対立ご用心
「土浦君!聞いてよ〜!」 半ば半べそぎみに日野が駆け寄ってきた時、何となく俺は嫌な予感がしたのだ。 「どうした?」 かったるい授業も終わり、放課後の開放感に溢れた普通科棟の廊下を歩いていた俺は、嫌な予感がしつつも駆け寄ってきた日野を無視するわけにもいかず聞き返した。 と、途端に日野の目が縋るようなものにかわる。 あー、ものすごく嫌な予感がするぞ。 日野がこんな目をする時は大体面倒な事になってる時だけだ。 そして今回もやっぱり。 「歯磨き粉とぱらぱら漫画のオチなしの話はこないだ解決したはずなのに、また加地君と火原先輩に対立マークがついてるの!!」 ・・・・ほらな。 面倒っていうか、取りあえず俺は手近なところから突っ込む。 「対立マークって、お前またファータ製品使ってんのか。」 「だってお役立ちだし。」 「お役立ち・・・・まあいいけどな。要はまた何か仲違いしてるってわけか?」 「そうなの!同じアンサンブルの同じ組み合わせで2回対立はあり得ないはずなのにーー!」 「・・・・どこから突っ込めば良いんだ?というより、それ、何の法則だよ。」 「気にしないで、プレイヤー法則だから。」 ここは突っ込んじゃいけないところなんだろうな。 俺はため息をついて話を仕切りなおした。 「えーっとな、加地と火原先輩な。」 「うん、原因が全然わからなくってさ。一緒に練習しても前みたいに仲直りしてくれないし。」 そういえば、アンサンブルで誰かが対立するたびに日野は一緒に練習して話し合いをしてた。 それであの個性的なメンツをまとめてるんだからたいしたもんだぜ。 ただ、今回ばかりは。 「そりゃお前・・・・たぶん、お前が一緒に練習しても無理だ。」 俺がそう言った途端、日野は「ガーン」という効果音でもつきそうな程、表情を変えて。 「ええ!?じゃ、どうすればいいの!?」 取りすがるように言われて、俺は苦笑した。 きっと日野のことだから頭の中で色々原因を考えてショックを受けたんだろうが、お前は悪くないぜ、きっと。 しょーもないのは、あの二人だ。 俺はそういう思いを込めて日野の頭を軽く叩くように撫でた。 「しかたない。二人が今どこにいるかわかるか?」 「え?えーっと、さっきエントランスに二人ともいたけど。」 「わかった。ちょっと待ってろ。」 「え?土浦君???」 戸惑ったような日野の声を背に、俺はエントランスに向けて歩き出した。 「火原先輩、加地。」 普通科、音楽科入り乱れてざわめくエントランスで俺は目的の二人を見つけて近づいた。 二人揃っていてくれて探す手間がはぶけたが、側に行ってみて後悔した。 どうも二人してエントランスのベンチで白熱議論中だったらしい。 「?あれ、土浦じゃん。」 「何か用?今、取り込み中なんだよね。」 二人揃って見上げてくる視線に妙な迫力があるのは議論進行中だったからなんだろう。 ・・・・ああ、もう、嫌になってきたぜ。 そんな俺の心情をまったく知りもしない二人はビシッとにらみ合って勝手に議論を再開する。 「そう!何度も言うけど、加地君。これだけは譲れないからね。」 「僕だって譲れませんよ。というより、そもそも僕の方が絶対上です。」 加地、なんでお前そんな勝ち誇ったような顔で言うんだよ。 そもそも、上も下もあるか・・・・と俺が突っ込む前に心外とばかりに火原先輩が抗議の声を上げる。 「えー!?そんな事ないって!おれの方がもっとずっとだよ!」 途端に、ムッとしたように加地が言い返す。 「火原先輩がそうでも、僕はさらにずっとです。」 「おれだよ!」 「僕です。」 ・・・・ガキか。 思わずため息が漏れる。 そのため息の向こうで加地と火原先輩はむーっとにらみ合い。 「「絶対おれ(僕)のほうが日野ちゃん(さん)が好きだ!!」」 ―― やっぱりかよ。 そんなことじゃないかと思ってはいたが、本当にそんな事だと呆れを通り越してむしろ感心してしまいそうになる。 「どっちだっていいじゃないですか。」 疲れたように呟いた俺に、にらみ合っていた二人は同時に振り返って。 「ええー!何言ってるの、土浦!大問題だよ!」 「そうだよ!こればかりは先輩といえど譲れないですから!」 大問題・・・・なのか? 突っ込む気力も失せている俺を横目に白熱議論は続く。 「絶対、絶対、おれの方が香穂ちゃんを好きだって!」 「僕ですよ。なんたって僕は彼女の一番のファンで、今では心も全部彼女のものなんですから。」 「おれだって負けないよ。コンクールの時からずっと好きだったんだから。おれは心も音色も全部香穂ちゃんのなんだ!」 「期間なんて問題じゃないですね。要は思いの深さの問題でしょう?日野さんへの想いで僕に敵う人なんて絶対にい・ま・せ・ん!」 「そんなことないよ!!」 ――・・・・はあ。 自分の口からでたはずのため息が重い。 これを仲裁するのか。 ・・・・逃げ出したいが、しょうがない。日野本人じゃ解決不可能だしな。 俺は頭を抱えたくなるのを堪えて、ぼそっと呟いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二人とも、どっちがより日野を好きかなんてネタでアンサンブルが上手くいかなくなるのは本末転倒なんじゃないですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ―― 呆れた土浦の言葉はヒートアップした二人の耳には入らず、面倒見の良い土浦がこの後延々苦労するはめになったのだった。 〜 Fine 〜 |