ロマンス・トンチンカン 〜星奏学院オーケストラ部の喜歌劇〜



「大地先輩。ちょっと抱きついてもいいですか?」

ガシャッバサッゴトッ!!

―― なんの変哲もない善良な放課後。

小日向かなでの投下した爆弾発言に、オケ部の部室にいた部員達が一斉に手に持っていた物を落とした。

たまたまミーティングが終わった後で誰も楽器を持っていなかったのは幸いだったかも知れない。

が、今やさほど広くない部室は部員の手から滑り落ちた楽譜やらメトロノームやら譜面台やらで大混乱状態に陥ってしまった。

「な、な、な、何を言っているんですか!!」

まっ先に衝撃から立ち直ったのはオーケストラ部の風紀維持係の悠人だ。

「そうだぜ、かなで!目をさませ!!」

「そうよ!小日向ちゃん!大地先輩に抱きつくなんてっ。」

「そうだ。副部長に抱きついて無事でいられると思っているのか!?」

「ええ、こんなウサギみたいなかなでちゃんが副部長に抱きついたら・・・・っ!!」

悠人に続けとばかりに響也を筆頭にまくし立てられる言葉の数々に、かなではしばし呆然とする。

その横では当事者の一人・・・・というか、言いたい放題言われている大地が深々とため息をついた。

「・・・・みんなが俺をどう思っているかはよくわかったな。」

ぎくっと部員全体の肩が揺れたのは、いつもの大地の笑顔にいささか黒いものが交じったせいだろう。

ちなみにこの部室でそれに気がつかないのは二人だけだ。

「普段の行いが物を言うな。」

朴念仁天然部長と。

「みんな大地先輩の事がよくわかってるんだね。」

同じく天然炸裂マイペースヴァイオリニストの二人。

きょとんっとしている天然コンビの片方、かなでに向かって大地はギャラリーは無視してにっこり笑いかけた。

「あいつらは放っておいていいから。で?ひなちゃんの魅力的なお誘いについてだけど。」

「お誘い・・・・あ、抱きついて良いですか?」

バサッバサッ!

再度、少し立ち直って床に散乱していた楽譜を片付け始めていた善良な部員の手から楽譜が落ちた。

残念ながら聞き間違いではなかったらしい。

「だから、部室でそんな破廉恥な事はさせられませんっっ!!」

「え?だめ?」

「ダメとかそういう問題じゃねえだろ!大体、お前みたいな無防備な奴が大地なんかに抱きついてみろ!美味しく頂かれちまうにきまってんだろ!」

「きょ、響也先輩!そんなあけすけな事を女性に対してっ!」

「馬鹿、ハル!このぐらい言わなくちゃこいつはわかんねえんだよ!っていうか」

顔を赤くして抗議してくる悠人にびしっと言い切ってかなでの方を見た響也は、脱力する羽目になった。

というのも、そこには律と向かい合って首をかしげているかなでの姿があったから。

「?私、食べられないよね?」

「そうだな。響也、お前は少し常識的にものを言え。」

もはや何か不可思議なオーラが二人の周りに見える、と思ったのは多分響也と悠人だけではなかっただろう。

ちなみに大地はその横で必死にお腹を抱えて笑っている。

「大地先輩?」

「あはははっ!あ、ああ、ごめん。ひなちゃん。」

なんとか笑いを堪えようと頑張りながら、ポスポスと頭を撫でてくる大地にかなでは「もう」と頬を膨らませる。

そう言う仕草が可愛すぎて危険きわまりないとわかっているのだろうか、とドキドキしている部員達をよそに、大地はいつもと変わらぬ様子で笑って言った。

「でも俺に抱きつくなんて言っていいのかい?君には立派な彼氏が居たと思うけど?」

大地の言葉に一部の人間はハッと顔を上げた。

確かにそうだった。

かなでには、この夏全国大会で知り合った恋人がいるのだ。

今は仙台に帰ってしまっている、火積司郎という恋人が。

美人系も可愛い系も穏やか系もよりどりみどりだった夏の大会の男性陣の中から、何故かなでがたった一人の怖い系であった火積を選んだかは彼女と火積を知る者の間では喧々囂々の議論になったものの、恋というのは不思議なもので、かなでは至極幸せそうだったはずだ。

響也などは火積からメールが来たとか電話が来たとかはしゃぐかなでにいちいち報告されて嫌と言うほど分かっている。

それを踏まえて、例の爆弾発言を振り返った部員達からさあっと血の気が引く。

これはもしかして、アレだろうか?

いわゆる・・・・。

「かなでちゃんが俺を好きになったっていうなら修羅場くらい潜ってみせるけど?」

修羅場。

その場に居合わせた(※若干2名をのぞく)以外の頭の中でチカチカ危険信号が点滅する。

食えないと評判の大地と、見た目からして超怖い火積の修羅場・・・・できるならほんの僅かでもかかわりたくはない。

と、真剣に不穏な空気が漂い始めている部室に声が響いた。

「やだ!そんなはずないじゃないですか!」

え?全否定?

多分その場に居合わせた全員(※2名をのぞく)の心の声を代弁するとそんな感じだっただろう。

恐る恐る視界の端で様子を伺えば、変わらぬ底知れない笑顔の大地と、少し頬を染めて照れたように言葉を重ねるかなでの姿が目に映った。

「大地先輩は好きですけど、火積くんとは違うんです。それに私、火積くんの事、ちゃんと大好きですよ?」

「そうなんだ。それは少し残念。」

「ええ?そんなことないですよね。」

にっこり笑ってそう言いきられた大地の笑顔がちょっと傷ついたような気がしたのは多分、ギャラリーしか気がつかなかっただろう。

それに関しては自業自得だ、とこっそり響也とハルが頷いていた事も。

「・・・・で、それならなんで俺に抱きつこうなんてしたんだい?」

そう、それがそもそもの問題なのだ。

ギャラリーが心の中で盛大に頷く中、かなではぱっと困ったように眉を寄せた。

「え?それは・・・・えーっと・・・・」

「言いにくい事?」

「言いにくいって言うか、恥ずかしいんですけど」

そう言ったかなでの頬が僅かに赤くなる。

その様たるや、少し幼げなかなでの容姿も伴って、非常に愛らしい。

愛らしい・・・・のだが、それを見た瞬間、響也は嫌な予感がした。

他の部員達が目をとられているかなでの様子には、見覚えがあったからだ。

かなでが、こんな可愛らしい顔をする時、それは。

「私、火積くんに抱きつきすぎって言われて。」

バサッガチャッゴトッ!

デジャヴな効果音が響いたのはムリもないとご理解頂きたい。

が、しかし当の本人は話をすることに夢中なようで。

「大会中から思ってたんですけど、火積くんにくっつくとすごく安心するんです。その・・・・恋人?になってからはもっと。側に居て、ぎゅーって抱きつくとすごく幸せで。
でも他の時にそんな事思った事なかったから。」

「それで、他の人だとどうなるか試してみたかった、と。」

「はい!」

良い笑顔で大きく頷くかなでに、部室中から深いため息が漏れた。

それはそうだろう。

どこをどのように曲げてもこれは120%惚気というやつであることは間違いないのだから。

「・・・・ひなちゃん。」

「はい?」

「どうぞ。」

ほら、と手を広げて見せた大地にかなではぱっと顔を輝かせる。

さすがに今度は誰も止めなかった・・・・というより、止める事も馬鹿らしかった。

あそこまで彼氏LOVEを全力で表明されて手を出せるのは最早野暮のいきだろうから。

「失礼します!」

それはもう笑ってしまうぐらい丁寧に頭を下げて、かなでは無造作に大地に抱きついて・・・・数秒で首をかしげながら離れる。

「どうだった?」

「うーん、やっぱり何か違いました。」

そりゃそうだろ、と心の中で突っ込んだもの数名。

しかしそんな心のツッコミなど聞こえないかなではフワッと表情を笑みに変えた。

それはとてもとても可愛らしいものだったけれど ―― さすがにもうほとんどの人間がわかっていた。

この後に来るのがなんだかを。

「・・・・なんだか逆に火積くんに会いたくなっちゃいました!」

だからちょっと電話してきますね!と自分の鞄からパールピンクの携帯電話を取りだしていそいそと部室を出て行くかなでを部員達は最早無抵抗で見送った。

―― 約一名を除いては。

「ふむ、火積だけしか感じない感覚というのは不思議な話だな?」

「律・・・・」

大まじめに首を捻る天然部長の発言に、その場に居合わせたギャラリー全員が彼を羨ましく思ったとか、思わないとか。
















―― で、肝心の恋人達がどうなったかというと・・・・

「あのね、火積くん。」

『ああ・・・・なんだ?』

「私、火積くんじゃないとダメになっちゃったみたい♪」

『!?★×!△☆!??!×!?!!!』

ガタッ!ゴッ!ガタガタガタッ!!!

『うわあああっ!?火積先輩が階段から落ちたあああーーーー!!!』















                                              〜 Fin? 〜














― 言い訳 ―
いや、その・・・・火積にしょっちゅう抱きついていたかなでちゃんなので、このぐらいの天然はありかなあ、と・・・
抱きつこうとしたのが大地だったのは東条のせめてもの良心です。
ハルとか響也だと可哀想すぎて目も当てられない(><)