ちゃんのにわか推理の的中ぶりをみるともしかして知ってたのかな。

でも、そもそも。

「白いバラの花言葉って何?」

「え?あんた知らないでもらったの?」

「いや、だって・・・・」

普通はそんなにさらっと出てこないよ、とかブツブツ言ってみたらお姉ちゃんは呆れた顔でため息をついて言った。

「彼氏、気の毒に・・・・。」

「ええ!?そんな花言葉なの!?」

「そんなっていうか、花言葉を知っててそれをくれたんだとすればかなりのアピールだからね。だって白いバラの花言葉は」

「花言葉は?」

ゴクッと息を飲む私の前でお姉ちゃんはにやっと笑って言った。





「『私はあなたにふさわしい』っていうのよ。」





「へ?」

一瞬意味がわからなくて私は眉間に皺を寄せた。

途端にお姉ちゃんはけらけら笑い出して。

「間抜けな顔〜!」

「だ、だって!『私はあなたにふさわしい』って!」

「『尊敬』っていう意味もあるけど、でもあんたの彼氏が強気な子だっていうから、ならきっとこの意味でしょ。」

確かに桐也くんが私を『尊敬』はあり得ない気がするけど・・・・。

「なかなか情熱的じゃない。」

「え?どこらへんが?」

「・・・・それを聞き返してくるあたりですでに私はあんたの彼氏に同情するけど。」

ちょ、お姉ちゃん!なんでそんな真面目に気の毒そうな顔をするの!?

「要するに、『あんたに相応しいのは俺しかいない』なんていう感じで解釈して欲しいってことじゃない?」

―― 『あんたに相応しいのは俺しかいない』 ――

それは確かにものすごく桐也くんの言いそうな台詞で。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」

かあっと頬が赤くなったのが自分でも分かった。

桐也くんが花言葉を知ってたかどうかはわからないけれど、偶然の一致にしてはあまりにはまりすぎていて。

「・・・・あの俺様〜〜〜っ」

呻いた私の耳に「はいはい、ごちそうさま」という声をお姉ちゃんが部屋を出て行く音が冷やっこく聞こえる。

そして一人リビングに残された茹で蛸状態の私は一輪差しの中で相変わらず涼しげな顔をしている白いバラを見上げた。

一本だけの白いバラ。

買った時、桐也くんはなんてお店の人に言ったんだろ。

待ち合わせの場所に立ってる時、どこに隠していて、どんな気分だったんだろ。

考えれば考えるほど顔が赤くなるのを止められなくて。

「つ、次は負けないっ!」

恥ずかしいやら、ちょっと悔しいやら、嬉しいやら、ドキドキするやらな気持ちまとめてそう締めくくって私がそう呟いた言葉に。

やってみろ、とでも言いたげに白いバラが小さく揺れた。






                                      〜 Fin 〜















(白いバラの花言葉は一体いつ使うんだろうとずっと疑問だったのですが、衛日で花の創作をと思った時にこいつしかない!と思いました)